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午前零時の出席簿  作者: セキマツ


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第四話 校内放送

黒いノートに書かれていた名前を、俺は何度も読み返した。


次に消えるのは、佐伯。


 その文字だけが、妙に鮮明だった。


 周囲の音が遠くなる。


 教室の話し声も、椅子を引く音も、廊下を歩く足音も。


 全部が薄れていく。


 俺はゆっくりと佐伯を見た。


「……佐伯」


「何?」


「お前、今まで何か変なことなかった?」


「は?」


「昨日とか、一昨日とか」


「いや、特に……」


 佐伯は笑った。


「何だよ、急に」


 俺はノートを閉じた。


 見せるべきか。


 迷った。


 もし見せたら、佐伯まで何かに巻き込まれる気がした。


 でも、すでに巻き込まれている。


 俺自身がそうだった。


「これ」


 俺はノートを渡した。


 佐伯が開く。


 数秒。


「……何これ」


「書いてあるだろ」


「いや、そうじゃなくて」


 佐伯はページを指でなぞった。


「俺の名前?」


「うん」


「いつ書いた?」


「知らない」


「誰が?」


「それも分からない」


 佐伯は笑おうとした。


 しかし、笑えなかった。


「……俺、消えるの?」


「分からない」


「高瀬」


「何?」


「お前さ」


 佐伯がノートを閉じた。


「昨日から、何かおかしくないか?」


「……」


「宮下のこともそうだけど」


 佐伯は周囲を見た。


「お前以外、誰も宮下を覚えてない」


「うん」


「でも、お前は覚えてる」


「うん」


「それってさ」


 佐伯が少し声を落とした。


「お前だけが正常ってことじゃなくて――」


 そこで、


 校内放送が鳴った。


 キーン。


 耳障りなノイズ。


 教室中の会話が止まる。


『三年二組の生徒へ』


 昨日と同じ女の声。


 だが、


 今日は少し違って聞こえた。


『確認事項があります』


 佐伯が顔を上げた。


『本日、三年二組の在籍生徒数は――』


 間。


『三十名です』


 俺は息を止めた。


 昨日まで、


 三十一人。


 宮下が消えた。


 だから三十人。


 数字としては正しい。


 でも、


 その次の言葉が問題だった。


『欠席者は――』


 ノイズ。


『一名』


 俺の名前だ。


 分かっている。


 でも。


 放送は、


 別の名前を告げた。


『高瀬蓮』


 教室の全員が、


 俺を見る。


 俺はここにいる。


 席に座っている。


 それなのに、


 「欠席者」として名前を呼ばれた。


『なお、欠席者については――』


 声が少し途切れた。


 そして、


『確認しないでください』


 ブツッ。


 放送が切れた。


 教室が静まり返る。


「……何だよ、それ」


 誰かが笑った。


「放送ミスじゃね?」


「先生に言ったほうがいいだろ」


 そんな声が飛び交う。


 でも佐伯だけは、


 俺を見ていた。


「高瀬」


「うん」


「今の放送、聞いた?」


「聞いた」


「じゃあ、もう一個」


「何?」


「放送の最初」


 佐伯は言った。


「『三年二組の生徒へ』って言ったよな」


「うん」


「でも最後」


 佐伯の顔が青ざめていた。


「『確認しないでください』って言ったのは――」


 俺は気づいた。


 あれは、


 誰に向けた言葉だった?


