第九話「最初の一人」
午前0時。
時計の秒針が止まっていた。
12時00分。
校内のすべての時計が、同じ時刻を指している。
高瀬は窓ガラスを見つめていた。
六人。
高瀬。
宮下。
佐伯。
黒田。
35番。
そして――
顔のない、36番。
だが。
「……お前が、最初の一人だ」
その言葉が聞こえた直後、
窓ガラスの中から一人だけが消えた。
高瀬だった。
「……え?」
佐伯が振り返る。
「高瀬?」
そこに高瀬はいる。
確かにいる。
なのに、
窓には映っていない。
高瀬は自分の手を見る。
ある。
足もある。
制服もある。
何も変わっていない。
「佐伯」
「……」
「俺、見えてる?」
佐伯は答えない。
「佐伯?」
「……見えてる」
「じゃあ何だよ」
「でも……」
佐伯が窓を指差す。
「お前だけ、映ってない。」
高瀬は窓に近づいた。
ガラスに顔を近づける。
映っているのは、
佐伯だけ。
そして、
その隣に、
宮下。
さらに、
35番。
36番。
黒田。
五人。
高瀬だけがいない。
「……俺はここにいる」
「分かってる」
「じゃあ、なんで」
佐伯は答えなかった。
窓の中の宮下が、
高瀬を見た。
そして、
口を動かす。
声はない。
だが、
高瀬には分かった。
――「まだ消えてない」
⸻
1
高瀬は教室を出た。
廊下には誰もいない。
午前0時なのに、
学校は完全に静まり返っている。
いや。
静かすぎる。
外から車の音すら聞こえない。
風もない。
虫の声もない。
世界そのものが、
音を失っているようだった。
「佐伯」
「何?」
「スマホ貸して」
「なんで?」
「俺を撮って」
佐伯は一瞬ためらい、
スマートフォンを取り出した。
カメラを起動する。
高瀬が立つ。
「撮るぞ」
シャッター音。
写真が表示される。
高瀬は画面を見る。
そこには――
佐伯しかいなかった。
「……」
「やっぱり」
「待て」
高瀬がスマートフォンを奪う。
撮り直す。
今度は自撮り。
画面には、
佐伯の顔。
背景。
教室。
机。
椅子。
しかし、
高瀬だけがいない。
「おかしいだろ……」
高瀬は自分の手をカメラの前に出した。
手は見えている。
なのに、
画面には映らない。
「俺、透明になったのか?」
「違う」
佐伯が言った。
「透明なら、背景が透ける」
「じゃあ?」
「カメラが、お前を認識してない。」
その言葉に、
高瀬は黙った。
「学校の写真も」
佐伯が続ける。
「出席簿も」
「……」
「窓も」
「……」
「全部、お前を消し始めてる」
高瀬は廊下を見る。
壁に貼られた集合写真。
その中から、
一枚を剥がした。
去年のクラス写真。
高瀬が写っている。
――はずだった。
しかし、
写真には空いた場所だけがある。
隣の生徒の肩と肩の間。
不自然な空白。
誰かが立っていたような、
奇妙な空間。
「俺……」
高瀬は写真を握った。
「消えてる」
佐伯が言った。
「まだ全部じゃない」
「え?」
「名前は残ってる」
佐伯が写真の裏を見る。
そこには、
手書きで、
高瀬蓮
と書かれている。
「写真から消えた」
佐伯は言う。
「でも名前は残ってる」
高瀬は考えた。
そして、
昨日の黒いノートを思い出した。
名前は固定されない。
人間だけが残る。
「……逆だ」
「何が?」
「今は」
高瀬は写真を見る。
「人間が残って、名前が消えようとしてる。」
⸻
2
二人は図書室へ向かった。
旧校舎と違い、
こちらには電気がついていた。
図書室の時計だけが、
11時37分を指している。
「また11時37分」
高瀬が呟く。
佐伯が時計を見る。
「でも職員室は12時だった」
「じゃあ、この学校には……」
「違う時間が同時に存在してる?」
高瀬は首を振った。
「時間じゃない」
二人は同時に言った。
「記憶だ。」
図書室の奥。
