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第13話 いない夜

朝、まだ外が少し暗い。


玄関の音で目が覚める。


洗面所の灯り。

廊下を行ったり来たりする足音。


布団の中で、しばらくそれを聞いている。


「忘れ物ない?」


向こうから声がする。


「たぶん」


眠そうな声が返る。


少しして、リビングへ行く。


テーブルの上に、大きめのバッグが置かれている。

横には、開いたしおり。


悠人がパンをくわえたまま座っている。


まだ眠そうなのに、落ち着かない感じがある。


「財布持った?」


「持った」


「充電器は?」


「入れたって」


そんなやり取りが続いている。


少し離れたところで、コーヒーを飲む。


窓の外は、まだ薄暗い。


「いってきます」


いつもより少し大きい声。


「ああ」


短く返す。


玄関が閉まる。


少しして、静かになる。


テーブルの上に、飲みかけの牛乳だけが残っていた。


会社へ向かう。


電車に乗る。

窓に映る顔を見る。


会社に着く。


メールを返す。

電話を取る。


いつもと同じだった。


それでも、何となく時計を見る回数が増えている。


夕方前、パソコンを閉じる。


立ち上がると、近くの席から声が飛ぶ。


「今日早いですね」


「ああ」


それだけ返す。


「珍しい」


誰かが小さく笑う。


軽く手を上げて、そのままフロアを出る。


駅前で待ち合わせる。


妻は、先に来ていた。


「早かったね」


「そっちこそ」


それだけだった。


並んで歩く。


駅から少し離れた店へ入る。


明るすぎない店内。

奥の席へ通される。


向かい合って座る。


最初は、少し間が空く。


メニューを開く。


「何飲む?」


「とりあえずビール」


「あ、同じ」


店員を呼ぶ。


周りの話し声が重なっている。


料理を頼む。


グラスが運ばれてくる。


軽く合わせる。


小さく音が鳴る。


少し飲む。


しばらく、言葉は続かない。


「……前、ここ来たことあったっけ」


ふと口に出る。


向かいが少し止まる。


「……あったね」


小さく笑う。


「まだ悠人いない時」


「ああ」


それだけだった。


料理が運ばれてくる。


取り分ける。


湯気が上がる。


「お土産、何買ってくるんだろうね」


「木刀じゃない?」


「今どき?」


少し笑う。


そのあと、また悠人の話になる。


班のこと。

自由行動。


来年は中学だという話。


向かいがグラスを持つ。


「最近、友達といる時間増えたね」


「ああ」


短く返す。


少し間があく。


「前は、休みの日ずっと家にいたのに」


「そんな時期もあったな」


それだけだった。


店を出る。


夜風が少し冷たい。


並んで歩く。


横断歩道の前で、人が止まる。


隣の袖が、わずかに動く。


何かを掴みかけて、止まる。


信号が変わる。


そのまま歩き出す。


気づかないまま、前を見る。


家へ戻る。


リビングに灯りをつける。


誰もいない。


テーブルの上も、片付いたままになっている。


荷物のない椅子を見る。


妻は先に風呂へ入ると言って、奥へ行く。


そのあと、一人でソファに座る。


テレビをつける。


音だけが流れている。


スマートフォンを見る。


修学旅行の写真は、まだ来ていない。


しばらく、そのまま座っている。


風呂場の音が、遠くで聞こえる。


時計を見る。


まだ日付は変わっていなかった。


寝室へ入る。


隣で、布団の音がする。


同じ時間にベッドへ入るのは、久しぶりな気がした。


天井を見る。


隣はまだ、起きている気配がする。


それだけだった。

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