     *


 放課後。


 俺と佐伯は職員室へ向かった。


 黒田先生を探す。


 しかし、


 いない。


「またかよ」


 佐伯が呟いた。


「昨日もいなかった時間があったよな」


「うん」


「先生、どこ行ってんだ?」


 職員室を出る。


 そのとき、


 放送室の前を通った。


 俺は足を止めた。


「……なあ」


「何?」


「さっきの放送」


「うん」


「誰が流してるんだ?」


「放送委員じゃね?」


「今日、放送委員は昼休みの放送だけだろ」


「じゃあ先生?」


「先生が放送室にいるの見たか?」


「……見てない」


 俺たちは放送室を見る。


 扉は閉まっている。


 窓から中を覗く。


 誰もいない。


「入ってみる?」


「鍵は?」


「開いてる」


 佐伯がドアノブを回した。


 カチャ。


 開いた。


 放送室の中は暗かった。


 機材。


 マイク。


 アンプ。


 古いCD。


 そして、


 机の上に一台のカセットレコーダーが置いてあった。


「カセット?」


「今どき?」


 佐伯が近づく。


 レコーダーには、


 一枚のラベルが貼られている。


⸻


9月30日


12:16~12:39


⸻


「……23分」


 俺が呟いた。


 佐伯はレコーダーを持ち上げた。


「再生してみる?」


「待て」


「なんで?」


「嫌な予感がする」


「今さら?」


 佐伯が再生ボタンを押した。


 カチッ。


 しばらく無音。


 ザー……というノイズ。


 そして、


 声。


『……聞こえる?』


 女の声だった。


 若い。


 高校生くらい。


『もし聞こえているなら、これを最後まで聞いて』


 俺は息を止めた。


 その声を知っている。


「……宮下?」


 佐伯が呟いた。


 確かに宮下の声だった。


『今から話すことは、誰にも言わないで』


 ノイズ。


『先生たちは、32番について嘘をついてる』


 俺と佐伯は顔を見合わせた。


『でも、32番は一人じゃない』


 カセットの中の宮下が言う。


『毎年、一人ずつ増える』


 ノイズ。


『最初の年は一人』


『次の年は二人』


『その次は三人』


 俺は眉をひそめた。


『でも、学校の記録には一人しか残らない』


 佐伯が止めようとした。


「ちょっと待って」


 俺は手で制した。


 聞き続ける。


『だから、誰かが消えるたびに――』


 宮下の声が震えた。


『別の誰かが、その人の記憶を引き継ぐ』


 カセットが一瞬、


 ブツッと途切れた。


 そして、


『高瀬くん』


 俺の名前。


『もしこれを聞いてるなら――』


 俺は無意識に一歩後ろへ下がった。


『あなたは、もう一人目じゃない』


 ザーッ。


 大きなノイズ。


 そこで録音が終わった。


 部屋が静かになる。


「……どういう意味だ?」


 佐伯が言った。


 俺は答えられなかった。


 すると、


 放送室のスピーカーから、


 突然音が流れた。


『――確認しました』


 俺たちは凍りついた。


 誰もマイクに触れていない。


『高瀬蓮、佐伯直人』


 俺たちの名前。


『現在、放送室に二名』


 佐伯が電源を確認する。


「これ、電源入ってないぞ」


「……」


『記録します』


 声が続く。


『二名』


 俺はスピーカーを見た。


『うち、一名は――』


 そこで音が途切れた。


 沈黙。


 そして、


 別の声がした。


 今度は、


 俺の声だった。


『まだ気づいていない』


 俺は凍りついた。


 スピーカーから聞こえているのは、


 紛れもなく俺の声。


『佐伯は、もう一度消えている』


「……は?」


 佐伯が呟いた。


 その瞬間。


 放送室の時計が、


 12時16分を示した。


「おい」


 佐伯が言う。


「今、何時だ?」


 俺はスマホを見る。


 午後5時42分。


 なのに、


 時計だけは、


 12時16分。


 カセットレコーダーの表示も、


 12時16分。


 放送室のパソコン。


 12時16分。


 すべての時計が、


 同じ時間を示している。


「……時間が戻った?」


「いや」


 俺は首を振った。


「違う」


「何が?」


「俺たちが戻ったんじゃない」


 嫌な考えが浮かんだ。


「この場所だけ――」


 俺は時計を見る。


「23分間を繰り返してる。」


     *


 俺たちは放送室を出た。


 廊下に戻る。


 誰もいない。


 さっきまで聞こえていた部活動の声もない。


 校舎が妙に静かだった。


「帰ろう」


 佐伯が言った。


「うん」


 階段を下りる。


 一階。


 二階。


 昇降口。


 靴を履き替える。


 外に出る。


 夕方の景色。


 普通だ。


「……終わった?」


 佐伯が言う。


「たぶん」


 その瞬間、


 校内放送が鳴った。


 キーン。


 二人とも立ち止まる。


『三年二組の生徒へ』


 まただ。


『本日の欠席者をお知らせします』


 俺は放送を聞いた。


『高瀬蓮』


 やっぱり俺。


『佐伯直人』


 俺は佐伯を見る。


 佐伯も俺を見ていた。


『宮下美緒』


 宮下。


 でも彼女は、


 もう学校に存在しない。


 そして、


『四人目――』


 ノイズ。


 声が途切れる。


 数秒。


 やがて、


『確認できません』


 ブツッ。


 放送が切れた。


「四人目って誰だ?」


 佐伯が言った。


「分からない」


「でもさ」


「うん」


「今の放送」


 佐伯はスマホを見た。


「俺たち三人の名前を言ったよな」


「うん」


「なのに四人目がいる」


「……」


「じゃあ」


 佐伯が顔を上げた。


「四人目は誰だ?」


 その瞬間、


 俺のスマホに通知が届いた。


⸻


新しい写真があります。


⸻


 開く。


 教室。


 三年二組。


 誰もいない。


 机だけが並んでいる。


 その中に、


 四つの机がある。


 32番。


 33番。


 34番。


 35番。


 そして、


 写真の中央に文字。


⸻


「あと四人」


⸻


「……」


 俺は写真を拡大した。


 すると、


 写真の右下に、


 小さく日付が入っていた。


2019/09/30


 七年前。


 写真は七年前に撮影されたものだった。


 なのに、


 机には、


 現在の俺たちの名前が貼られている。


32 高瀬蓮


33 宮下美緒


34 佐伯直人


35 ???


