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午前零時の出席簿  作者: セキマツ


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第七話「宮下美緒」

「私を消したのは、あなた。」


窓ガラスに残った文字を、高瀬は何度も見返した。


意味が分からない。


分かりたくない。


自分が宮下を消した?


そもそも宮下は――


「高瀬」


佐伯の声で振り返る。


「……何?」


「今、宮下が見えたよな」


高瀬は答えられなかった。


佐伯は窓に近づく。


ガラスには、二人の姿しか映っていない。


高瀬。


佐伯。


宮下の姿は消えている。


「さっきまでいた」


「……ああ」


「俺たち、同じものを見た」


佐伯はそう言った。


だが、その声には確信がなかった。


「高瀬」


「何?」


「俺、昨日のことを全部思い出したわけじゃない」


「……」


「むしろ、思い出したことで分からなくなった」


佐伯は窓から離れた。


「七年前の俺は、お前を殺す役だった」


「……」


「でも」


佐伯は自分の胸を指した。


「その『俺』が、本当に今の俺なのか分からない」


⸻


その日の昼休み。


二人は誰もいない特別棟の階段にいた。


普段ほとんど使われない場所だった。


階段の踊り場には、古い掲示物が残っている。


文化祭。


体育祭。


卒業式。


そして、一枚だけ。


2019年度・三年二組


写真の中には、


32人の生徒が写っている。


高瀬は写真に顔を近づけた。


「……おかしい」


「何が?」


「昨日見た写真と違う」


写真には32人しかいない。


昨日は、


33人いた。


35番の少年もいた。


宮下もいた。


佐伯もいた。


なのに、


今は違う。


高瀬は写真を裏返した。


何も書かれていない。


「写真が変わってる」


「違う」


佐伯が言った。


「写真が変わったんじゃない」


「じゃあ?」


「俺たちが見る写真が変わってる」


高瀬は黙った。


そのとき。


階段の下から、


足音が聞こえた。


コツ。


コツ。


コツ。


誰かが上ってくる。


二人は顔を見合わせた。


足音が止まる。


しかし、


誰も姿を現さない。


「……誰だ?」


佐伯が声をかける。


返事はない。


高瀬が一段下りた。


すると、


階段の壁に貼られていた古いポスターが目に入った。


そのポスターには、


文化祭の実行委員名簿が載っていた。


2019年度。


そこに、


見覚えのある名前があった。


宮下美緒。


高瀬は息を止める。


「佐伯」


「見つけた?」


「……ああ」


宮下の名前の横には、


役割が書かれている。


記録係


「記録係?」


「何を記録してたんだろう」


佐伯がポスターを剥がす。


裏側に、


もう一枚紙が貼られていた。


そこには、


奇妙な表があった。


番号 名前  記録


32 ――― 消去


33 宮下美緒 移動


34 佐伯直人 移動


35 高瀬蓮 移動


高瀬は眉をひそめた。


「移動って何だ?」


佐伯は紙の下を指差した。


小さく、


手書きで書かれている。


名前は固定されない。


人間だけが残る。


「……」


高瀬は紙を見つめる。


「つまり、名前だけが移動する?」


「たぶん」


「誰から誰へ?」


「32から33」


「33から34」


「34から35」


佐伯はそこで止まった。


高瀬を見る。


「じゃあ、35の次は?」


高瀬は答えなかった。


紙の一番下に、


別の数字が書かれていた。


36


その横には、


名前がない。


代わりに、


こう書かれている。


まだ空いている。


⸻


午後。


高瀬は一人で旧校舎へ向かった。


理由は分からない。


ただ、


行かなければならない気がした。


旧校舎の廊下は薄暗い。


窓から入る光が弱い。


壁には、


何年も使われていない教室の案内が残っている。


三年二組。


高瀬は扉の前に立った。


鍵がかかっている。


だが、


ドアノブを回すと、


開いた。


「……」


教室の中は、


何もない。


机も椅子もない。


黒板だけが残っている。


高瀬は黒板に近づいた。


白いチョークで、


一つだけ数字が書かれている。


22:47


「また……」


高瀬はその数字に触れようとした。


すると、


背後から声がした。


「触らない方がいいよ」


高瀬は振り返った。


誰もいない。


「誰だ?」


沈黙。


「出てこい」


すると、


黒板の横にあるロッカーが、


カタッ、


と音を立てた。


高瀬が近づく。