古い学校史を探す。
高瀬は2019年度の記録を取り出した。
ページをめくる。
三年二組。
生徒名簿。
32番。
空欄。
33番。
宮下美緒。
34番。
佐伯直人。
35番。
高瀬蓮。
36番。
――空欄。
「やっぱり」
佐伯が言った。
「36番は存在しない」
「でも、昨日の写真にはいた」
「じゃあ写真の方が嘘?」
「分からない」
高瀬はページをめくった。
すると、
名簿の後ろに、
古い校務記録が挟まっていた。
タイトル。
出席番号変更記録
高瀬は読む。
2019年9月30日
3年2組において、出席番号の再設定を実施。
その下。
32番――削除
33番――変更なし
34番――変更なし
35番――変更
36番――新設
高瀬の指が止まった。
「35番が変更?」
「名前じゃない」
佐伯が指差す。
備考欄。
35番の人物について、本人確認不能。
「本人確認不能……?」
その横に、
さらに赤い文字。
本人は『高瀬蓮』を名乗る。
高瀬の喉が鳴った。
「じゃあ……」
「七年前の35番は」
佐伯が答える。
「高瀬蓮だった」
高瀬は黙ってページをめくった。
最後の欄。
36番。
そこには、
赤いスタンプが押されていた。
該当者なし
しかし、
その下に鉛筆で書かれている。
該当者あり。
高瀬はその文字を見た。
「誰が書いた?」
佐伯が答える。
「たぶん……」
二人の視線が、
同時に同じ名前へ向いた。
黒田修一。
⸻
3
図書室の奥。
地下書庫への階段。
前回は入れなかった。
だが、
今日は扉が開いていた。
「行く?」
佐伯が聞く。
高瀬は頷いた。
階段を下りる。
一段。
二段。
三段。
地下へ進むほど、
空気が冷たくなる。
十段。
二十段。
三十段。
「……長くない?」
佐伯が言った。
「こんな地下室、学校にあったか?」
「知らない」
さらに下る。
四十段。
五十段。
やがて、
扉が現れた。
鉄製。
その中央に、
小さなプレート。
記録保管室
高瀬がドアノブに手をかける。
開いた。
中は、
無数の棚で埋め尽くされていた。
古い出席簿。
卒業アルバム。
写真。
テープ。
そして、
黒いノート。
何十冊も。
「……これ全部?」
佐伯が呟く。
「学校の記録?」
高瀬は棚を見た。
年度ごとに整理されている。
2018。
2019。
2020。
2021。
2022。
2023。
2024。
2025。
2026。
だが、
2019年だけ、
異常に冊数が多い。
高瀬は一冊を取り出した。
表紙。
3年2組 記憶管理記録
「記憶管理……?」
ページを開く。
最初のページ。
この記録は、通常の学校記録ではない。
次。
生徒の記憶に齟齬が生じた場合、原因を特定する。
次。
名前を変更した場合、周囲の記憶も変化する。
高瀬は息を止めた。
さらに。
しかし、全員の記憶を完全に変更することはできない。
一部の人間には、旧記憶が残る。
その者を「観測者」と呼ぶ。
佐伯が言った。
「観測者……」
高瀬はページをめくる。
2019年9月30日
観測者――1名。
名前は、
黒く塗り潰されている。
その下。
2020年――2名。
2021年――3名。
2022年――4名。
高瀬の顔が強張る。
「増えてる」
「何が?」
「観測者」
「毎年一人ずつ?」
「……そうみたいだ」
さらにページ。
2023年――5名。
2024年――6名。
2025年――7名。
そして、
2026年。
高瀬はページをめくる。
そこには、
数字だけ。
8名
佐伯が言った。
「今年は八人?」
「違う」
高瀬はページを見つめた。
「もっと怖い」
「何が?」
高瀬は、
その数字の下に書かれた文章を読む。
8名のうち、7名は本人が観測者であることを認識していない。
佐伯の顔から笑みが消える。
「じゃあ、一人だけ?」
「自分が観測者だと知ってる」