 俺の手が震えた。


「佐伯」


「……何?」


「これ」


 佐伯が画面を見る。


 しばらく黙っていた。


「高瀬」


「うん」


「俺さ」


 佐伯は、


 ゆっくり自分のスマホを取り出した。


「さっきからずっと、何か忘れてる気がする」


「何を?」


「分からない」


 彼は自分の写真フォルダを開いた。


 スクロール。


 スクロール。


 突然、


 手が止まった。


「……これ」


 一枚の写真。


 去年の文化祭。


 俺と佐伯が写っている。


 その後ろに、


 一人の男子生徒。


 知らない顔。


「誰?」


 俺が聞く。


「……」


 佐伯は答えなかった。


「知ってるの?」


「いや」


「じゃあ何で――」


「……俺だ」


「え?」


 佐伯が写真を見ながら言った。


「この人、俺だ」


 俺は写真を見た。


 顔が違う。


 服も違う。


 髪型も違う。


 なのに佐伯は、


「俺だよ」


 と言った。


「去年の俺」


「でも……」


「分からない」


 佐伯は頭を抱えた。


「なんで俺、こんな顔だったんだ?」


 その瞬間。


 写真の人物の顔が、


 ゆっくり変わった。


 俺は目を疑った。


 写真の中の男子生徒が、


 現在の佐伯の顔になっている。


「……今、動いたよな?」


「何が?」


「写真」


「え?」


 佐伯は画面を見る。


「何もない」


「いや」


「高瀬、何もないって」


 俺は画面を覗き込んだ。


 確かに。


 普通の写真。


 俺と佐伯。


 後ろにいるのは、


 知らない男子生徒。


 でも。


 その男子生徒の胸元に、


 白い数字が見えた。


34


「……34」


 俺が呟いた。


「何?」


「胸元」


 佐伯が拡大する。


 すると、


 写真の人物がこちらを向いた。


 顔が見えた。


 佐伯だった。


 今の佐伯。


「……」


 佐伯がスマホを落とした。


 画面が割れる。


 同時に、


 校舎の時計が鳴った。


 カーン。


 一回。


 二回。


 三回。


 時計を見る。


 午後6時。


 普通の時刻。


 でも、


 校内放送がまた鳴った。


『三年二組』


 今度の声は、


 宮下だった。


『出席確認を始めます』


 俺は凍りついた。


『一番』


 誰かの名前。


『二番』


 別の名前。


 次々と呼ばれていく。


 普通の出席確認。


 ただし、


 順番がおかしい。


『三十番』


 名前。


『三十一番』


 名前。


 そして、


 沈黙。


『三十二番』


 俺の名前。


 俺は息を止めた。


『三十三番』


 宮下。


『三十四番』


 佐伯。


 佐伯が震え始めた。


『三十五番』


 沈黙。


 長い沈黙。


 そして、


 誰も知らない名前が呼ばれた。


『――黒田修一』


 俺は目を見開いた。


 黒田先生。


 しかし、


 次の言葉に、


 俺は凍りついた。


『欠席』


 校内放送が切れた。


「……先生が?」


 佐伯が言った。


「黒田先生が欠席ってどういうことだ?」


 俺は答えなかった。


 校舎の中から、


 何かが倒れる音がした。


 ガシャーン。


「行くぞ」


 俺たちは校舎へ戻った。


 音は、


 職員室の方向からだった。


 廊下を走る。


 職員室のドアは開いている。


 中に入る。


 机。


 椅子。


 書類。


 パソコン。


 誰もいない。


 黒田先生の席を見る。


 机の上に、


 一冊の出席簿が置かれていた。


 俺は近づいた。


 表紙には、


三年二組


 とある。


 開く。


 一人ずつ名前が並んでいる。


 三十人。


 そして、


 最後。


 赤い線で囲まれた名前。


