↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『大陸一の大富豪は、今日も好きな女の子の店で暇人扱いされています。  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/25

第7話 アルトさん、明日も来ます?

 昼前の《陽だまり亭》は、珍しく静かだった。


「今日は暇だね」


 リーナが窓の外を見る。


「そういう日もある」


 ベルンは厨房で野菜を切っていた。


「昨日は忙しかったのに」


「昨日忙しかったからって、今日も忙しいとは限らん」


「分かってるけど」


 リーナは空いているテーブルを拭いた。


 入口のベルが鳴ったのは、その少し後だった。


「いらっしゃいませ」


「あら、リーナちゃん」


「マルタさん」


 入ってきたのは、近所に住むマルタだった。


 50歳を過ぎたくらいの、小柄な女性だ。週に何度か店へ来て、紅茶と焼き菓子を頼む。


「今日は早いですね」


「ちょっと市場へ行ってたのよ」


「何か買ったんですか?」


「買えなかったの」


 マルタは席に座りながら、大きく息を吐いた。


「卵がまた高くなっててねえ」


「ああ」


 リーナにも心当たりがあった。


 店で使う卵も、ここしばらく値上がりしている。


「孫が来るから焼き菓子でも作ろうと思ったんだけど、あの値段じゃねえ」


「西市場もですか?」


「西も中央も同じ。いつもの店なんて、今日は入荷も少なかったわよ」


 リーナは少し考えた。


「あ」


「何?」


「南通りのパン屋さん」


「パン屋?」


「エッダさんのところです。前に、近くの養鶏農家から直接卵を入れてるって言ってました」


「売ってもらえるかしら」


「余ってたら分けてもらえるかもしれません。エッダさん、午後なら店にいると思いますよ」


「本当?」


「聞くだけ聞いてみたらどうです?」


 マルタの顔が明るくなる。


「行ってみるわ」


「私の名前を出しても大丈夫です」


「助かるわあ」


 リーナは笑って紅茶を用意した。


     ◇


 午後。


 いつもの時間にベルが鳴った。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ、アルトさん」


 リーナが顔を上げる。


 アルトは窓際の席へ座った。


「いつものでいいですか?」


「うん」


「タルトも?」


「ある?」


「ありますよ。ちゃんと取ってあります」


 アルトの視線が上がった。


「取ってある?」


「昨日、来るって言ってたので」


「……そっか」


 リーナは気づかず、厨房へ向かった。


 取ってある。


 自分が来ると言ったから。


 それだけの話だ。


 昨日も食べたいと言ったのだから、常連客の分を残しておくのは店として普通なのかもしれない。


 普通なのだろう。


 それでも、アルトは少し嬉しかった。


 いや。


 少しではない気もする。


「お待たせしました」


 目の前にタルトが置かれる。


 今日も、一番きれいに焼けた1切れだった。


「どうぞ」


「ありがとう」


「昨日より少しだけりんごを厚くしてみたんです」


 アルトが一口食べる。


「どうです?」


「こっちも美味しい」


「よかった」


 リーナが笑う。


 昨日と同じだった。


 その笑顔を見ると、やはり味とは別のところまで嬉しくなる。


「アルトさん?」


「何?」


「今日、機嫌いいですね」


「そう?」


「何となく」


 アルトはタルトを見る。


「美味しいからじゃない?」


「じゃあ成功ですね」


「うん」


 たぶん、それだけではなかった。


     ◇


「そういえば」


 リーナがカウンター越しに話しかけた。


「最近、卵が高いの知ってます?」


「知ってるよ」


「やっぱり」


「店も困ってる?」


「少し。父さんが仕入れ先と相談してます」


 アルトがコーヒーを置く。


「どの辺りまで上がってる?」


「先月より2割くらいかな。市場によって違いますけど」


「入荷量は?」


「そこまでは分からないです」


「そっか」


「でも今日、マルタさんも困ってました」


「マルタさん?」


「近所の常連さんです」


 リーナは昼間のことを話した。


 孫のために焼き菓子を作りたいこと。


 市場で卵が高くて買えなかったこと。


 南通りのエッダというパン屋を紹介したこと。


「エッダさんは、近くの養鶏農家と直接やり取りしてるんです」


「その農家、どこ?」