高瀬はページをめくる。
そこには、
一つの名前があった。
宮下美緒。
⸻
4
「……宮下」
高瀬は呟いた。
「じゃあ、宮下はずっと知ってた?」
佐伯は黙っている。
高瀬は別のページを探す。
観測者・宮下美緒
記録は大量に残っていた。
2019年――記憶移植を確認。
2020年――対象者を監視。
2021年――記憶の一部を回収。
2022年――対象者が増加。
2023年――33番として固定。
2024年――記録上の本人が消失。
2025年――再出現。
高瀬はページをめくる手を止めた。
「再出現……?」
その下。
2026年9月30日
宮下美緒、三人目として確認。
高瀬は息を呑んだ。
「三人目……」
以前見つけた記録と同じ。
現在の宮下は、
三人目。
しかし、
さらにその下に、
赤字で書かれていた。
ただし、本人はこれを認めていない。
「どういうことだ?」
佐伯が聞く。
高瀬はページを読み進める。
一人目――2019年以前から存在。
二人目――2019年9月30日に生成。
三人目――2026年9月30日に復元。
「復元……」
高瀬は言った。
「じゃあ、今の宮下は……」
佐伯がページを見る。
「三人目」
「でも、本人は自分を最初の宮下だと思ってる」
「だから記憶が混乱してる?」
高瀬は頷いた。
その瞬間。
棚の奥から、
カサッ。
と音がした。
二人が振り返る。
一冊のファイルが、
床に落ちていた。
表紙。
観測者・高瀬蓮
高瀬は動けなくなった。
「……俺?」
ファイルを開く。
そこには、
自分についての記録。
2019年――観測対象。
2020年――記憶不安定。
2021年――本人による拒否。
2022年――所在不明。
2023年――再構成。
2024年――再構成。
2025年――再構成。
そして、
2026年。
現在の高瀬蓮――8人目。
「……八人目?」
高瀬は後ずさった。
「俺が?」
佐伯は何も言わない。
ページをめくる。
第一高瀬――2019年
第二高瀬――2020年
第三高瀬――2021年
第四高瀬――2022年
第五高瀬――2023年
第六高瀬――2024年
第七高瀬――2025年
そして、
第八高瀬――2026年
高瀬の手が震える。
「じゃあ……」
「うん」
「俺は去年までの俺と同じじゃない?」
佐伯が答える。
「たぶん」
「じゃあ俺は誰だ?」
その瞬間。
ファイルの最後に、
一枚の写真が挟まっていることに気づいた。
高瀬が取り出す。
そこには、
2025年の高瀬が写っている。
去年の自分。
制服も違う。
髪型も違う。
しかし、
写真の裏には、
こう書かれていた。
第七高瀬は、午前零時に自分から消えた。
高瀬は息を止めた。
「自分から……?」
佐伯が写真を見る。
「何のために?」
高瀬は、
写真の裏の最後の一文を読む。
第八高瀬を作るため。
⸻
5
「俺が……俺を作った?」
高瀬は頭を抱えた。
「そんなこと……」
「高瀬」
佐伯が肩を掴む。
「落ち着け」
「無理だろ!」
高瀬は声を荒らげた。
「俺が何人もいる!」
「……」
「去年の俺も、七年前の俺も、全部俺なのか?」
「分からない」
「じゃあ誰が本物なんだよ!」
その瞬間。
地下書庫のスピーカーが、
突然鳴った。
『本人確認を開始します』
高瀬と佐伯は固まった。
『対象――高瀬蓮』
ノイズ。
『第一確認』
『名前』
高瀬は答えない。
『高瀬蓮』
『第二確認』
『出席番号』
高瀬は周囲を見る。
32。
35。
36。
どれなのか分からない。
『第三確認』
『記憶』
沈黙。
『あなたは、誰ですか?』
高瀬は答えられなかった。
そのとき。
暗闇の中から、
声がした。
「高瀬蓮」
高瀬が振り返る。
そこに、
宮下が立っていた。
「宮下……?」
彼女は微笑んだ。
「やっと会えた」
