第十九話「存在しない第一子」
第十九話「存在しない第一子」
「お願いだから、僕を忘れないで」
その声が消えたあとも、高瀬蓮はスマートフォンを耳から離せなかった。
通話は、最初からつながっていなかった。
画面には着信履歴も、通話時間も表示されていない。
ただ、見慣れない通知だけが残されていた。
【出生記録、再照合完了】
第一子:高瀬真
第二子:高瀬蓮
第三子:高瀬凛
欠席者:高瀬真
蓮は、その四行を何度も読み返した。
第一子。
第二子。
第三子。
三人兄弟。
それが事実なら、これまで自分が見てきたものは、いったい何だったのだろう。
双子の出生記録。
美月が持っていた母子健康手帳。
凛が見せた欠席届。
そして、あの出席簿。
すべてが少しずつ食い違っている。
「……なあ、美月」
蓮は顔を上げた。
校庭には、もう誰もいなかった。
ついさっきまで目の前に立っていた佐伯美月の姿が消えていた。
風が吹く。
足元に落ちていた母子健康手帳のページが、一枚だけめくれた。
そこには、さっきまでなかった文章が記されていた。
『出生児が三名確認された場合、第一子の記録を削除すること。』
蓮は息を止めた。
その下には、小さな文字でこう続いていた。
『理由:第一子は出生していないため。』
「……どういうことだよ」
真は、最初に生まれたはずだった。
それなのに、生まれていない。
蓮がその矛盾を理解しようとした瞬間、校舎のチャイムが鳴った。
午後十一時四十七分。
授業が始まるには、あまりにも遅い時間だった。
1
旧校舎の三階。
廊下の突き当たりにある教室だけに、明かりがついていた。
蓮は慎重に扉を開けた。
黒板には、大きな文字でこう書かれていた。
『第十九回 出席確認』
教卓には一冊の出席簿が置かれている。
その前に、高瀬凛が座っていた。
「遅かったね」
凛は、まるで約束していたかのように言った。
「……お前、何を知ってる?」
「何について?」
「真についてだよ」
凛は笑わなかった。
「全部知りたい?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、まず一つだけ確認させて」
凛は出席簿を開いた。
そこには三人の名前が並んでいた。
高瀬真。
高瀬蓮。
高瀬凛。
だが、名前の左側に記された番号がおかしかった。
真には「0」。
蓮には「1」。
凛には「2」。
「これ、何の番号だと思う?」
「……出生順じゃないのか?」
「違う」
凛は首を振った。
「誰が最初に、この学校に存在したかを示す番号だよ。」
蓮は眉をひそめた。
「真が最初だったってことか?」
「そう。でも、真は生まれていない」
「さっきからそればっかりだな。生まれてない人間が、どうやって出席するんだよ」
凛はゆっくりと顔を上げた。
「だから、出席させちゃいけないんだ」
教室の時計が、一秒だけ止まった。
「……何?」
「真を出席させたら、出生記録が書き換わる。真が第一子として認められる代わりに、別の誰かが存在しなかったことになる」
「それが、お前なのか?」
凛は答えなかった。
代わりに、出席簿のページをめくった。
そこには、蓮の名前が赤い線で消された記録があった。
日付は、二〇〇八年十一月六日。
蓮が生まれた日。
「最初に消えたのは、僕じゃない」
凛が言った。
「蓮。君だったんだよ」
2
蓮は、すぐには言葉を返せなかった。
「……俺が?」
「そう」
「俺はここにいるだろ」
「今はね」
凛は教卓の引き出しから、一枚の古い写真を取り出した。
病院の新生児室を撮影したものだった。
白いベッドが三つ並んでいる。
一番左には赤ん坊が寝ていた。
中央にも赤ん坊がいる。
だが、右端のベッドは空だった。
写真の裏には、三つの名前が書かれていた。
第一子 高瀬真。
第二子 高瀬蓮。
