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NINE GRID ―ナイン・グリッド―  作者: asnt2026


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第7話 戻る人

誰もすぐには扉を開けなかった。


「開けて……お願い」


もう一度。


女の声。


澪が動こうとした。


蒼真が腕を掴む。


澪が見る。


「待って」


「でも」


「誰か分からない」


声で全員が起きた。


榊原が音を立てずに扉の近くへ移動する。


航平はナイフ。


黒瀬は金属パイプ。


三崎だけは壁際から動かなかった。


「名前を言え」


榊原。


外。


少し沈黙。


「……沙耶」


誰も知らない名前だった。


「腕輪は?」


「ある」


「番号」


「E……10」


蒼真は九人の腕を見る。


抜けていた番号。


E-10。


莉子が息を呑んだ。


「その人……」


「知ってる?」


澪。


莉子が頷いた。


「一緒にいた人」


三崎が立ち上がる。


表情が変わっていた。


「本当に沙耶か?」


外から。


「三崎さん?」


それだけで確信したらしい。


三崎が扉へ行く。


今度は榊原が止めた。


「待て」


「何だよ」


「追われてるかもしれない」


三崎の顔が歪む。


「じゃあどうする。外に置いとくのか」


「確認する」


「何を」


榊原は答えず、窓の隙間から外を見た。


しばらく。


機械音はない。


「開ける。すぐ閉めろ」


扉を少しだけ開いた。


若い女性が転がり込むように入ってきた。


澪がすぐに扉を閉める。


女性は床へ崩れた。


二十代半ばくらい。


顔も服も泥だらけ。


右足の膝から下が赤く染まっている。


「沙耶!」


莉子が駆け寄る。


女性――沙耶は莉子を見ると、泣くでも笑うでもない顔になった。


「生きてた」


その一言がひどく軽くて、逆に重かった。


澪が傷を見る。


「切れてる。かなり深い」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないです」


救急箱を開ける。


手つきが速い。


迷いがない。


航平が沙耶の腕を見た。


確かにE-10。


蒼真は奇妙な感覚に襲われた。


十二。


揃った。


いや。


もう三人は死んでいるはずだった。


一人は目の前で。


一人はドローン。


そうすると――。


「三崎」


蒼真が聞いた。


「この人以外に、最初に誰がいた?」


三崎が答える前に、沙耶が言った。


「四人」


息を整えながら。


「私たち、四人だった」


蒼真は眉を寄せた。


三崎。


莉子。


黒瀬。


沙耶。


四人。


だったら十二人。


数が合う。


白いシャツの男は、蒼真たちのところへ流れてきた人物。


榊原たちのところで一人死亡。


そして――。


最初の十二人から、まだ十人いる。


蒼真は気づいた。


三崎も同じ顔をした。


「……九人じゃなかった」


航平が呟く。


沙耶は目を閉じていた。


「ごめん」


三崎が言う。


何について謝ったのか分からない。


沙耶が目を開けた。


「置いてったのに?」


小屋の中の空気が変わった。


三崎は何も言わない。


莉子が二人を見る。


「どういうこと?」


沙耶の口元が少し震えた。


「機械が来て……私、転んだ」


澪が傷口を消毒する。


沙耶が歯を食いしばる。


「三崎さんは、逃げた」


誰も口を挟まなかった。


三崎の顔は怒っているようにも、恥じているようにも見えた。


「俺が残って何ができた」


「別に」


沙耶。


「責めてない」


その言葉の方が痛かったのかもしれない。


三崎は視線を逸らした。


「黒瀬さんが戻ってきた」


沙耶が続ける。


全員が黒瀬を見る。


黒瀬は壁に背を預けたまま。


「戻った?」


蒼真。


「少しだけな」


「でも途中で」


沙耶が黒瀬を見る。


「もう駄目だって言われた」


「機械が二台来た」


黒瀬。


「一人で抱えて走れる状況じゃなかった」


「それで置いてきたの?」


莉子の声。


黒瀬は黙った。


沙耶が、


「いいの」


と言った。


「本当に」


その声は弱かった。


誰かを許しているというより、自分に言い聞かせているようだった。


