第11話 :忍び寄る黄昏と、背中を託す誓い
結界が打ち破られたという知らせを受けてから、城内は異様な緊張感に包まれていた。
陽が傾き始めた午後。
刻一刻と影が伸び、王宮の回廊は昼間だというのに薄暗い静けさに支配されている。
「シオン、喉は乾いていませんか? どこか痛むところは?」
リオンは、部屋の窓やドアを固く閉ざし、詩織の少しの仕草も見逃さないように過保護な眼差しを注いでいた。
甲冑を纏った彼の体からは、詩織を何があっても守り抜くという凄まじい威圧感と熱量が漂っている。
「大丈夫ですよ、リオン。そんなに心配しなくても……」
詩織が少し微笑むと、リオンはたまらないといった様子で彼女の前にひざまずき、細い両手を自分の大きな手で包み込んだ。
「心配しないわけがないでしょう。……あいつは今夜、この城を襲うつもりだ。前世の惨劇を再現するために……」
リオンの金色の瞳に落ちる、深い影。
前世でシオンを守れなかった後悔が、いまも彼の胸を強く締め付けているのだ。
「リオン……手を見せてください」
「え……?」
詩織はひざまずくリオンの手を優しく握り返した。
彼女がそっと深く息を吐き、祈るように瞳を閉じると──手首の痣から、ぽつりと小さく、けれど太陽のように温かい黄金の光が灯った。
その光がリオンの手を包み込むと、彼の体に溜まっていた緊張と疲労が、すっと引き去っていく。
「これは……きみの力……?」
「はい。完全な聖女の力にはほど遠いかもしれません……。でも、私の心があなたを心配するたび、この温かい光が湧き出てくるんです。……前世の私には、こんなことすらできませんでした」
詩織はまっすぐにリオンの目を見つめた。
「だから……私を背中に隠すだけだなんて言わないでください。私は剣は振るえませんが、あなたの疲労を癒やし、心を支えることはできます。……リオンの背中は、私が守ります」
「シオン……」
自分の背中を託すと言ってくれた詩織の凛とした言葉。
守られるだけの存在から、自分の隣で共に運命と戦おうとする愛する人の成長に、リオンの胸は熱い愛おしさで満たされた。
「……分かりました。俺の背中は……きみに預けます」
リオンは詩織の手の甲に熱い誓いの口づけを落とした。
◇
やがて──城は完全な闇へと呑み込まれていった。
ゴォォォォ……ッ!
大聖堂の方角から、地鳴りのような重い響きとともに黒い霧が溢れ出してくる。
前世の惨劇の夜と同じ、不吉な冷気が城全体を包み込んでいく。
「来たか……」
リオンは銀の長剣を抜き放ち、詩織を自分のすぐ後ろに庇うようにして廊下へ踏み出した。
薄暗い回廊の奥から、漆黒の甲冑に身を包んだ男──リシェインがゆっくりと姿を現す。
その手には、不気味な黒い光を放つ剣が握られていた。
「待っていたよ、兄上。……そして、私のシオン」
リシェインの黒い瞳には、一切の正気はなく、ただ狂おしい執着だけが宿っていた。
「さあ……前世でやり残した決着をつけようじゃないか」
「リシェイン……! きみにシオンは渡さない。今度こそ、俺がすべてを終わらせる!」
リオンが剣を構え、詩織はリオンの背中にそっと手を添えて祈りを捧げる。
ついに、運命の惨劇の夜の戦いが幕を開けた──!




