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第16話 会社の外

昼休みになる少し前から、フロアの空気が少しだけ緩み始めていた。


電話の声はまだ残っている。

キーボードを叩く音も、途切れずに続いている。


それでも、午前中の張りつめた感じは少し薄くなっていた。


画面を閉じる。


席を立つと、近くで椅子を引く音がした。

振り返ると、野本も立ち上がっていた。


目が合う。


軽く会釈される。


そのまま、エレベーターへ向かう。


並んで歩いているのに、特に話すことはない。

それでも、前ほど気まずいわけでもなかった。


エレベーターの前で止まる。


少し遅れて、扉が開く。

二人で乗り込む。


数字がゆっくり下りていく。


「昼、外ですか」


野本が前を向いたまま言う。


「ああ」


「珍しいですね」


「そうか?」


「だいたい席で食べてるんで」


そう言われて、少し考える。


たしかに、最近はそうだった気がする。


一階に着く。


外へ出ると、昼の空気は思ったより暖かかった。

そのまま並んで、近くのコンビニへ向かう。


店内に入ると、弁当の棚の前で足が止まる。


何を選ぶでもなく見ていると、隣で野本がペットボトルを取った。


「課長、コーヒー毎日飲みますよね」


「ああ」


「眠れなくならないんですか」


棚を見たまま、少しだけ間が空く。


「なるな」


そう答えると、野本が少し笑った。


「じゃあ、やめた方がいいじゃないですか」


「そうなんだけどな」


自分でも少し笑う。


弁当とコーヒーを取って、レジへ向かう。

会計を済ませて外へ出ると、ビルの影に入ったところだけ少し涼しかった。


近くのベンチに座る。


野本も、少し間を空けて隣に座った。


包装を開ける音がする。

車の音が、少し遠くで流れている。


しばらく、黙って食べる。


会話は続かない。


それでも、前ほど気にならなかった。


食べ終えて、コンビニの袋を小さく畳む。


戻るか、と言いかけて、言わないまま立ち上がる。

野本も、それに合わせて立った。


会社へ戻る道で、信号に引っかかる。


横断歩道の向こうに、昼休みの人の流れが続いている。


野本がペットボトルを片手に持ったまま、ぼんやり前を見ている。


「実家なんだったな」


口に出してから、少し唐突だったかと思う。


野本が横を向く。


「ああ、はい」


「一人暮らし、しないのか」


「考えたことはありますけど」


少し間が空く。


「面倒で」


「分かるな」


そう返すと、野本が少しだけ笑った。


信号が変わる。


人の流れに混ざって歩き出す。


会社に戻ると、午後の空気に戻っていた。

電話の声。

誰かが席へ急ぐ足音。

プリンターの動く音。


席に座る。


メールを返す。

資料を開く。

数字を見る。


やることは、いつもと変わらない。


それでも、少しだけ違う場所から仕事を見ているような気がした。


夕方になる。


野本が席へ来る。


「課長」


顔を上げる。


「例の件、先方から追加で確認来てます」


「ああ」


画面を見せられる。


条件。

納期。

見積の細かい数字。


いつもなら、そのまま処理していたと思う。


「これ、どう思う」


そう聞くと、野本が少し止まる。


「自分ですか」


「ああ」


野本は画面を見る。


少し考えてから、口を開く。


「納期は、このままだときついです」


「そうだな」


「でも、ここだけ先に返せば、たぶん向こうも待てます」


「分かった」


短く答える。


「その形で返そう」


野本がうなずく。


「分かりました」


それだけ言って、野本は自席へ戻っていく。


その背中を、少しだけ見ている。


画面へ戻る。

メールの文章を打つ。


言葉は、いつもと同じように並んでいく。


それでも、少しだけ違う気がした。


会社を出る。


改札を抜ける。

電車へ乗る。


窓に映る顔を見る。


最初と、同じ顔だった。


それでも、少しだけ違って見えた。

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