「じゃあ、どうやってここまで?」


澪。


沙耶は少し考えた。


「分からない」


「分からない?」


「ずっと隠れてた。溝の中とか、木の下とか」


「ロボットは?」


「何度か近くまで来た」


「撃たれなかった?」


沙耶は首を振る。


「一回だけ」


膝の傷を見る。


「これは?」


「転んだ」


澪の手が止まった。


沙耶が続ける。


「見つかったと思った。目の前まで来たから」


「どれくらい」


「……二十メートルとか」


航平が眉をひそめる。


「それで何で生きてんの」


沙耶も分からない顔をした。


「私もそう思った」


ロボットは沙耶を見た。


銃口まで向けた。


なのに。


撃たなかった。


しばらくその場にいたあと、去った。


水路で起きたことと同じ。


蒼真の背中に、また薄い寒気が走った。


殺せるのに殺さない。


その基準が分からない。


「怪我人だから?」


莉子が言った。


「脅威じゃないと判断したとか」


朱里。


「じゃあ、最初の人は?」


航平。


誰も答えられない。


澪は処置を続けた。


血を拭き。


傷を閉じ。


包帯を巻く。


「これなら、しばらく歩かない方がいいです」


「ありがとう」


沙耶。


そのとき。


遠くから。


ガガガガガ。


全員が止まった。


一度。


音が近づく。


沙耶の顔から血の気が引く。


「来た」


榊原が窓へ。


音は一直線にこちらへ近づいていた。


「追跡されたか」


三崎。


「そんな……」


沙耶が震える。


「私、ずっと撒いたと思って」


「責めてない」


澪が言う。


「今は逃げましょう」


全員が荷物を取る。


しかし。


沙耶は立てない。


右足に体重をかけた瞬間、崩れた。


「無理」


澪が肩を貸す。


「私が」


「二人じゃ遅い」


榊原。


大庭が反対側へ入る。


「じいさんでも片側くらい持てる」


音。


近い。


ガガガガガ。


小屋を捨てる。


林へ。


九人――いや、十人が走る。


沙耶を澪と大庭が支える。


遅い。


明らかに。


「置いていくべきだ」


三崎が言った。


莉子が睨んだ。


「何言ってるの」


「全員死ぬぞ」


「だから置いてくの?」


「じゃあお前が背負え!」


莉子が言葉を失う。


正しさは、ときどき残酷だった。


蒼真も分かっていた。


沙耶がいなければ、もっと速く走れる。


一人のために十人が危険になる。


それでも。


「先に行け」


蒼真は言った。


澪を見る。


「俺が代わる」


「柏木さん」


「澪も走れ」


大庭と交代し、沙耶の腕を肩へ回す。


重い。


人間一人の体重というのは、思っていたよりずっと現実的だった。


「蒼真!」


航平が叫ぶ。


「来てる!」


銃声。


木の枝が弾ける。


一発。


二発。


蒼真は沙耶を引きずるように走った。


遅い。


無理だ。


頭のどこかでは分かっている。


だったら。


置いていけばいい。


会ったばかりの人間だ。


名前だってさっき知った。


自分が死ぬ理由なんてない。


本当にそう思う。


なのに。


肩から腕を外せなかった。


「ごめんなさい」


沙耶が言う。


「喋るな」


「置いてって」


「黙ってろ」


「でも」


「俺だって置いてきたいよ!」


思わず怒鳴った。


自分でも何を言っているのか分からない。


「じゃあ何で」


沙耶。


その問いに。


蒼真は答えられなかった。


本当に。


何でだ。


前方。


榊原が手を振る。


「こっち!」


地面が大きくえぐれている。


古い排水管。


人間なら入れる。


ロボットは無理だ。


一人ずつ潜る。


蒼真と沙耶が最後。


銃口がこちらを向く。


距離。


五十メートルもない。


蒼真は沙耶を押し込む。


自分も転がり込む。


銃声。


排水管の入口で火花。


しかし。


それきりだった。


ロボットは入口の前で止まった。


撃ち続ければ。


中にいる人間は逃げ場がない。


なのに撃たない。


蒼真は荒い呼吸のまま、暗い管の向こうから機体を見た。


ロボットは。


長い間。


こちらを見ていた。


まるで。


逃げ込むところまで見届けたかったみたいに。

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