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午前零時の出席簿  作者: セキマツ


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第八話「22分47秒」

午前零時まで、あと22分47秒。


高瀬はスマートフォンの画面を見つめていた。


秒数が減っていく。


22:46。


22:45。


22:44。


だが、時計は午前11時37分を示したままだった。


「……おかしい」


佐伯が呟く。


「何が?」


「スマホのカウントダウンと、時計の時間が合ってない」


高瀬は画面を見た。


確かにそうだった。


午前11時37分。


午前零時までなら、本来は22分47秒ではない。


約22分しか残っていないのは合っている。


だが――


「待て」


高瀬は気づいた。


「この数字……カウントダウンじゃない」


「え?」


22:47。


数字は減っているのではなかった。


23:00から22:59、22:58……と減っているように見えて、実際には同じ数字を繰り返している。


22:47。


22:46。


22:45。


そして、


22:47。


「戻った……?」


佐伯が画面を見る。


「今、22:45だったよな?」


「うん」


「なのに22:47に戻った」


二人は黙った。


その瞬間。


教室の時計が、


カチッ。


と音を立てた。


針が一周する。


11時37分。


11時37分。


11時37分。


同じ時刻を繰り返している。


「ループしてる」


佐伯が言った。


高瀬は首を横に振った。


「違う」


「何が?」


「時間じゃない」


高瀬は黒いノートを開いた。


昨日の最後のページ。


午前零時まで、あと22分47秒。


その下に、


小さな文字がある。


時間ではなく、回数。


高瀬は息を止めた。


「……回数?」


「何の?」


「分からない」


その瞬間。


校内放送が鳴った。


『これより、第七日目の出席確認を開始します』


ザーッ。


ノイズ。


『出席番号32番』


沈黙。


『高瀬蓮』


高瀬は答えなかった。


『32番、高瀬蓮』


もう一度。


佐伯が高瀬を見る。


「答えるな」


「分かってる」


三回目。


『高瀬蓮』


その声が、


今度は教室の後ろから聞こえた。


「はい」


高瀬が振り返る。


誰もいない。


だが、


一番後ろの机が一つだけ動いていた。


ギギッ。


椅子が引かれる。


誰も座っていないのに。


そして、


黒板に文字が浮かぶ。


32番 出席


高瀬は息を呑んだ。


続いて、


35番 出席


そして、


36番 出席


佐伯が呟く。


「三人……」


「何が?」


「高瀬が」


高瀬は黒板を見る。


32番。


35番。


36番。


すべてに、


同じ名前。


高瀬蓮。


⸻


「学校から出よう」


佐伯が言った。


「え?」


「このままここにいたら、また何か起きる」


二人は教室を出た。


廊下には誰もいない。


校舎全体が眠っているようだった。


昇降口へ向かう。


しかし、


扉が開かない。


鍵はかかっていない。


なのに、


何度押しても動かない。


「なんで……」


佐伯が力を込める。


そのとき。


ガラスの向こうに、


人が立っているのが見えた。


女子生徒。


長い髪。


制服。


胸元には、


33番。


「……宮下」


高瀬は扉に近づいた。


「宮下!」


女子生徒が顔を上げる。


確かに、


宮下美緒だった。


しかし、


彼女は高瀬を見ると首を横に振った。


そして、


ガラスに指で文字を書く。


開けないで。


「どうして?」


宮下は答えない。