第三子 高瀬凛。
「これが本当の写真?」
蓮が尋ねると、凛は首を横に振った。
「これも書き換えられた写真」
「じゃあ、本当は?」
凛はポケットから、もう一枚の写真を出した。
同じ病院。
同じ部屋。
同じ三つのベッド。
ただし、今度は真ん中のベッドが空だった。
「……なんだよ、これ」
「この学校の記録は、誰かが出席するたびに変わる。写真も、戸籍も、思い出も」
「じゃあ、何が本当なんだよ!」
蓮の声が教室に響いた。
凛は静かに答えた。
「わからない」
その一言が、何よりも恐ろしかった。
「僕にも、もうわからないんだ」
凛は写真を机に置いた。
「でも、一つだけ変わらないものがある」
「何だ?」
「最初の欠席届」
凛は黒板の下にある収納扉を指さした。
「そこにある」
蓮は扉に近づいた。
古い木製の収納棚。
取っ手には、白い紙が貼られていた。
『保管記録:平成二十年度』
蓮は扉を開いた。
中には一つの封筒だけが置かれていた。
宛名はない。
ただ、赤い文字でこう書かれている。
『最初に名前を呼ばれた者へ』
3
封筒の中には、欠席届が入っていた。
用紙は古く、端が茶色く変色している。
蓮は記載内容を読み始めた。
欠席者氏名。
高瀬真。
欠席年月日。
平成二十年十一月六日。
欠席理由。
出生前のため。
そして、保護者署名。
そこに書かれていた名前を見て、蓮は手を止めた。
高瀬蓮。
「……俺?」
自分が生まれた日に、自分が真の保護者として欠席届を提出している。
そんなことがあるはずがない。
「凛。これ、どういうことだ?」
振り返る。
凛は教卓の前から動いていなかった。
「その書類には、続きがあるはずだよ」
蓮は用紙を裏返した。
そこには、細かな文字で注意事項が記されていた。
『本校では、出生の確認をもって出席とする。』
『出生が確認されない者は、欠席として扱う。』
『ただし、欠席者が他者の記憶に存在する場合、当該記憶の所有者を保護者として登録する。』
蓮は文章を読み終えた。
「つまり……俺が真を覚えているから、俺が保護者になった?」
「そういうこと」
「じゃあ、真を忘れたら?」
凛は答えるまで、少し時間を置いた。
「真は消える」
「……」
「でも、真を出席させても、誰かが消える」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「それを決めるために、この学校はある」
凛の声が、わずかに低くなった。
「毎晩、出席を取っているんだ」
そのときだった。
教室のスピーカーから、雑音が聞こえた。
ザザッ。
ザザザッ。
そして、聞き覚えのある声。
『……蓮』
真だった。
『その紙を信じないで』
凛の表情が変わった。
「真、やめろ」
『凛は、全部知ってるわけじゃない』
「やめろって言ってるだろ!」
凛が初めて声を荒らげた。
スピーカーの雑音が大きくなる。
『蓮。最初の欠席届を、もう一度見て』
蓮は用紙に目を落とした。
『保護者署名の下』
署名欄のさらに下。
小さな四角い枠があった。
そこには、薄い鉛筆で一つの数字が書かれていた。
37
「……三十七?」
真の声が震えた。
『その数字、覚えてる?』
蓮の頭に、最初の教室の光景がよみがえった。
在籍三十七名。
欠席者、高瀬蓮。
自分の名前が出席簿から消えた、あの夜。
『三十七は、人数じゃない』
真が言った。
『今までに消えた蓮の数だよ。』
4
教室が静まり返った。
蓮は欠席届を握りしめた。
「……何を言ってる?」
『蓮は、何度も出席してる』
「何度も?」
『真を助けようとして、何度もこの学校に戻ってきた。でも、最後にはいつも、誰かを選ばされる』
「……」
『そして、そのたびに蓮は消える』
蓮は凛を見た。
凛はうつむいていた。
否定しない。
「本当なのか?」
凛は答えない。