「お前は……三人目なのか?」
宮下の笑顔が消える。
「誰から聞いたの?」
「記録に書いてあった」
「そう」
「本当なのか?」
宮下は答えなかった。
代わりに、
高瀬の手にあるファイルを見た。
「それ、見たんだ」
「お前も知ってた?」
「うん」
「全部?」
「全部じゃない」
宮下は首を振る。
「私も忘れさせられてる」
「誰に?」
「あなたに」
高瀬は固まった。
「……俺?」
宮下が頷く。
「正確には、前のあなた」
「前の俺が?」
「そう」
宮下はゆっくり近づく。
「2019年9月30日」
「……」
「あなたは私に言った」
宮下の声が震える。
「『俺が全部忘れるから、君も忘れて』って」
高瀬の頭の中で、
何かが光った。
雨。
教室。
宮下。
そして、
自分。
「……俺は何を忘れた?」
宮下は答えた。
「誰を消したのか。」
⸻
6
地下書庫の照明が、
一つ消えた。
二つ。
三つ。
暗闇が近づいてくる。
宮下が言った。
「高瀬君」
「何?」
「あなたは、ずっと間違えてる」
「何を?」
「『消された人』を探してる」
高瀬は黙った。
「でも、本当に探すべきなのは――」
宮下は、
高瀬の背後を見る。
「消した人。」
高瀬は振り返った。
誰もいない。
しかし、
棚の上に、
一枚の写真が置かれていた。
三人。
高瀬。
宮下。
佐伯。
その中央に、
もう一人。
黒田先生。
写真の裏。
2019年9月30日
消去担当――高瀬蓮。
高瀬の手から写真が落ちた。
「俺が……?」
宮下が言う。
「違う」
「え?」
「その高瀬は、あなたじゃない」
「じゃあ誰だ?」
宮下は、
ゆっくり指を上げた。
高瀬の後ろ。
そこに、
35番の少年が立っていた。
「彼」
高瀬は振り返る。
少年は笑っていた。
「俺が消した」
「何を?」
「最初の高瀬蓮を。」
高瀬の呼吸が止まった。
少年が続ける。
「だから、お前が今ここにいる」
「……」
「俺がお前を作った」
高瀬は理解できない。
「お前は誰なんだ」
少年は、
胸元の番号札を外した。
35。
その下に、
別の番号が刻まれている。
32。
「……32?」
少年が笑う。
「やっと気づいた」
高瀬の頭の中で、
すべての数字がつながり始める。
32。
33。
34。
35。
36。
欠席。
出席。
交換。
移動。
そして、
22分47秒。
だが、
一つだけ足りない。
最初の32番。
高瀬は少年を見る。
「お前が……」
少年が頷く。
「そう」
「じゃあ俺は……」
「お前は32番じゃない」
少年は言った。
「35番でもない」
「じゃあ何なんだ?」
少年は、
初めて悲しそうな顔をした。
「36番だよ。」
⸻
7
その瞬間。
校内放送が鳴った。
『第七日目、出席確認を終了します』
宮下が顔を上げる。
「まずい」
佐伯が言った。
「何が?」
「終わる」
「何が?」
宮下は高瀬を見る。
「今日の記憶が」
高瀬の背筋が凍る。
『本日の欠席者――6名』
名前が読み上げられる。
『黒田修一』
『宮下美緒』
『佐伯直人』
『高瀬蓮』
そして――
『高瀬蓮』
二回。
最後。
『36番』
高瀬のスマートフォンが震えた。
画面に、
新しい通知。
出席確認完了。
記憶消去まで――22分47秒。
「……また」
高瀬は画面を見つめた。
22:47。
今度は、
減っている。
22:46。
22:45。
22:44。
「逃げろ!」
佐伯が叫んだ。
「どこへ?」
「どこでもいい!」
四人が地下書庫を走る。
階段を上る。
一段。
二段。
三段。
しかし、
いくら上っても、
地上に出ない。
「おかしい!」
佐伯が叫ぶ。
「さっきより長い!」
高瀬は階段の壁を見る。
そこに、
番号が刻まれている。
32。
33。
34。
35。
36。
そして、
もう一つ。
37。
「……37?」