代わりに、


自分の背後を指差した。


高瀬が目を細める。


宮下の後ろ。


暗い廊下。


そこに、


誰かが立っている。


黒田先生。


「……黒田」


高瀬が呟いた。


黒田は、


こちらを見ていた。


そして、


ゆっくり首を横に振った。


次の瞬間。


照明が消える。


真っ暗。


再び明かりがついたとき、


宮下も黒田もいなかった。


扉は、


普通に開いた。


「……」


佐伯が外を見る。


校庭。


誰もいない。


「罠だったのか?」


「分からない」


「でも、あれは宮下だった」


「うん」


高瀬は校庭に出た。


冷たい風が吹いている。


その瞬間、


校舎の時計塔が鳴った。


一回。


二回。


三回。


――十二回。


午前零時ではない。


まだ11時37分。


それなのに、


時計は十二時を告げた。


⸻


二人は校庭を横切った。


そのとき。


佐伯が足を止めた。


「……高瀬」


「何?」


「校舎を見て」


高瀬が振り返る。


三階の窓。


そこに、


人影が並んでいた。


32番。


35番。


36番。


そして――


33番。


34番。


五人。


全員、


同じ顔だった。


高瀬の顔。


「……なんで」


五人が、


同時に窓から手を振った。


そして、


全員が口を動かす。


声は届かない。


しかし、


読めた。


あと一人。


高瀬の背後から、


声がした。


「違う」


振り返る。


誰もいない。


だが、


地面に影が一つだけ伸びている。


高瀬の影。


その隣に、


もう一つ。


誰の影なのか分からない。


佐伯が震える声で言う。


「高瀬……」


「何?」


「お前の影」


高瀬は地面を見る。


二つの影。


一つは自分。


もう一つは――


35番。


⸻


二人は再び校舎に戻った。


職員室。


誰もいない。


机の上に、


学校の古い名簿が置かれている。


佐伯が開く。


2019年度。


三年二組。


32。


33。


34。


35。


36。


高瀬は眉をひそめた。


「36番……」


「去年まで、この学校の出席番号って35までだったよな」


「たぶん」


「じゃあ、36って誰なんだ?」


名簿には、


名前が書かれていない。


ただ、


36番の欄だけが黒く塗りつぶされている。


佐伯がページをめくった。


次のページ。


そこにも36番。


さらに次。


36番。


「毎年いる」


高瀬は呟いた。


「……でも名前がない」


佐伯が言う。


「じゃあ、なんで番号だけ残ってる?」


高瀬は名簿の端を見た。


小さな注記。


36番は人数に含めない。


その下。


手書きで、


ただし、本人は出席している。


高瀬の背中に寒気が走った。


「本人?」


「誰だよ」


そのとき、


職員室の電話が鳴った。


二人とも動けない。


鳴り続ける。


一回。


二回。


三回。


佐伯が受話器を取った。


「もしもし」


返事がない。


「もしもし?」


ザーッ。


そして、


女の声。


「佐伯君?」


「……誰ですか?」


「宮下です」


高瀬が顔を上げた。


「宮下?」


電話の向こうで、


宮下が泣いていた。


「お願い……」


「どうした?」


「高瀬君を連れて逃げて」


佐伯が高瀬を見る。


「何から?」


「――高瀬君から」


電話が切れた。


⸻


「どういう意味だよ」


高瀬は佐伯を見る。


佐伯は答えない。


電話機の横に、


紙が落ちている。


さっきまでなかった。


高瀬が拾う。


そこには、


こう書かれていた。


高瀬蓮を連れて逃げてください。


そして、


その下に、


別の筆跡。


どの高瀬?


