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NINE GRID ―ナイン・グリッド―  作者: asnt2026


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第6話 九人分の夜

ロボットの音が完全に消えてからも、誰もすぐには水路から出ようとしなかった。


遠ざかった。


そう思っただけかもしれない。


どこかで止まって、こちらが動くのを待っている可能性だってある。


疑い始めれば、何でもそう見えた。


風で揺れる草も。


鳥の羽音も。


自分の呼吸さえ、何かに聞かれている気がする。


「いつまでここにいるんだ」


最初に口を開いたのは三崎だった。


水路の壁に背を預け、苛立ったように土を払っている。


「暗くなるぞ」


西の空は、もう橙色になり始めていた。


さっきまで暑かったのに、日が傾くと風が少し冷たく感じる。


「小屋へ戻る」


榊原が言った。


航平が顔を上げる。


「さっきロボット来ただろ」


「だからだ。少なくとも一度調べた場所だ。水も食料もある」


「また来るかもしれない」


「ここに来ない保証もない」


二人とも正しかった。


正しいこと同士がぶつかると、話はなかなか終わらない。


蒼真は水路の縁から顔だけを出した。


何もいない。


草地の向こうに、小屋の屋根が小さく見える。


そのさらに先。


もう光が弱くなって、何があるのか分からない。


「日が落ちてから移動する方が危ない」


蒼真が言った。


三崎がこちらを見る。


「根拠は?」


またそれか、と少し思った。


「ない」


正直に答えた。


「ただ、昼でもあれだけ見えにくい。夜になったらこっちも何も見えない」


「向こうも見えないかもしれないだろ」


朱里が首を振った。


「それは期待しない方がいいと思います」


「なんで」


「軍用っぽい機械なら、暗視か赤外線くらいあると思う」


三崎が舌打ちした。


「便利だな、機械は」


その一言が、妙に蒼真の耳に残った。


九人は水路を出た。


自然に、一列にはならなかった。


榊原が前。


少し後ろに蒼真と大庭。


中央に莉子と朱里。


澪は後方。


航平、三崎、黒瀬はそれぞれ微妙に距離を取っている。


誰かが決めた並びではない。


なのに、人間は勝手に場所を選ぶ。


前に立つ者。


真ん中へ入る者。


最後尾を見る者。


一人で歩く者。


蒼真は、そんなことをぼんやり考えた。


小屋まで戻る間、莉子が何度も振り返った。


「大丈夫?」


澪が聞く。


莉子は首を縦に振った。


大丈夫な人の頷き方ではなかった。


それでも澪はそれ以上聞かなかった。


小屋へ戻る。


中へ入った瞬間、誰かが息を吐いた。


たぶん一人ではなかった。


壁と屋根がある。


それだけで、人間は安全だと錯覚できる。


航平が真っ先に棚へ向かった。


「食い物、もう一回確認しようぜ」


「勝手に取るな」


三崎が言った。


航平が振り返る。


「何だよ」


「九人いるんだ。最初に分けた方がいい」


「お前が?」


「誰でもいい」


「じゃあ俺が取っても同じだろ」


「同じじゃない」


空気がまた刺々しくなる。


「やめましょう」


澪が二人の間に入った。


航平が鼻を鳴らす。


「はいはい」


結局、大庭と朱里が棚の中身を全部机へ並べた。


水。


保存食。


缶詰。


栄養バー。


救急用品。


乾電池。


航平が床の奥へ手を伸ばし、小さな箱を引っ張り出した。


「まだある」


箱の中。


水が六本。


先に見つけた六本と合わせて、十二本。


誰もすぐには何も言わなかった。


朱里がゆっくり数えた。


「十二」


蒼真は白いボトルを見つめた。


偶然。


もちろん偶然かもしれない。


小屋を利用する人数なんて、誰にも分からなかったのだから。


でも。


十二という数字だけが、やけに形を持ってそこにあった。


「最初から十二人分だったりして」


航平が笑う。


冗談にしたかったのだろう。


今度も、誰も笑わなかった。


「そういえば」


蒼真は九人の腕を見た。


E-01。


E-02。


E-04。


E-06。


E-07。


E-08。


E-09。


E-11。


E-12。


抜けている番号がある。


三つ。


三崎も同じことに気づいたらしい。