宮下が立ち止まった。
「高瀬君」
「何?」
「これ……」
37番の下に、
名前が刻まれている。
誰の名前でもない。
ただ、
一文字だけ。
空
高瀬はその文字を見つめた。
その瞬間、
頭の中に声が響いた。
――「あと一人」
――「あと一人で完成する」
――「36番は空席」
――「37番を作る」
高瀬は壁に手をついた。
「……37番を作るつもりだ」
「誰が?」
高瀬は答えた。
「俺たちじゃない」
そのとき。
階段の上から、
足音が聞こえた。
コツ。
コツ。
コツ。
誰かが降りてくる。
高瀬たちは身構える。
人影が現れる。
制服。
教師。
黒田先生。
「……先生」
黒田は何も言わない。
ただ、
手に出席簿を持っている。
そして、
高瀬を見る。
「遅かったな」
「何を?」
「八人目」
高瀬は息を呑む。
「俺が八人目?」
黒田が頷く。
「そう」
「じゃあ、九人目は?」
黒田は、
出席簿を開いた。
最後のページ。
そこには、
まだ存在しない名前が書かれている。
37番
その横。
高瀬蓮
高瀬の血の気が引いた。
「……また俺?」
黒田が答える。
「違う」
「じゃあ誰だ?」
黒田は、
高瀬の後ろを指差した。
「もう来ている」
高瀬が振り返る。
そこには、
誰もいない。
だが、
壁に伸びる影が一つ。
高瀬の影。
佐伯の影。
宮下の影。
黒田の影。
そして、
もう一つ。
その影だけが、
人間ではなかった。
顔もない。
身体もない。
ただ、
番号だけがある。
37。
黒田が呟く。
「これで、完成する」
高瀬は叫んだ。
「何が!」
黒田は笑った。
「一人の人間を、永遠に出席させるための学校が。」
その瞬間。
スマートフォンの表示が、
0:00になった。
世界から、
音が消えた。
そして、
高瀬の目の前で、
黒田先生の名前が、
出席簿から消えた。
宮下。
佐伯。
そして、
高瀬。
次々と名前が消えていく。
最後に残ったのは、
37番。
そして、
その横に、
新しい名前が浮かび上がった。
高瀬は、
それを見て、
初めて理解した。
この学校が消そうとしているのは、
人間ではない。
「欠席」という概念そのものだ。
誰かが消える。
別の誰かがその名前を引き継ぐ。
だから、
出席者は永遠に減らない。
そして、
欠席者も永遠に消えない。
学校は、
人間を出席簿の中に閉じ込め続ける。
そのために、
毎年一人。
新しい「高瀬蓮」を作っていた。
そして今年。
最後のページに、
37番が追加された。
高瀬は、
震える手で出席簿を掴んだ。
「……こんなの、終わらせられる」
黒田が笑う。
「どうやって?」
高瀬は答えなかった。
出席簿の最初のページを開く。
そこには、
2019年9月30日の記録。
32番。
そして、
その横に、
小さな文字。
最初の高瀬蓮は、まだ生きている。
高瀬の目が見開かれた。
「……生きてる?」
佐伯が聞く。
「どこに?」
高瀬は、
出席簿のページをめくった。
最後のページ。
37番の名前の下。
そこに、
住所が書かれている。
見覚えのある場所。
――現在の高瀬の自宅。
高瀬は顔を上げた。
「……俺の家にいる」
その瞬間、
スマートフォンが鳴った。
着信。
表示された名前は――
高瀬蓮。
高瀬は電話に出た。
向こうから、
自分とまったく同じ声が聞こえた。
「もしもし」
高瀬は息を止める。
「誰だ」
電話の向こうで、
笑い声。
そして、
静かな一言。
「本物だよ。」
通話が切れた。
高瀬は、
ゆっくり顔を上げた。
黒田はもういない。
宮下も。
佐伯も。
階段も。
学校も。
すべてが暗闇に沈んでいる。
そして、
その暗闇の中で、
ただ一つ。
出席簿だけが開かれていた。
最終ページ。
37番 高瀬蓮
その横に、
赤い文字が浮かぶ。
第八日目――開始。
第九話・終




