第5話 :過去への回帰と、重なる鼓動
『詩織さん。僕の描く結末を、見に来てくれませんか』
スマートフォンに届いた一通のメッセージと、そこに添付された一枚のイラスト。
画面の中で倒れている自分の姿と、それを見下ろす冷たい瀬名壱月の顔を目にした瞬間、詩織は全身の血液が急速に凍りついていくような恐怖に襲われた。
(どうして……私の連絡先を……!?)
ガタガタと震える手でスマートフォンをベッドの上に放り投げる。
その時だった。
トントン、と部屋の窓ガラスが軽く叩かれたような不気味な音が響いた。
ここはマンションの4階だ。外に誰かが立っているはずがない。
息をのんで窓際に目をやると、窓ガラス越しに映っていたのは、いつもの夜の街並みではなく──うっすらと紫に染まる黄昏の空と、見たこともない広大な石造りの城塞だった。
「っ……!?」
悲鳴を上げようとした瞬間、部屋のドアが激しく叩かれ、勢いよく開いた。
「詩織さん……っ!」
息を荒げて駆け込んできたのは、涼だった。
上着も羽織らず、乱れた前髪のまま、金色の瞳を激しく揺らして詩織のもとへと駆け寄ってくる。
「涼さん……!? どうして私の家が……」
「メッセージが届いたでしょう。……あいつが、この部屋の空間そのものを侵食し始めています!」
涼は躊躇なく詩織の身体を引き寄せ、強くその胸の中に抱きしめた。
薄手のシャツ越しに伝わってくる彼の激しい鼓動と、熱い体温。彼の腕の強さは、壊れそうなほどに切実で熱かった。
「大丈夫です……私がここにいます。絶対に渡さない……!」
耳元で切迫した涼の声が響く。
その瞬間、放り投げられていたスマートフォンの画面が不自然に激しく明滅し始めた。
『システムエラー:過去データの読み込みを開始します』
機械的な無機質音声がスピーカーから鳴り響き、画面からドロリとした黒い霧のような冷気が部屋中へと溢れ出し始めた。
「あっ……っう……ッ!?」
詩織の左手首の三日月型の痣が、まるで肌を直接焼き切られるような激痛を放ち始めた。
あまりの激痛に視界が真っ白に染まり、膝から崩れ落ちそうになる。
「詩織さんっ!!」
涼が身を投げ出すようにして詩織を抱き留め、痛む手首を自分の大きな掌で力いっぱい包み込んだ。
涼の金色の瞳が、苦痛と怒りで鮮血のように赤く光を帯びる。
「リシェイン……! これ以上、彼女に触れるな……ッ!!」
涼が絶叫したその瞬間──部屋の床が、まるで水面に石を落としたかのようにぐにゃりと歪んだ。
全重量がどこかへ引きずり下ろされるような、激しい浮遊感。
部屋の天井が溶けて消え、慣れ親しんだ自室の壁が崩れていく。
「ひっ……!」
(涼さん……っ!)
恐怖の中、詩織は夢中で涼の服を掴んだ。
涼もまた、詩織を片時も離すまいと、その腕に強固な力を込めて抱きすくめる。
やがて重力が戻り、二人の全身を包み込んだのは……血や焦げた匂いではなく、どこか冷たく静かな「古い石と、かすかな百合の花の香り」だった。
ふっと視界が開ける。
そこは、燃える赤と灰の空でも、崩れ落ちた廃墟でもなかった。
西日に照らされた、美しく重厚な石造りの回廊。
窓の外には、夕暮れの穏やかな光に包まれた、古い王国の街並みがどこまでも広がっていた。
「ここ……は……?」
詩織が目を見張ると、目の前にいた涼の姿が変わっていた。
重厚で美しい銀の甲冑──かつて王国最強の騎士と謳われた『リオン』の姿。
そして詩織自身も、柔らかな純白のドレスを身に纏っていた。
「……私たちの、前世の記憶の中です」
涼の低い声。
彼は自分の大きな手を見つめ、静かに息を吐いた。
「ですが、おかしい……。あいつは私たちを『最期の惨劇の夜』へ引きずり込もうとしたはずだ。なのに……ここは城も壊れていない。誰も死んでいない時間だ」
「誰も……死んでいない……?」
「ええ。ここは……私たちが命を落とす、数ヶ月前の王国です」
涼が詩織の手を力強く握りしめる。
その金色の瞳に、熱い光が宿っていた。
「詩織さん。あいつの企みで引きずり込まれたことに変わりはありませんが……これは神様がくれた『やり直すためのチャンス』かもしれません」
「チャンス……?」
「ここでリシェインの動きを止め、彼がなぜあの惨劇を起こそうとしたのか……その理由を突き止められれば、僕たちは前世の悲劇を回避し、現代で本当の未来を掴み取ることができる」
涼の手が詩織の腰に回され、その身体を力強く抱き寄せられた。
甲冑の冷たさとは対照的な、彼の熱い体温と力強い鼓動。
「……絶対に、あなたを守り抜きます。今度こそ……あなたと一緒に生きて帰る」
「涼さん……」
前世の記憶が戻りきらない恐怖と不安の中、詩織は彼の胸元にそっと手を添え、しっかりと頷いた。
時を超えて巻き戻された、ふたりの運命。
惨劇を回避するための物語が、ここから静かに動き始めるのだった──。