「おい、凛!」
「……三十七回」
ようやく、凛が口を開いた。
「君は三十七回、同じことを繰り返してる」
蓮の背中に冷たいものが走った。
「最初は、真を出席させようとした」
凛は静かに話し始めた。
「次は、真を忘れようとした。その次は、僕を消そうとした」
「……俺が?」
「うん」
「そんな記憶、ないぞ」
「あるはずがない。消えた蓮の記憶は、次の蓮には引き継がれないから」
凛は黒板の前に立った。
白いチョークで、大きく数字を書いた。
38
「今回で三十八回目」
蓮はその数字を見つめた。
凛は続けた。
「でも、今回は今までと違う」
「何が?」
「真が、自分から出席しようとしてる」
スピーカーから、真の声が聞こえた。
『……僕だって、もう待てない』
「真?」
『ずっと待ってたんだよ。蓮が思い出してくれるのを』
「何を?」
『最初の約束』
その瞬間、教室の照明が一斉に消えた。
暗闇の中で、黒板だけが白く浮かび上がる。
チョークで書かれた「38」の下に、新しい文字が現れた。
『第38回出席確認 最終選択』
その下に、二つの選択肢。
一、高瀬真を出席させる。
二、高瀬蓮を欠席させる。
蓮は息をのんだ。
「……どっちを選んでも、俺が消えるのか?」
凛は答えなかった。
だが、その沈黙が答えだった。
5
午後十一時五十八分。
時計の針が、ゆっくりと進んでいた。
残り二分。
凛は教卓の上に出席簿を置いた。
「蓮。もう時間がない」
「何の時間だ?」
「日付が変わるまでに、出席確認を終わらせないといけない」
「終わらせなかったら?」
凛は一瞬、ためらった。
「全員、欠席になる」
「全員?」
「この学校に登録された、すべての人間が」
蓮は教室を見回した。
誰もいない机。
黒板。
止まりかけた時計。
すべてが、自分たちを待っているように見えた。
そのとき、教室の後ろの扉が開いた。
「その二つから選ぶ必要はないわ」
佐伯美月だった。
彼女は息を切らしながら、蓮に近づいてきた。
「美月……どこにいたんだ?」
「調べてたの」
「何を?」
「この学校が、どうして出席を取るのか」
美月は一枚の紙を差し出した。
古い学校の設立趣意書だった。
そこには、こう書かれていた。
『本校は、存在を確認できない児童のために設立された。』
『児童の出席は、存在の証明として記録される。』
『ただし、存在が重複する場合は、いずれか一名のみを在籍者とする。』
蓮は顔を上げた。
「……存在が重複する?」
美月はうなずいた。
「蓮。あなたたち三人は、最初から三人じゃなかったのかもしれない」
「どういう意味だよ」
「一人の存在を、三つに分けて記録した可能性がある」
凛が突然立ち上がった。
「美月、それ以上言うな」
「凛。もう隠しても意味がない」
「違う。まだ確かめてないだろ!」
「だから確かめるの」
美月は蓮を見た。
「最初の写真を覚えてる?」
「病院の?」
「そう。三つのベッドがあった写真」
「……ああ」
「でもね、あの写真には最初から、おかしなところがあったの」
「何だ?」
美月はスマートフォンを取り出した。
画面に、古い病院の写真が映し出される。
三つのベッド。
二人の赤ん坊。
空のベッド。
蓮は写真を見つめた。
何度見ても、同じ光景だった。
「……何がおかしいんだ?」
美月は画面を拡大した。
ベッドの足元に、小さなプレートが付いている。
一番左。
高瀬真。
真ん中。
高瀬蓮。
右端。
高瀬凛。
「名前があるだけじゃないか」
「違う。ベッドの番号を見て」
蓮は目を凝らした。
それぞれのプレートの右上。
小さな数字が刻まれていた。
左から順に、
1、1、1。
「……全部、一番?」
「そう」
美月は言った。
「この病院の記録では、三人とも第一子になっている」
教室の時計が、午後十一時五十九分を指した。
