22.閉幕
それから、伊都橋 聖那の行方は杳として知れない。
ここからは僕、篠宮栄司が語り部を担当しようと思う。
きっとそれを彼女も望んでいると思うから。
伊都橋さんに付き飛ばされた後、僕は打ちどころが悪く気を失っていた。
丁度、ハイキングに来た登山客にその所を見つかり保護されたらしい。
気が付くと病院だった。
慌てて僕は同い年の女の子が運ばれていないか質問したが、
答えはNOで逆に負傷者が他にも居たのかと病院の看護師さんに詰め寄られた。
その後警察に連絡を取ってもらい、洞窟内を探索してもらったが影も形も見当たらなかった。
僕は警察に事情聴取を受けた。
同行者が行方不明になったのだから当然だった。
警察に僕は伊都橋さんと一緒に肝試しをしていたと話した。
その途中ではぐれてしまい、僕は足を滑らしてしまって頭を殴打したと説明した。
霊だのなんだの話しても頭のおかしい奴だと思われるのがオチだと言うのがよく分かっていたからだ。
彼女の家族はあの子は変わった子だったと言うだけで僕の事を非難すらしなかった。
伊都橋さんの弟だけは泣いていて、それが却って伊都橋さんの愛された証の様に見えた。
この件はちょっとしたスキャンダルになった。
学校では腫れ物扱いだし、週刊誌の記事にもなったようだ。
それでも僕にとっては全てどうでもいい事だった。
あれだけ魅力を感じていたテレビ業界にも惹かれなくなり、
義理の父親に酷く失望された事すら無関心で碌に反応しなかった。
そう、彼には手酷く失望された。
何故なら、あの一件以来僕は力を完全に失ってしまったからだ。
テレビでの活動も長期休業と言う形を取らしてもらっているが、復帰した所で仕事はないだろう。
そもそも、あの一件は彼女に対するちょっとした意地悪だった。
義理の父親にお前は特別だと言い聞かされて育った僕はそう思わないと自分が保てなかった。
伊都橋さんは僕よりもひょっとすると上回る力を潜在的に持ちながらも普通でいたがった。
それをもどかしく感じたのは最初だけだった。
徐々に彼女の事を知って、その在り方を痛々しく思う様になった。
折れそうに細くて傷だらけなのに、優しくて可哀相な伊都橋さんに庇護欲を持つのは早かった。
僕は精一杯彼女の事を気遣ったし、徐々に気を許してくれるのが嬉しかった。
正直に言って、綺麗な伊都橋さんが自分だけに見せる表情があるのに優越感を抱かなかったと言ったら嘘になる。
お人形のように壊れやすい彼女を守りたいと思っていたのは本当だ。
それでも、あの頃自分が何より特別である為に縋っていた能力が消えかかって焦っていたのだ。
義理の父親からはきついプレッシャーが掛っていたし、
伊都橋さんのこれから強さを増して行くだろう力が妬ましかった。
同時に近い将来、彼女がその能力に相応しい誰かの傍に行くのではないかと疑心暗鬼になっていた。
伊都橋さんが誰よりも普通で在りたがっていたのは僕が一番知っていたのに。
言い訳に過ぎないが僕はとても参っていたのだろう。
だから、あんなことを提案した。
あそこは修行場所兼霊感スポットとして有名だった。
昔はともかく、今となっては大した事がないと言う噂を聞いていたし、
彼女が怖がって、頼って、僕の事が必要だと再確認すればいいと思っていた。
それがこの結果だ。
僕は自分の力を過大評価し過ぎていたのだ。
テレビに出演する事で、沢山の恐怖体験を経験して、
力が弱っても伊都橋さんを守ることぐらい出来るだろうと考えていた。
それに彼女の力も過小評価していたと言わざるを得ない。
古ぼけた幽霊達が欲しがるくらいに優れた潜在能力があるとは思わなかったのだ。