「確か王都の南です。馬車で半日くらいって言ってたかな」


「最近、南からの荷が遅れてる」


「そうなんですか?」


「橋の補修で商用馬車が迂回してるから」


「ああ」


 リーナが納得した。


「だから卵も?」


「全部じゃないと思う。でも市場価格が上がってる理由の1つにはなってる」


 アルトは少し考える。


「南側の農家で余ってるなら、王都まで持ってくる手段をまとめた方がいいかもしれない」


「まとめる?」


「農家ごとに馬車を出すと高いから。何軒か分をまとめて運ぶ」


「そんなことできるんですか?」


「話がまとまれば」


 アルトにとっては、珍しい話ではなかった。


 どこに物があるのか。


 どこで足りないのか。


 間に何が詰まっているのか。


 数字を並べれば、だいたい見える。


「アルトさんって、そういうこと考えるの早いですよね」


「仕事だから」


「ちゃんと仕事してたんですね」


「してるよ」


「毎日この時間にいるから」


「今日も仕事してきた」


「本当に?」


「本当に」


 リーナが笑う。


「じゃあ、ちょっと見直しました」


「ちょっと?」


「ちょっとです」


「厳しいな」


     ◇


 翌日。


 マルタが店へ飛び込んできた。


「リーナちゃん!」


「どうしたんですか?」


「卵、買えたわ!」


「あ、本当ですか?」


「エッダさんに聞いたら、農家の人に話してくれて。孫の分くらいならって」


「よかった」


「あなたのおかげよ」


「私は名前を教えただけですよ」


「それが助かったの」


 マルタは嬉しそうに笑った。


 その日の午後。


 アルトが来ると、リーナはすぐにその話をした。


「マルタさん、卵買えたみたいです」


「よかったね」


「はい」


「農家の方は?」


「エッダさんに聞いたら、やっぱり運ぶのに困ってるみたいです」


「そっか」


 アルトは少し考えた。


「なら、使えそうだな」


「何がです?」


「空で戻ってる荷馬車がある」


「空?」


「王都へ荷を運んだあと、南へ戻る馬車。帰りはほとんど積んでない」


「そこに卵を?」


「卵だけじゃない。南側の農家からまとめて集めれば、野菜も運べる」


「へえ……」


 リーナは感心したようにアルトを見る。


「私、マルタさんとエッダさんしか思い浮かばなかったです」


「それで十分だよ」


「え?」


「その2人がつながったから、農家の話が出てきた」


 アルトはコーヒーを飲む。


「俺はエッダさんも、その農家も知らなかったから」


「じゃあ半分ずつですね」


「何が?」


「私が人を見つけて、アルトさんが運び方を考える」


 アルトは少し笑った。


「そうかもね」


「意外と相性いいですね、私たち」


 アルトの手が止まった。


「……何ですか?」


「いや」


「コーヒー熱かった?」


「違う」


「じゃあ何です?」


「何でもない」


 相性がいい。


 たぶんリーナは、今の話のことしか言っていない。


 分かっている。


 それでも、その言葉は妙に残った。


     ◇


 夕方。


「ごちそうさま」


「ありがとうございます」


 アルトが立ち上がる。


「今日はもう仕事ないんですか?」


「少しある」


「あるんだ」


「あるよ」


「じゃあ早く戻らないと」


「そうだね」


 鞄を持つ。


 扉へ向かおうとしたところで、リーナに呼び止められた。


「アルトさん」


「うん?」


「明日も来ます?」


 アルトは振り返った。


「来るけど」


「じゃあ、タルト取っておきますね」


「……うん」


「どうしました?」


「何でもない」


「そうですか?」


「また明日」


「はい。また明日」


 ベルが鳴る。


 店を出てから、アルトは少しだけ歩調を緩めた。


 明日も来ます?


 ただ予定を確認されただけだ。


 タルトを残すため。


 それだけ。


 分かっている。


 それでも。


 明日、自分が来るかどうかを、リーナが気にしていた。


 その事実が妙に嬉しい。


 アルトは一人で口元が緩みそうになって、少し困った。


 明日も来る。


 もちろん、そのつもりだった。


 けれど今は、昨日までより少しだけ。


 明日になるのが楽しみだった。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!

感想も大歓迎です。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。