ロッカーには名前が書かれている。


一つだけ。


宮下美緒。


高瀬は扉を開けた。


中には、


古いノートが入っていた。


表紙には、


記録


とだけ書かれている。


ページを開く。


最初のページ。


2019年9月28日

32番がまた名前を忘れた。


次。


9月29日

33番が32番の記憶を持ち始めた。


次。


9月30日

34番が35番を認識した。


高瀬はページをめくる。


文字が急に乱れている。


9月30日 12:16

4人が同じ教室にいる。


12:17

名前を交換する。


12:18

一人が泣く。


12:19

一人が笑う。


12:20

黒田先生が「まだ早い」と言う。


12:21

佐伯が反対する。


12:22

高瀬が――


そこで、


文章が途切れていた。


高瀬はページをめくる。


次のページ。


12:39

成功。


その下。


ただし、予定とは違う。


さらに、


一人ではなく、二人が残った。


高瀬の手が止まる。


「二人……?」


ページの最後。


そのうち一人は、自分が誰なのか分からない。


もう一人は、自分が誰なのか知っている。


知っている方を消す。


高瀬は息を呑んだ。


「……誰が書いた?」


ノートの最後のページを開く。


そこに、


名前があった。


宮下美緒


その下に、


日付。


2026年9月30日。


高瀬の背筋が凍る。


今日の日付ではない。


だが、


ほぼ現在だ。


七年前の出来事を記録したノートに、


現在の日付がある。


ページの下に、


もう一行。


高瀬君がこれを読む頃には、私はもう一度消えている。


高瀬はノートを落とした。


⸻


「宮下!」


廊下を走る。


旧校舎を出る。


校庭。


教室棟。


図書室。


保健室。


どこにもいない。


高瀬はスマートフォンを取り出した。


連絡先を見る。


「宮下美緒」


名前がある。


しかし、


プロフィール画像がない。


メッセージ履歴もない。


まるで、


名前だけが登録されている。


電話をかける。


呼び出し音。


一回。


二回。


三回。


四回。


五回。


そして。


「……もしもし」


宮下の声。


「宮下!」


「高瀬君?」


「今どこにいる?」


「分からない」


「え?」


「私も今、探してる」


「何を?」


電話の向こうで、


宮下が息を吸う。


「私」


「……」


「私が誰なのか」


高瀬は言葉を失った。


「どういう意味?」


「高瀬君」


「うん」


「私の家、知ってる?」


「……知ってる」


「じゃあ、住所を言って」


高瀬は住所を答えた。


宮下は黙った。


「違う」


「え?」


「そこ、私の家じゃない」


「でも……」


「私の家は、七年前になくなってる」


高瀬の頭の中で、


何かがつながった。


七年前。


転校。


名前の交換。


そして、


「移動」。


「宮下」


「何?」


「お前は七年前から……」


「うん」


宮下の声が震える。


「私、ずっと同じ場所にいたと思ってた」


「……」


「でも、違った」


「何が?」


「私がいたのは――」


電話の向こうで、


突然ノイズが走る。


ザーッ。


「宮下?」


「高瀬君」


声が遠くなる。


「お願い」


「何?」


「私を見つけても、名前を呼ばないで。」


通話が切れた。


⸻


高瀬はその場に立ち尽くした。


その瞬間。


校内放送が鳴った。


『生徒の皆さんに連絡します』


聞き慣れた声。


だが、


誰の声なのか分からない。


『本日、三年二組の生徒一名について、確認を行います』


高瀬は走り出した。


教室へ。


廊下には生徒が集まっている。


誰もが放送を聞いている。


『対象者――』


ノイズ。


『宮下美緒』


高瀬の足が止まる。


『確認してください』


そして、


学校中のスピーカーから、


一斉に声が響いた。


『宮下美緒は、誰ですか?』


ざわめき。


生徒たちが互いの顔を見る。


「宮下って誰?」


「そんな子いた?」


「三年二組に?」


高瀬は叫んだ。


「いるだろ!」


誰も反応しない。


「宮下美緒だよ!」


「誰?」


「昨日までいただろ!」


「昨日って?」


「……」


高瀬の声が、


消えた。


その瞬間。


自分のスマートフォンが震えた。


画面を見る。


写真が一枚届いている。


送信者――


宮下美緒。


写真には、


四人の少年少女が写っていた。


32番。


33番。


34番。


35番。


そして、


写真の中央に、


黒田先生。


写真の裏側には、


文字がある。


最後に確認したのは、誰?