さらに下。


32番。


その下。


35番。


その下。


36番。


そして最後に、


全部。


高瀬は紙を落とした。


「……全部?」


佐伯が呟く。


「三人とも高瀬なのか?」


その瞬間。


職員室の奥から、


机を引く音がした。


ガタン。


二人が振り返る。


誰もいない。


しかし、


一番奥の机の引き出しが開いている。


中には、


古いカセットテープ。


ラベル。


9月30日 12:16~12:39


高瀬は息を止めた。


あの放送室で見つけたものと同じ。


しかし、


その下に小さく、


完全版


と書いてある。


「再生する?」


佐伯が聞く。


高瀬は少し迷った。


「……する」


⸻


古いラジカセにテープを入れる。


再生。


ザーッ。


しばらく無音。


そして、


声。


黒田先生。


「記録を開始する」


高瀬は身を乗り出した。


「対象は四名」


机を叩く音。


「32番」


少年の声。


「はい」


「33番」


宮下。


「はい」


「34番」


佐伯。


「はい」


「35番」


沈黙。


黒田が、


もう一度呼ぶ。


「35番」


少年が答える。


「……はい」


高瀬は、


その声を聞いた瞬間、


頭痛がした。


知っている。


この声。


自分の声だ。


「今回の目的は、記憶の移動ではない」


黒田が言う。


「名前の移動でもない」


テープの向こうで、


誰かが聞いた。


「じゃあ、何を移すんですか?」


黒田。


「存在そのものだ」


高瀬の呼吸が止まる。


「一人を消し、別の一人にその存在を重ねる」


佐伯の声。


「そんなことしたら、元の人は?」


長い沈黙。


そして、


黒田。


「いなくなる」


テープが一瞬途切れる。


ザーッ。


そして、


別の声。


高瀬自身の声。


「だったら、俺がやる」


高瀬は凍りついた。


「……俺?」


佐伯も聞いている。


テープの中の高瀬が続ける。


「俺が、35番になる」


宮下の声。


「駄目!」


「これしかない」


「でも、それじゃあなたが――」


「大丈夫」


少年が笑う。


「俺は戻ってくるから」


テープが乱れる。


音が飛ぶ。


そして、


最後に聞こえた言葉。


「――22分47秒後に、全部戻す」


テープが終わった。


カチッ。


高瀬は動けなかった。


「……22分47秒」


佐伯が呟く。


「そう」


「だから、時間じゃなかったんだ」


高瀬は頷いた。


「約束だったんだ」


二人は顔を見合わせた。


七年前。


誰かが、


22分47秒後に戻るはずだった。


しかし――


戻らなかった。


⸻


その瞬間。


校内放送。


『第七日目、最終確認』


高瀬は立ち上がった。


『32番』


沈黙。


『35番』


沈黙。


『36番』


沈黙。


そして、


『高瀬蓮』


高瀬は答えなかった。


しかし、


職員室の奥から、


声がした。


「はい」


高瀬自身の声。


「……」


もう一度。


「はい」


今度は、


すぐ隣から。


高瀬が振り返る。


そこに、


35番の少年が立っていた。


「お前……」


少年は笑う。


「やっと戻ってきた」


「どこから?」


「22分47秒前から」


「……意味が分からない」


少年は首を傾けた。


「じゃあ、思い出させてあげる」


その瞬間、


高瀬の頭の中に、


七年前の最後の光景が流れ込んだ。


教室。


黒田。


宮下。


佐伯。


そして、


自分。


誰かが叫ぶ。


「時間がない!」


黒田が言う。


「もう始めるしかない」


高瀬が答える。


「俺が残る」


宮下が泣く。


「高瀬君……」


そして、


黒田が時計を見る。


12時16分。


「22分47秒」


高瀬が言う。


「それまでに戻る」


そして、


誰かが、


高瀬の名前を呼ぶ。


――「高瀬蓮」


振り返った。


そこにいたのは、


自分だった。


二人の高瀬。


その片方が、


笑った。


「じゃあ、行ってくる」


そして、


時計が12時39分になった。


⸻


高瀬は目を開けた。


職員室。


佐伯が目の前にいる。


「……高瀬?」


「俺……」


「どうした?」


「思い出した」


「何を?」


高瀬は、


ゆっくり時計を見る。


11時59分。


あと一分。


そして、


黒いノートが勝手に開いた。


最後のページ。


22分47秒が終わる。


次のページ。


第七日目


欠席者 6名


出席者 28名


そして、


その下。


明日の朝――


最初の一人が戻る。


高瀬はページをめくった。


そこに、


名前が一つだけ書かれていた。


黒田修一


佐伯が息を呑む。


「先生が……戻る?」


高瀬は首を横に振った。


「違う」


「何が?」


「黒田先生は……」


高瀬は、


最後のページを見つめる。


そこには、


黒田の名前の横に、


小さく番号が書かれていた。


36。


高瀬は理解した。


「黒田先生が36番だったんじゃない」


「じゃあ……」


「36番が、黒田先生になったんだ。」


その瞬間。


時計が、


12時を指した。


校内すべての照明が消える。


そして、


暗闇の中。


学校中のスピーカーから、


七年前と同じ声が響いた。


『出席確認を開始します』


一人目。


『32番――高瀬蓮』


二人目。


『33番――宮下美緒』


三人目。


『34番――佐伯直人』


四人目。


『35番――高瀬蓮』


そして。


最後。


『36番――』


そこで、


声が止まった。


長い沈黙。


高瀬は息を潜める。


やがて、


スピーカーから、


自分の声が聞こえた。


『――高瀬蓮』


高瀬は凍りついた。


「……また?」


佐伯が呟く。


「違う」


高瀬は首を振った。


「今の声……」


その瞬間、


教室の窓ガラスが一斉に明るくなった。


そこに映ったのは、


六人。


高瀬。


宮下。


佐伯。


黒田。


35番。


そして、


36番。


だが。


六人目だけは、顔がなかった。


そしてその人物が、


ゆっくり口を動かした。


高瀬には、


その言葉が読めた。


「お前が、最初の一人だ。」


時計の秒針が、


再び止まった。


12時00分。


そして、


第八日目が始まった。


第八話・終

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