第5話 九人
六人で行動するようになってから、恐怖の形が少し変わった。
一人なら逃げればいい。
二人なら相手を気にする。
六人になると。
意見が生まれる。
「小屋に戻るべきだ」
航平。
「一晩あそこで過ごす方がマシだろ」
「夜になる前に周囲を確認したい」
榊原。
「夜になるって決まってるのか?」
大庭が言った。
航平が顔をしかめる。
「空見ろよ」
太陽は確かに傾いていた。
普通の時間が流れているらしい。
それだけで少し安心してしまう自分が嫌だった。
蒼真は周囲を見た。
「もう少し北側を見よう」
「なんで」
航平。
「さっきロボットが通った跡がある」
土の上。
キャタピラー跡。
蒼真はしゃがんだ。
一本ではない。
古い跡と新しい跡が重なっている。
「何回も通ってる」
榊原が横に来る。
「巡回か」
「たぶん」
自分でも驚いた。
道を見ると、頭の中で勝手に線になる。
どこから来た。
どこへ向かった。
配送の仕事をしていたころもそうだった。
渋滞。
工事。
時間帯。
ナビより先に、体が道を覚えていた。
「なら、巡回してない場所があるかもしれない」
朱里。
「探そう」
六人で移動する。
途中。
水路のような溝を見つけた。
その先。
小さなコンクリート建物。
近づこうとしたとき。
人影が飛び出した。
「来るな!」
男。
四十代くらい。
手には金属パイプ。
その後ろに、若い女性ともう一人の男。
三人。
白いバンド。
これで。
九人。
「待て」
榊原が両手を上げる。
「俺たちも同じだ」
「信用できるか」
男はパイプを下ろさない。
「それ、腕」
澪が自分のバンドを見せる。
三人の警戒が少しだけ下がる。
最初の男。
三崎隼人。
E-01。
若い女性。
野々宮莉子。
E-12。
無口な男。
黒瀬岳。
E-07。
黒瀬は名前以外、ほとんど話さなかった。
腕に古い火傷の痕。
それだけが妙に目についた。
「他にもいた?」
蒼真が聞いた。
三崎が一瞬黙る。
「いた」
また。
その言い方。
「一人?」
「二人」
「どこに?」
三崎は答えなかった。
莉子が小さな声で言った。
「一人は……逃げて」
唇が震えている。
「もう一人は?」
莉子は首を振った。
黒瀬が代わりに言った。
「分からない」
分からない。
死んだとは言わない。
でも、生きているとも言わない。
最初にこの場所へ投入された人間は、九人ではない。
その事実だけが残った。
「とりあえず一緒に動くべきだ」
榊原。
三崎が鼻で笑う。
「何で?」
「人数が多い方がいい」
「本当に?」
三崎は六人を見渡した。
「食料は?」
誰も答えない。
「武器は?」
航平がナイフを隠す。
遅かった。
三崎は見ていた。
「ほら」
嫌な笑い方。
「人数増えたら、食うやつも増える。必要な物を奪うやつも増える」
「じゃあ三人で残れば」
航平が言う。
空気が尖った。
澪が間に入る。
「今は争ってる場合じゃないと思います」
「そういう人から死ぬんだよ」
三崎。
澪の表情が少しだけ変わった。
でも怒らなかった。
「そうかもしれません」
その返しに、逆に三崎が黙る。
蒼真は周囲を見た。
九人。
見知らぬ人間。
誰も信用できない。
それでも。
さっきまで六人だったところへ三人増えただけで、少し安心している。
人間なんてそんなものなのかもしれない。
一人では怖い。
多すぎても怖い。
「移動しよう」
蒼真が言った。
三崎が見る。
「どこへ」
「さっきの小屋」
「罠かもしれない」
「ここも安全じゃない」
「根拠は?」
蒼真は答えようとして。
止まった。
音。
何かが聞こえる。
小さい。
低い。
遠い。
ガガガガガ――。
全員が黙った。
莉子だけが。
蒼真たちより一瞬早く反応した。
「二つ」
彼女が言った。
「何?」
「音」
顔が青ざめている。
「あっちと」
反対方向を見る。
「……こっち」
榊原が耳を澄ます。
確かに。
二方向。
ロボットが来る。
「走るぞ」
榊原。
「どこへ!」
三崎。
蒼真は足元を見る。
キャタピラー跡。
新しい。
古い。
道の癖。
頭の中に線ができる。
二台。
両側から。
なら。
「水路」
口から出た。
「何?」
「さっきの溝。あそこならキャタピラーが入りにくい」
「本当か?」
分からない。
本当かどうかなんて。
それでも。
「行くぞ!」
なぜか全員がついてきた。
九人が走る。
機械音が近づく。
莉子が泣きそうな声で、
「速くなってる」
と言った。
蒼真も気づいた。
最初に見たロボットより。
ほんの少し。
速い。
水路へ飛び込む。
一人。
二人。
三人。
澪が最後尾にいる。
「雨宮!」
蒼真が叫ぶ。
澪は振り向いていた。
遠く。
何かを見ている。
一台のロボット。
砲身がこちらを向いている。
「澪!」
今度は航平。
ようやく澪が動いた。
水路へ飛び込む。
直後。
銃声。
コンクリートが砕ける。
全員が伏せる。
しかし。
二発目が来ない。
三発目も。
ロボットは水路の縁まで来る。
止まる。
上半身が動く。
こちらは丸見えに近い。
撃とうと思えば。
撃てる。
誰も動けない。
長い数秒。
機体は。
撃たなかった。
やがて。
ゆっくりと後退した。
もう一台も同じ。
九人は、誰も声を出さなかった。
ただ遠ざかる機械音だけを聞いた。
最初に口を開いたのは黒瀬だった。
それまでほとんど話さなかった男。
「……おかしい」
蒼真も同じことを考えていた。
「何が?」
航平が聞く。
黒瀬は、水路の外を見ている。
「殺す気なら」
少し間を置く。
「今ので全員殺せた」
誰も反論しなかった。
蒼真は遠ざかるロボットを見た。
背中のような装甲。
キャタピラー。
不格好な機械。
あれは人間を殺す。
実際に人が死んだ。
それなのに。
殺せるときには、殺さない。
――何なんだ。
そこで初めて。
蒼真の中に、
恐怖とは少し違うものが生まれた。
誰かに。
見られている。
そんな感覚だった。
そして。
見られているだけではない。
何かを試されている。
まだ。
その意味までは分からなかった。




