第17話 歩きに行く時間
家に帰ると、リビングの灯りがついていた。
玄関で靴を脱ぐと、奥からテレビの音が聞こえてくる。
誰かの笑い声に混ざって、悠人の声も少し聞こえた。
「おかえり」
キッチンから妻の声がする。
「ああ」
上着を掛けながら返す。
リビングへ入ると、悠人がソファに寝転がったままテレビを見ていた。
テーブルの上には、開いたノートとシャーペンが置かれている。
「やってたのか」
「一応」
そう言いながら、視線はテレビから動かない。
妻がキッチンから顔を出す。
「もうちょっとでご飯できる」
「了解」
ソファの端へ座る。
テレビでは、芸人が大げさに転んでいた。
悠人が少し笑う。
つられるように、口元が少し緩む。
ネクタイを緩めながら、ぼんやりテレビを見る。
少しして、テーブルに皿が並ぶ。
「いただきます」
三人の声が重なる。
今日は、悠人がよく喋った。
体育の話。
修学旅行で買ったキーホルダーを、誰がすぐ失くしたか。
クラスのやつが、京都駅で違うバスに乗りそうになったこと。
話の半分くらいは、よく分からない。
それでも、聞いていた。
妻が時々笑って、悠人がそれにつられる。
気づけば、自分も少し笑っていた。
食事が終わる。
悠人は、「あとでやるから」と言いながら、またソファへ戻る。
「絶対やらないやつだな」
「やるって」
口ではそう言いながら、もうテレビを見ている。
向かいから、小さく笑う声がする。
「あなたに似たんじゃない?」
「俺はやってた」
「どうだか」
妻が皿を下げながら言う。
そのやり取りを聞きながら、コップの水を飲く。
洗い物の音が流れている。
テレビの音が重なる。
悠人は、シャーペンを指でくるくる回していた。
時計を見る。
いつもなら、そろそろ外へ出る時間だった。
立ち上がって、窓の外を見る。
夜の道路に、車のライトが流れている。
テレビでは、野球中継のダイジェストが流れていた。
後ろで、悠人が急に声を出す。
「あっ」
「どうした」
「今の、俺だったら取れてた」
「無理だろ」
「いや、いけたって」
そんなやり取りが続く。
気づけば、さっきまで窓の外を見ていたことも忘れていた。
そのままソファへ戻ると、妻がキッチンからマグカップを持ってくる。
「コーヒー飲む?」
「ああ」
湯気の立つマグカップを受け取る。
悠人は、結局まだ宿題をやっていない。
テレビの音。
時々聞こえる笑い声。
洗い終わった皿を重ねる音。
時計を見る。
もう、歩きに行く時間は過ぎていた。
それでも、今日はそれでよかった。




