第3話 帰る場所が、少し遠い
今日も、結局帰りは遅くなった。
午後は会議と電話で時間が過ぎていった。
山岸の資料確認にも、思った以上に時間がかかった。
いくつか話はしたはずなのに、
終わってみると、ほとんど何も残っていない。
まだやることは残っていたが、
どこかで区切りをつけるように、席を立った。
帰りの電車は、朝ほどではないにしても混んでいた。
座ることはできず、つり革につかまりながら、揺れに身を任せる。
スマートフォンの画面を開く。
指でスクロールして、また閉じた。
窓に映る自分の顔を見て、ふと目を逸らし、ため息をつく。
駅に着き、人の流れに乗って改札を抜ける。
外に出ると、少しひんやりとした空気が頬に触れた。
ただ、帰るだけだった。
玄関のドアを開けると、リビングの明かりがついていた。
ダイニングテーブルに、妻が座っている。
「おかえり」
「ただいま」
「ご飯、食べるでしょ?」
「ああ」
「温めるね」
軽くうなずき、そのまま部屋へ向かう。
スーツを脱ぎ、着替える。
ネクタイを外し、シャツのボタンを緩める。
深く息を吐く。
リビングに戻ると、テーブルにはすでに料理が並んでいた。
湯気がまだ残っている。
冷蔵庫を開け、缶ビールを一本取り出す。
プルタブを開ける音が、小さく響く。
一口飲んでから、テーブルにつく。
向かいに、妻が座る。
「今日、帰り遅かったね」
「ああ……ちょっと」
少し間があって、言葉が続く。
「仕事、大変?」
「まあ……いつも通り」
「そっか」
「悠人も、さっきまでリビングにいたんだけど」
話は続いている。
けれど、うまく頭に入ってこない。
「……部屋?」
思いついたように、口に出していた。
「うん、部屋にいる」
「そうか」
それで会話は途切れる。
少しして、妻は席を立つ。
リモコンを手に取り、リビングのソファへ移る。
テレビがつく。
そのまま、画面に視線を向けたまま動かなくなる。
一人で食べ始める。
テレビの音が流れている。
さっきまでの会話は、もう終わっていた。
一口、また一口と口に運ぶ。
ゆっくり食べられる。
それに、少しだけほっとしている自分がいた。
ふと視線を上げると、画面を見たまま、こちらを横目で見ている。
気づいたように、すぐに視線が戻る。
何も言わず、そのまま食事を続けた。
食器を流しに運び、水を流す。
同じ場所を、しばらくこすっていた。
水を止める。
リビングへ戻る。
少し離れた場所に腰を下ろす。
時計を見る。
もう一度、見る。
立ち上がる。
カーテンに手をかけて、少しだけ開ける。
外の空気が入り込んでくる。
遠くで車の音がかすかに聞こえる。
しばらく、そのまま立っていた。




