第9話 :刻まれる死の予感と、激しい抱擁
「う……あぁぁっ……!」
リオンの部屋で、詩織はベッドの上で激しい苦悶の声を漏らし、胸を押さえて身をよじらせた。
「シオンっ!? しっかりしてください!」
リオンが正装の上着を脱ぎ捨て、弾かれたように詩織のもとへ駆け寄る。
彼は詩織の細い肩を抱き寄せ、その身を強く胸の中に抱きすくめた。
詩織の左手首──三日月型の痣から、血のように赤く黒い筋が、まるで生き物のように彼女の腕へ伸び始めている。
それは、かつて惨劇の夜にリシェインの刃によって貫かれた、「死の痕」そのものだった。
「思い……出してきたの……っ」
詩織は痛みに耐え、リオンの胸元にしがみつきながら途切れ途切れに言葉を吐き出した。
「惨劇の夜……私は、あなたを庇って……リシェインに剣で胸を刺された……。あの冷たい鉄の感触……血の匂い……!」
夢の中で何度も詩織を苛んでいた、あの恐怖のトラウマ。
第一王子であるリオンへの激しい嫉妬と、自分を置いて「光の世界」へ行ってしまったシオンへの狂おしい執着。
絶望に狂ったリシェインは、奪われるくらいならと、自らの手でシオンの胸を剣で貫いたのだ。
「あいつ……っ! あの惨劇を、またこの過去の世界で再現しようとしているのか……!?」
リオンの金色の瞳が、怒りと激痛で赤く染まる。
彼の手が、詩織の手首の痕を押し潰さんばかりの強さで包み込んだ。
「二度も……二度もシオンにそんな思いをさせてたまるか! 俺がこの手であいつを倒す……! 歴史を書き換えて見せる!」
「リオン……ダメです……! 殺し合ったら……前世と同じになってしまう……!」
「じゃあどうしろと言うんだ!? あいつはきみを殺してでも手に入れようとする狂人だぞ! シオンを守るためなら、俺は悪魔にだってなってやる……ッ!」
リオンの声が激しく震えていた。
かつて自分の目の前でシオンを刺され、冷たくなっていく彼女を抱きしめることしかできなかった男の、血を吐くような叫び。
彼は詩織を壊さんばかりの力で抱きしめ、その首筋に顔を埋めた。
「頼むから……俺を置いていかないでくれ……。きみを失うくらいなら、俺が身代わりになって刺された方がマシだ……!」
過保護で、あまりにも切実なリオンの愛。
正装を濡らす彼の温かい涙を感じ、詩織は痛む腕を伸ばして、リオンの頭を強く抱きしめ返した。
「リオン……逃げません。今度は、刺されて死んだりしない……。聖女としての力を思い出して、リシェインの執着を……あの狂気を止めてみせます。だから……私を信じて……!」
ふたりの固い誓いとともに、手首の痣が青白い聖なる光を放ち、死の影を押し返していく。
◇
一方、月光が差し込む城の地下回廊。
リシェインは、不気味な笑みを浮かべながら黒い剣の身を撫でていた。
「フフ……あはははっ!」
暗闇に響く、狂気の嘲笑。
「そうだ……思い出したよ、シオン。あの日、君の胸に剣を突き立てた時の、あの最高の感触を……」
彼の黒い瞳には、一切の正気は残っていなかった。
最初から歪み、狂っていた男。
「君は兄上のものではない。死んで、私の腕の中で永久に眠るんだ……。さあ、今夜……最高の惨劇をやり直そうじゃないか」
リシェインの影が、過去の城を侵蝕するように大きく広がっていく──。