6
「待てよ」
蓮は言った。
「三人とも第一子って、どういうことだ?」
美月はすぐには答えなかった。
代わりに、もう一枚の書類を取り出した。
出生届。
その書類には、高瀬真の名前が記されていた。
生年月日。
二〇〇八年十一月六日。
出生場所。
旧校舎。
そして、出生時刻。
午前零時〇〇分。
「真は、午前零時に生まれた」
美月が言った。
「でも、蓮も凛も、出生時刻が午前零時になってる」
「……偶然じゃないのか?」
「違う。三人とも、同じ出生番号なの」
美月は出生届の右上を指さした。
そこには、数字が印字されていた。
000037
三十七。
また、その数字だった。
「この番号は……」
蓮がつぶやく。
「最初の欠席届と同じ」
美月はうなずいた。
「三十七という数字は、人数でも、繰り返した回数でもないのかもしれない」
「じゃあ、何なんだよ」
美月は、凛を見た。
「あなたは知ってるんでしょう?」
凛は目を閉じた。
長い沈黙。
そして、ようやく口を開いた。
「……三十七番目の記録」
「記録?」
「そう」
凛は黒板に書かれた「38」を消した。
その下から、古い文字が浮かび上がった。
『記録番号037 高瀬蓮』
「この学校には、最初から三十七人の蓮がいたわけじゃない」
凛は言った。
「三十七番目に作られた記録が、君だったんだ」
蓮は理解できなかった。
「作られた……?」
「真を出席させるために、誰かが何度も出生記録を作り直した」
「誰が?」
凛は答えない。
「誰なんだよ!」
そのとき。
教室の一番後ろから、声がした。
「私よ」
蓮たちは一斉に振り返った。
いつの間にか、一人の女性が立っていた。
白い服。
長い黒髪。
その顔を見た瞬間、蓮は言葉を失った。
自分と、まったく同じ顔。
以前、美月が「お母さん」と呼んだ女性だった。
女性は静かに教室へ入ってきた。
「ようやく、ここまで来たのね」
凛が後ずさる。
「……あなたは、ここに来ちゃいけない」
女性は凛を見なかった。
ただ、蓮だけを見つめていた。
「三十七番目の蓮」
そして、ゆっくりと告げた。
「あなたに、最初の出席簿を見せてあげる」
7
女性が教卓に手を置くと、出席簿がひとりでに開いた。
古い紙が、次々とめくられていく。
一ページ。
二ページ。
十ページ。
二十ページ。
三十ページ。
そして、三十七ページ目で止まった。
そこには、蓮の名前があった。
記録番号037 高瀬蓮。
その上には、別の名前が三十六個並んでいた。
だが、すべて黒く塗りつぶされている。
「これが、あなたの前にいた子どもたち」
女性が言った。
「……子どもたち?」
「ええ。真を出席させるために登録された子どもたち」
蓮は震える指で、ページをめくった。
三十八ページ目。
そこには、まだ何も書かれていなかった。
「じゃあ、次は……」
女性は微笑んだ。
「あなたが決めるの」
「何を?」
「三十八番目の名前」
その瞬間、出席簿の白紙に文字が浮かび上がった。
記録番号038
氏名:______
出生確認:未了
保護者署名:高瀬蓮
蓮は顔を上げた。
「……俺が、次の子どもを登録するのか?」
「そう」
「そんなこと、できるわけ……」
「できるわ」
女性は静かに言った。
「だって、今までずっと、そうしてきたんだから」
時計の秒針が、最後の一周を始めた。
午後十一時五十九分五十秒。
凛が叫んだ。
「蓮! その紙に名前を書くな!」
美月も駆け寄る。
「待って! まだ確認できてない!」
しかし、女性は二人の声を無視した。
蓮の目の前に、一枚の写真を差し出す。
病院の新生児室。
三つのベッド。
そして、今度は――
三つとも空だった。
蓮は息を止めた。
「……誰も、いない?」
女性はうなずいた。
「そうよ」
午後十一時五十九分五十五秒。
