第3話 用意されたもの
林を抜けると、小さな建物があった。
建物というより、小屋だった。
古びた木造。
屋根には茶色い錆。
窓は一枚割れている。
「罠じゃないよな」
航平が言った。
「分からない」
蒼真は答えた。
この状況では、何を見てもそうとしか言えない。
三人はしばらく離れた場所から様子を見た。
機械音は聞こえない。
人影もない。
澪が言った。
「水だけでも探しませんか」
喉が焼けるように乾いていた。
三人とも同じだったのだろう。
結局、小屋へ近づいた。
扉には鍵がかかっていなかった。
航平が棒切れを拾い、先頭に立つ。
「俺が開ける」
さっき吐いていた男とは思えなかった。
強いのか。
強がっているのか。
たぶん後者だった。
ギイ、と古い音。
中は薄暗かった。
木製の机。
棚。
折りたたみ椅子。
特別なものはない。
「誰もいない」
航平が入る。
蒼真も続いた。
そして。
三人とも。
ほぼ同時に気づいた。
棚の上。
ペットボトルの水。
未開封。
六本。
その隣。
栄養補助食品。
缶詰。
乾電池。
懐中電灯。
救急箱。
「……何だこれ」
航平が呟いた。
偶然とは思えなかった。
澪が救急箱を開ける。
包帯。
消毒液。
止血材。
鎮痛剤。
必要なものが揃いすぎている。
蒼真は机の横に立てかけられた物を見る。
バール。
新品ではない。
少し錆びている。
だが十分使える。
そのほかにも、
ロープ。
工具箱。
古い双眼鏡。
発煙筒。
「山小屋なら普通?」
航平が言った。
自分で言って、自分で首を傾げた。
「発煙筒まで?」
澪。
誰も答えなかった。
水を一本ずつ取った。
蒼真は蓋を開け、匂いを確認した。
普通の水。
それでも一気には飲めなかった。
毒が入っているかもしれない。
そんな考えが、一度頭に入ると消えない。
航平は気にせず半分ほど飲んだ。
「うま……」
それを見てから、蒼真も口をつけた。
冷たくはなかった。
でも、生き返るようだった。
澪は少しずつ飲んでいる。
「これ」
彼女が言った。
机の下から、小さな布袋を出した。
中には金属製のナイフ。
刃渡り十センチほど。
アウトドア用品に見える。
航平が手に取る。
「武器まであるじゃん」
「置いて」
澪の声が少し強くなった。
航平が見る。
「何」
「危ないから」
「危ないのは外にいるだろ」
航平はナイフを持ったまま言った。
「俺、丸腰であれに追われたくない」
その言い分は正しい。
だから余計に何も言えなかった。
蒼真は小屋の中を見回した。
水。
食料。
救急用品。
工具。
武器。
あまりにも。
ちょうどいい。
「……用意されてる」
自分でも気づかないうちに口にしていた。
澪がこちらを見る。
「私も、そう思います」
航平の顔から少し色が消えた。
「誰かが?」
「たぶん」
「俺らのために?」
澪は答えなかった。
代わりに救急箱の中身を一つ一つ確認している。
手つきが妙に慣れていた。
「医者?」
蒼真が聞いた。
澪の手が一瞬止まった。
「違います」
「でも慣れてる」
「前に、医療関係の施設で働いてたことがあるだけです」
それ以上は言わなかった。
蒼真も聞かなかった。
今は他人の職歴より重要なことがある。
窓から外を見る。
静かだった。
静かすぎる。
航平が床に座り込む。
「これ、あれじゃね?」
「何」
「デスゲーム」
冗談めかして言った。
誰も笑わない。
「よくあるじゃん。集められて、最後の一人になったら出られるとか」
「やめてください」
澪が言う。
「いや、でも可能性あるだろ」
「じゃあ、あのロボットは何なんだ」
蒼真が聞いた。
「知らねえよ」
「参加者同士で殺し合わせたいなら、あれはいらない」
航平が黙った。
そう言ってから蒼真自身も気づく。
確かにそうだった。
あれは何だ。
なぜ人間を追う。
なぜわざわざ、逃げられる速度で。
「この場所から出る方法を探しましょう」
澪が静かに言った。
「ゲームか実験か分からないですけど」
実験。
その言葉に、蒼真は少し引っかかった。
しかし。
外で音がした。
三人とも固まる。
草を踏む音。
人間の足音。
一人ではない。
航平がナイフを握る。
蒼真はバールを取った。
澪は止めなかった。
足音が近づく。
そして。
「中に誰かいるか?」
男の声。
低い。
蒼真は答えなかった。
もう一度。
「こっちも同じだ」
同じ。
その言葉だけで、意味が伝わった。
扉の向こうから男が続ける。
「白い腕輪を付けられてる」
航平が蒼真を見る。
澪を見る。
蒼真はバールを下ろさないまま、
扉へ近づいた。
「何人いる」
「三人」
男が答えた。
そのあと。
少し間があって。
「今はな」
その言葉の意味を。
蒼真は聞けなかった。