篠宮君と呼んで微笑んでくれる彼女がいない。
伊都橋さんを自分の都合で振り回して失った愚行を後悔した事は数えきれない。
そうして、何時の間にか僕は寝ると何時も伊都橋さんを山に誘った図書館の場面の夢を見る様になった。
夢の中で僕は彼女をそんな所に誘わない。
能力なんてどうだっていいから、ずっと側に居ようと言って伊都橋さんの手を取る。
そうして、彼女が頷いた所で目が醒めた。
現実には伊都橋さんは傍に居ないどころか遺体すら見つかっていなかった。
僕はその現実を突きつけられるのが嫌で不眠症になって行った。
図書館の場面じゃない夢を見る様になったのは、その生活が限界に近づいた時だった。
うちの学校の制服姿の女の子が遠くからゆっくりと近づいてくる夢を見る様になったのだ。
元々、力を失った僕に対抗手段なんてない、
もし悪霊でも好きにすればいいだろうと投げやりな気持ちだった。
しかし、徐々にその姿に見覚えがあると気が付いた。
人形の様な細い体に、今時珍しいぐらいの黒髪は僕にとって馴染みのものだったからだ。
伊都橋さんは僕のすぐ近くまで来ると、久しぶりと言って抱きついてきた。
夢の中とも思えない柔らかい彼女の体を僕は力一杯抱き締めていた。
目が覚めて、それが夢だと言う事を悟った。
しかし、僕の視覚には異変が訪れていたのだ。
窓の外をふわふわと浮かんでいる白い靄の様なもの、
極めつけは僕の部屋を何の意図もなさそうに通り過ぎて行った半透明の老人だ。
そう、僕は力が戻っていた。
それも恐らく、以前よりずっと力を増して。
どうしてと混乱したまま、顔を冷やそうと洗面台に向かうと、
僕の肩に腕をまわして浮かんでいる伊都橋さんの姿が映っていた。
夢ではないかと目を疑った僕に声は聞こえないが彼女の口だけが動いた。
そ、ば、に、い、る、よ、
そうして、伊都橋さんは静かに微笑んだ。
暫くして、彼女と夢の中で話せるようになった。
曰く、僕の様子が余りに酷いから戻って来てしまったらしい。
僕は基本的に伊都橋さんのスペックをそのまま引き継いでいるのだそうだ。
高校を卒業したら、大学に入学する傍らこの能力を人の役に立てる事に決めた。
そうして、僕が元気になったら去るつもりだったらしい伊都橋さんを引きとめることに成功した。
彼女がいなくなったら僕の能力は消えて人の為に役立てなくなる、そう説き伏せた。
優しい伊都橋さんが断れないだろうと言うのは計算済みだ。
勿論、僕には君が必要だと言うのも忘れなかったが。
自分の事を忘れて幸せな人生を歩むのが正しいと、
伊都橋さんは考えた節があるから引きとめられてか分からない。
彼女を僕の所に無理に繋ぎ止めておくのはきっと間違った事なんだろう。
伊都橋さんは天国に行って、
僕は彼女の事を忘れて普通の人生を歩む。
それがどう考えたって、正しい選択だと言えるだろう。
それでも僕は伊都橋さんと二人でいる選択をした。
一度失ったからこそ、二度と手を離すつもりはなかった。
彼女と側に居た時は兄妹の様なものだと思っていたが、今となっては分からない。
実は恋情を抱いていたのか、それとも親友としての情だったのか、ただ単に強烈に執着しているのか。
自分の気持ちだからこそ、さっぱり分からない。
それでも僕はこの気持ちを抱えて、一生を送る事になるだろう。
伊都橋さんが本当に生涯傍に居てくれるかどうかは分からない。
彼女のことだから僕がもう大丈夫だと思えば、幾ら仕事で力が必要でもいなくなってしまう事もありうる。
それでもこの想いは捨てられない。
それが幸福なことか、不幸なことか僕には分からなかった。