「最初から、誰も生まれていなかった」
五十六秒。
「でも、誰かが一人だけ、出席したことにしたの」
五十七秒。
「その子の名前が――」
五十八秒。
女性は、蓮の耳元でささやいた。
「高瀬真」
五十九秒。
蓮は目を見開いた。
「じゃあ、俺たちは……」
女性は答えた。
「真が欠席しないように、作られた記録なの」
午前零時。
チャイムが鳴った。
教室の明かりが消える。
暗闇の中で、出席簿が閉じられる音がした。
そして、校内放送が流れ始めた。
『午前零時になりました』
『これより、第三十八回出席確認を開始します』
『本日の在籍者は――』
一瞬の沈黙。
『一名です』
蓮は息をのんだ。
『出席番号一番』
『高瀬――』
放送が途切れた。
その直後、蓮の背後から声がした。
「はい」
聞き覚えのある声。
高瀬真だった。
だが、その声はスピーカーからではなかった。
蓮はゆっくりと振り返る。
暗闇の中に、一人の少年が立っていた。
自分と同じ顔をした少年。
少年は蓮を見て、静かに笑った。
「やっと、僕の番だね」
そして、蓮の耳元でこう言った。
「でも、蓮」
「……何だよ」
「僕、本当は真じゃないんだ」
蓮の心臓が大きく跳ねた。
少年は続けた。
「真は、ずっと前から出席してる」
「……は?」
「最初から、ずっと」
少年は教室の前方を指さした。
蓮が振り向くと、教卓の前に立っていた女性が消えていた。
代わりに、そこには一人の教師が立っていた。
黒いスーツ。
白いシャツ。
胸元には、古びた名札。
そこに書かれていた名前は――
高瀬真。
教師は出席簿を開き、蓮を見つめた。
そして、穏やかな声で言った。
「高瀬蓮くん」
「……」
「君は、どうして毎回、私を生徒だと思うんですか?」
蓮は何も答えられなかった。
教師は続けた。
「私は、ずっと出席を取る側の人間ですよ」
黒板に、白い文字が浮かび上がる。
『担任教師:高瀬真』
『生徒:高瀬蓮』
『欠席者:なし』
蓮はようやく気づいた。
これまで自分は、真を出席させようとしていた。
だが、真は最初から出席していた。
出席簿を開き、名前を呼び、欠席者を決めていたのは――
真自身だった。
教師は微笑んだ。
「それでは、授業を始めましょう」
教室の時計が、再び動き出す。
「今日の授業は、少し特別です」
教師は黒板に、一つの文章を書いた。
『人は、誰かに覚えられている限り存在する。』
そして、蓮を見た。
「高瀬くん。質問です」
教室の扉が、音もなく閉まった。
「では、誰にも覚えられていない人間が、誰かを覚えていることは可能でしょうか?」
蓮は、その問いの意味を理解できなかった。
しかし、教師の次の一言で、すべてが変わった。
「ちなみに、この教室には、あなた以外の生徒はいません」
蓮は周囲を見回した。
凛がいない。
美月もいない。
そして、ついさっきまで立っていた少年も。
誰もいない。
教師は静かに言った。
「最初から、いなかったんですよ」
出席簿が、ひとりでに開いた。
そこには、一行だけ記されていた。
『在籍一名 高瀬蓮』
『出席一名 高瀬蓮』
『欠席者 なし』
蓮は、わずかに安堵しかけた。
だが、その下に小さな文字を見つけた。
『備考:本生徒の存在を確認できる者は、現在一名。』
『確認者:高瀬真』
そして、最後の一文。
『確認者が死亡、または記憶を喪失した場合、本生徒の在籍を取り消す。』
蓮は顔を上げた。
教師の真は、優しく微笑んでいた。
「さあ、高瀬くん」
「……」
「私があなたを忘れる前に、授業を終わらせましょう」
教師の胸元の名札が、ゆっくりと裏返った。
その裏には、赤い文字でこう記されていた。
『記憶保持期限:午前零時十五分』
時計は、すでに午前零時十四分を指していた。
第十九話「存在しない第一子」――終
第二十話「最後の十五分」へ続く。