高瀬蓮


 その横に、


欠席


 さらに下。


宮下美緒


 欠席。


佐伯直人


 欠席。


 そして、


 最後の名前。


黒田修一


 欠席。


 俺はページをめくった。


 次のページは、


 真っ白。


 何もない。


 ただ、


 ページの中央に、


 一つだけ文章が書かれていた。


⸻


「四人目を見つけたら、三人目が戻る。」


⸻


「……どういう意味だ?」


 佐伯が言った。


 俺は答えられない。


 そのとき、


 職員室の電話が鳴った。


 突然だった。


 誰もいない職員室。


 固定電話だけが鳴っている。


 プルルル。


 プルルル。


 佐伯が俺を見る。


「出る?」


「……やめたほうがいい」


 プルルル。


 プルルル。


 電話が鳴り続ける。


 俺は受話器を取った。


「もしもし?」


 無音。


 そして、


 小さな呼吸音。


『……高瀬くん?』


「誰?」


 聞き覚えのある声。


 宮下だった。


「宮下?」


『うん』


「どこにいる?」


『分からない』


「学校?」


『たぶん』


「何があった?」


 沈黙。


 そして、


『私ね』


 宮下が言った。


『今、七年前の教室にいる』


「……」


『高瀬くん』


「うん」


『そこに黒田先生いる?』


「いない」


『そう』


 声が震えている。


『じゃあ、まだ間に合う』


「何が?」


『佐伯くんを――』


 突然、


 電話の向こうで大きな音がした。


「宮下?」


『逃げて!』


「何?」


『高瀬くん、今すぐ佐伯くんから離れて!』


 俺は佐伯を見る。


 佐伯は、


 電話を持つ俺を見ている。


『その人――』


 宮下の声が震えた。


『本物の佐伯くんじゃない』


 プツッ。


 電話が切れた。


「……」


 俺は受話器を置いた。


 佐伯を見る。


「どうした?」


 佐伯が聞く。


「宮下からだった」


「何て?」


 俺は答えられなかった。


「高瀬?」


 佐伯が一歩近づく。


「何て言ってた?」


 もう一歩。


「教えてくれよ」


 俺は後ろへ下がる。


 佐伯の顔を見る。


 いつもの佐伯。


 制服。


 髪。


 表情。


 何も変わらない。


 ただ、


 右手だけが、


 不自然に震えている。


「……お前」


「何?」


「右手」


「え?」


「何で震えてる?」


 佐伯は自分の右手を見る。


 そして、


 笑った。


「知らない」


 その瞬間、


 佐伯のスマホが鳴った。


 画面には、


 着信。


佐伯直人


 佐伯自身からの電話だった。


「……」


 佐伯は電話を見つめる。


 俺も見る。


 数秒。


 佐伯が、


 電話に出た。


「もしもし?」


 向こうから、


 声が聞こえる。


 小さく。


 でも、


 はっきりと。


『高瀬に近づくな』


 佐伯の顔が変わった。


『そいつは――』


 ノイズ。


『俺じゃない』


 電話が切れた。


 俺は佐伯を見る。


 佐伯も俺を見る。


 二人とも、


 何も言えなかった。


 そのとき。


 職員室の奥。


 誰もいないはずの廊下から、


 足音が聞こえた。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


 ゆっくり近づいてくる。


 佐伯が振り返る。


 俺も振り返る。


 暗い廊下。


 誰もいない。


 でも、


 足音は止まらない。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


 そして、


 廊下の角から、


 一人の男子生徒が姿を現した。


 見覚えがある。


 七年前の写真に写っていた。


 32番。


