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第9話 月曜日

目が覚める。


カーテンの隙間から、薄い光が入っていた。

しばらく、そのまま天井を見る。


何かを思い出そうとしているわけではない。

それでも、目の奥に何かが残っているような気がした。


起き上がる。


リビングへ行くと、テーブルの上に朝の支度が並んでいた。

向かいには、妻。


少し遅れて、悠人も座る。


箸を取る。

味噌汁の湯気が、ゆっくり上がっている。


誰も話さない。


それぞれが、自分のペースで食べている。

いつもと同じ朝だった。


隣を見る。


悠人はスマートフォンを伏せたまま、黙って箸を動かしている。


向かいから、短く視線が来る。


何かを言うほどではない。

けれど、何もなかったわけでもない。


そんな目だった。


食べ終える。


「いってきます」


玄関で小さく声を出す。


少し間があって、

「いってらっしゃい」


妻の声が返ってくる。


靴を履きながら、もう一度だけリビングの方を見る。

悠人はこっちを見ていない。


それでいいと思った。


外に出る。


駅までの道は、いつもと変わらない。

人の流れも、信号の待ち時間も、コンビニの明かりも、何も変わっていない。


それなのに、前を歩く人の背中が、少しだけ目に残る。


同じ方向へ向かっている。

同じ速さで進んでいる。


けれど、誰も同じ場所にはいない。


電車に乗る。


窓に映る自分の顔を見る。

すぐには目を逸らさない。


揺れる車内で、人の肩がぶつかる。

誰かの鞄が腕に当たる。


それでも、前ほど息苦しくはなかった。


会社に着く。


フロアには、いつもの音が流れている。

電話の声。キーボードの音。誰かのため息。


席に座り、パソコンを開く。


受信トレイには、週明けのメールが並んでいた。

急ぎ、確認、再送、調整。


見慣れた言葉ばかりだった。


一つずつ開いていく。


画面の中で、数字が並んでいる。

同じ場所を、何度も行き来している。


「課長」


顔を上げる。


野本が立っていた。


「例の件、先方から返事ありました」


「ああ」


「やっぱり、条件は厳しそうです」


「分かった。確認する」


野本は軽くうなずいて戻っていく。


その背中を、少しだけ長く見ていた。


昼になる。


席でサンドイッチを食べる。

コーヒーは少し冷めていた。


周りでは、誰かが週末の話をしている。


映画。買い物。子どもの習い事。


聞こえているが、特に入ってこない。


午後も、同じだった。


電話をして、メールを返して、資料を直す。


流れの中にいる。


夕方になる。


進捗表を見る。

数字はまだ足りない。


それは変わらない。


けれど、少しだけ距離を置いて見ている自分がいた。


会社を出る。


帰りの電車に揺られる。

窓の外に、街の光が流れていく。


目を閉じる。


家に戻る。


玄関のドアを開けると、テレビの音が聞こえた。


食事を終えたあとの空気が、まだ残っている。


着替えて、リビングに入る。


妻がソファに座っている。


「ご飯、食べる?」


少し間があく。


「……大丈夫」


それだけ言って、冷蔵庫を開ける。


ビールを一本取り出す。


プルタブを開ける音が、小さく響く。


ソファに座る。


テレビでは、天気予報が流れている。


画面を見たまま、リモコンに手を伸ばす。

音量を少しだけ下げる。


妻が横目でこちらを見る。


何も言わない。


こちらも何も言わない。


ただ、テレビの音だけが少し小さくなった。


しばらく、そのまま座っていた。


外に出ようとは思わなかった。


理由は分からない。


でも、今日はそれでよかった。

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