高瀬は写真を裏返した。


さらに、


もう一枚の写真が落ちる。


そこには、


宮下が一人で写っている。


制服姿。


笑っている。


その写真の隅に、


小さく、


「33」


と書かれている。


高瀬は気づいた。


宮下の写真の背景。


教室。


黒板。


そこには、


現在では存在しないはずの文字がある。


32 高瀬蓮


33 宮下美緒


34 佐伯直人


35 ――――


36 宮下美緒


「……36?」


高瀬の声が震える。


宮下は、


33番だけではなかった。


36番にも、宮下美緒がいる。


⸻


その日の放課後。


佐伯が教室に入ってきた。


「高瀬」


「佐伯」


「宮下のこと、覚えてるか?」


「もちろん」


「……俺もだ」


二人は顔を見合わせた。


「でも」


佐伯が言った。


「さっき先生に聞いたら、宮下なんて生徒はいないって」


「俺も言われた」


「じゃあ、俺たち二人だけが覚えてる?」


「……分からない」


そのとき。


教室の後ろから、


机を引く音がした。


ガタン。


二人が振り返る。


誰もいない。


だが、


一つの机に名前が書かれている。


白いチョーク。


宮下美緒


その机の上に、


黒いノートが置かれていた。


佐伯が近づく。


「またこれか」


高瀬は止めようとした。


だが、


佐伯がノートを開いた。


最初のページ。


第六日目。


次。


欠席者 5名。


そして、


その下に、


これまでになかった名前が並んでいる。


高瀬蓮

宮下美緒

佐伯直人

黒田修一

????


佐伯が呟く。


「五人目……」


高瀬はページをめくった。


そこには、


一枚の古い写真が貼られていた。


写真には、


五人の姿。


高瀬。


宮下。


佐伯。


黒田。


そして、


もう一人。


高瀬はその顔を見た瞬間、


息を止めた。


知らない顔。


なのに、


知っている。


絶対に知っている。


その人物の胸には、


番号札。


36。


そして、


写真の裏には、


たった一行。


この人を思い出した瞬間、物語は最初に戻る。


佐伯が顔を上げる。


「高瀬……」


「……何?」


「俺、この顔……」


高瀬も答える。


「俺も知ってる」


「誰だ?」


高瀬は、


写真を握った。


頭の奥で、


何かが蘇ろうとしている。


名前。


声。


教室。


そして、


七年前のあの日。


誰かが言った。


――「高瀬蓮を作ろう」


別の誰かが答えた。


――「じゃあ、元の高瀬は?」


そして、


最後に。


聞いたことのない声。


いや。


聞いたことがありすぎる声。


その声が、


高瀬自身の記憶の奥から聞こえた。


「元の高瀬なんて、最初からいないよ」


高瀬は写真を落とした。


同時に、


教室の時計が、


12時16分を指した。


秒針が止まる。


佐伯が時計を見る。


「……まただ」


高瀬は黒板を見る。


さっきまで何もなかったはずの黒板に、


文字が浮かび上がっていた。


第七日目


その下。


出席者 28名


さらに、


欠席者 6名


高瀬は凍りついた。


「……六人?」


佐伯がノートを見る。


そこには、


新しい一行が書かれていた。


明日、最初の一人が戻る。


そして最後に。


ただし、戻ってくるのは人間とは限らない。


教室の電気が、


一つずつ消えていく。


高瀬は動けなかった。


最後の一灯が消える直前。


窓の外に、


誰かが立っていた。


35番。


その隣に、


33番。


さらに、


36番。


三人とも、


同じ方向を見ている。


――校舎の屋上。


そして、


三人が同時に振り返った。


三人とも、


高瀬と同じ顔をしていた。


暗闇の中。


高瀬のスマートフォンが、


一度だけ震えた。


画面に表示された文字。


午前零時まで、あと22分47秒。


第七話・終

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