 いや。


 違う。


 胸元の数字は、


34


 だった。


 そいつは俺たちを見ると、


 ゆっくり口を開いた。


「……やっと見つけた」


 俺は息を呑む。


「誰だ?」


 そいつは答えた。


「俺?」


 そして、


 佐伯を見る。


「こいつのほうが知ってるよ」


「……何?」


 佐伯が後ずさる。


 男子生徒は笑った。


「だって」


 一歩。


「お前は七年前から――」


 もう一歩。


「ずっと俺だったんだから」


 その瞬間、


 職員室のすべての電気が消えた。


 真っ暗になる。


 そして暗闇の中で、


 校内放送が鳴った。


『出席確認を終了します』


 女の声。


『本日の欠席者――』


 少しの沈黙。


『三名』


 俺の名前。


 宮下の名前。


 そして、


 佐伯の名前。


 最後に、


 別の声。


 低い男の声が続いた。


『ただし――』


 ノイズ。


『ここにいる三人のうち、二人は本人ではありません』


 ブツッ。


 暗闇。


 俺は何も見えない。


 隣にいたはずの佐伯の気配がない。


「佐伯?」


 返事はない。


「佐伯!」


 その瞬間、


 耳元で誰かが囁いた。


「高瀬」


 佐伯の声。


「振り向くな」


 俺は動けなかった。


「……何?」


「今、俺の後ろにいる」


「誰が?」


「宮下」


 俺は息を止めた。


「でも、宮下は――」


「違う」


 佐伯の声が震える。


「俺が知ってる宮下じゃない」


 暗闇の中。


 俺の背後から、


 小さな笑い声が聞こえた。


 女の声。


 そして、


 俺の肩に、


 誰かの手が置かれた。


「高瀬くん」


 宮下の声。


「私を覚えてる?」


 俺は答えなかった。


「覚えてるよね?」


 手に力が入る。


「じゃあ――」


 耳元で、


 彼女が囁いた。


「あなたが最初に忘れた人は、誰?」


 その瞬間、


 照明が戻った。


 俺は振り返る。


 誰もいない。


 佐伯もいない。


 宮下もいない。


 職員室には、


 俺一人だけ。


 そして、


 机の上の出席簿。


 ページが一枚、


 風もないのにめくれた。


 そこには、


 新しい記録。


⸻


三年二組


在籍者 29名


欠席者 4名


高瀬蓮


宮下美緒


佐伯直人


黒田修一


⸻


 その下に、


 赤い文字。


⸻


「四人目は見つかった。」


⸻


 さらにその下。


⸻


「だから、三人目を戻す。」


⸻


 俺はページをめくった。


 次のページには、


 一枚の写真が貼られていた。


 七年前の三年二組。


 集合写真。


 そこには、


 32人の生徒と一人の教師が写っている。


 黒田先生。


 そして、


 写真の中央に立っている32番。


 その隣。


 34番。


 俺は目を疑った。


 34番の顔は、


 佐伯だった。


 そして、


 写真の一番端。


 そこには、


 まだ見たことのない生徒が立っていた。


 胸元の数字は、


35。


 顔を確認する。


 俺は、


 その顔を知っていた。


 毎朝見ている。


 教室で何度も話した。


 俺の友達。


 そして、


 俺自身が、


 その人物をずっと「佐伯」と呼んでいた。


 でも、


 写真の下に書かれていた名前は違った。


⸻


高瀬蓮


⸻


 俺は写真を落とした。


 その瞬間、


 校内放送が最後に一度だけ鳴った。


『第五日目の出席確認を開始します』


 そして、


 知らない男の声が、


 静かに言った。


『高瀬蓮――』


 少しの沈黙。


『二人います。』


――第四話・終――

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