自分の腕輪を見た。


「番号順ならな」


「三人足りない」


朱里が言った。


静かになった。


一人は、蒼真たちの目の前で撃たれた。


榊原たちといた一人も死んだ。


あと一人。


蒼真は三崎を見る。


「さっき、他に二人いたって言ったよな」


三崎は少しだけ表情を固くした。


「いたと言っただけだ。一緒だったとは言ってない」


「どういう意味?」


「最初、俺たちは四人だった」


三崎。


「俺と莉子と黒瀬。あと一人」


莉子が顔を下げる。


「その人は途中でいなくなった」


「いなくなった?」


「機械の音がして、走って……」


莉子の声が小さくなる。


黒瀬が代わった。


「分かれた」


「もう一人は?」


蒼真。


三崎は少し考えてから、


「遠くで見た」


と言った。


「白いシャツの男。一人で走ってた。声をかける前に林へ入った」


蒼真と澪が同時に顔を上げた。


白いシャツ。


林。


あの男かもしれない。


空砲だと言って、ロボットへ歩いていった男。


蒼真は、その先を言わなかった。


言って何になる。


死者の数を正確に揃えたところで、何かが戻るわけではない。


十二本の水。


三つ抜けた番号。


九人。


「……最初は十二人だったのかも」


朱里が呟いた。


航平が嫌そうに笑う。


「何だよ。参加人数まで決められてたって?」


誰も答えなかった。


夜が来た。


小屋の中では懐中電灯を一本だけつけた。


窓には布をかけた。


明かりが外へ漏れるのを嫌った榊原の提案だった。


見張りを二人ずつ交代ですることになった。


それを決めるだけでも揉めた。


「全員が信用できる前提なのがおかしい」


三崎が言った。


「じゃあ寝ないのか」


大庭が笑う。


「それでもいいなら付き合うぞ」


三崎は黙った。


蒼真の番は、澪と一緒だった。


他の七人が横になったあと、二人で窓際に座る。


外は暗かった。


想像以上に。


街灯が一つもない夜は、こんなに黒いのかと思った。


「眠くないですか」


澪が小声で聞いた。


「今は無理かな」


「私も」


少しだけ笑った。


その顔を見て、蒼真は昼間よりずっと疲れていることに気づいた。


「雨宮さん」


「澪でいいです」


「じゃあ、澪」


口にすると妙に近い。


蒼真は少し間を置いた。


「昼の人」


澪の表情が消える。


「助けに行きたかった?」


聞いてから、嫌な聞き方だったと思った。


澪はしばらく答えなかった。


「分かりません」


やがて言った。


「行っても死んでたと思います」


「うん」


「でも、それと……行きたかったかどうかは別ですよね」


蒼真は何も言えなかった。


澪は自分の手を見ていた。


「ああいうとき、助けられる人と助けられない人を分けるのが苦手なんです」


「普通じゃない?」


「どうでしょう」


それだけ。


何か続きがあるように感じた。


でも澪は言わなかった。


外。


かすかな音。


蒼真が顔を上げた。


澪も聞こえたらしい。


二人とも黙る。


遠く。


ガガガガガ――。


機械音。


すぐ近くではない。


一定の速度で右から左へ流れていく。


蒼真は窓の隙間から外を見た。


何も見えない。


音だけ。


しばらくして消える。


それから。


また。


同じ方向から。


ガガガガガ――。


「……戻ってきた?」


澪。


蒼真は答えなかった。


時間を見るものはない。


でも感覚では、かなり経っていた。


もう一度。


同じ方向。


同じような速度。


蒼真の頭の中に、昼間のキャタピラー跡が浮かぶ。


何度も重なっていた。


「巡回してる」


呟いた。


「え?」


「たぶん。同じ道を」


澪が外を見る。


蒼真は暗闇の向こうを見ながら、


なぜか少しだけ怖さが減った。


分からないものは怖い。


でも。


規則があるなら。


少しだけ。


考えられる。


その瞬間。


小屋の外。


すぐ近くで。


カタン。


何かが落ちる音がした。


澪と蒼真は同時に立ち上がった。


蒼真はバールを握る。


外。


誰かいる。


足音。


一歩。


二歩。


そして。


扉の向こうから。


かすれた声がした。


「……開けて」


女の声だった。

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