第15話 いつもの夜
会社を出る。
改札を抜ける。
電車へ乗る。
窓に映る顔を見る。
いつもと変わらない。
それでも、少しだけ足取りが軽い気がした。
家に帰る。
リビングの灯りがついている。
玄関で靴を脱ぐ。
テレビの音が聞こえる。
「おかえり」
奥から声が飛ぶ。
「ああ」
上着を掛ける。
リビングへ入る。
悠人がテーブルに広げたノートを見ながら、何か書いている。
妻はキッチンに立っている。
鍋の湯気が上がっている。
「まだやってたのか」
ノートを見ながら言う。
悠人が顔を上げる。
「漢字」
「多いな」
「マジで」
短く笑う。
そのまま椅子へ座る。
テレビでは、バラエティ番組が流れている。
誰かの笑い声。
料理が並ぶ。
「いただきます」
声が重なる。
しばらく、箸の音だけが続く。
「自由行動、結構歩いたのか?」
ふと思い出したように聞く。
悠人が、嫌そうな顔をする。
「歩いた」
味噌汁を飲んでから続ける。
「次の日やばそうだな」
「足だるかった」
向かいから、小さく笑う声がする。
「もう歳じゃん」
妻がそう言う。
「お前じゃないんだから」
そう返すと、悠人が少し笑う。
「いや、おとうさんも言ってたじゃん」
「……言ったか?」
「言ってた」
すぐ返ってくる。
向かいから、また笑う声がする。
それにつられて、少しだけ口元が緩む。
気づけば、会話が続いている。
途中で止まらない。
向かいから視線を感じる。
妻が何も言わず、こっちを見ている。
「何?」
「別に」
小さく笑って、また箸を動かす。
それだけだった。
食事が終わる。
ふと、平日の夜に三人で夕飯を食べたのが、久しぶりだった気がした。
悠人は、またノートを開く。
テレビの音が流れている。
「そこ違う」
ふと口に出る。
悠人が顔をしかめる。
「分かってるって」
「ほんとか?」
「ほんと」
少し間があく。
「……たぶん」
向かいから吹き出す声がする。
つられて、少し笑う。
窓の外は、もう暗い。
時計を見る。
いつもなら、そろそろ外へ出る時間だった。
立ち上がる。
キッチンへコップを持っていく。
戻る。
ソファへ座る。
悠人はまだノートを見ている。
テレビでは、知らない芸人が騒いでいる。
「これ終わったらゲームしていい?」
「終わるならな」
「マジ?」
顔を上げる。
「ああ」
短く返す。
そのまま、またテレビを見る。
時計を見る。
もう、歩きに行く時間は過ぎていた。
それだけだった。




