第12話 そんな時期
家に帰ると、奥から声が聞こえた。
「だから、班で決めるんだって」
「でもさ、それ絶対時間なくなるじゃん」
「知らないよ、みんなそう言ってたし」
靴を脱ぐ。
リビングの灯りが、廊下まで伸びている。
ダイニングへ入ると、テーブルの上に紙が広がっていた。
開いたしおり。筆箱。大きめのバッグ。
悠人が椅子に座っている。
向かいには、妻。
二人の間で、ぽつぽつ会話が続いている。
「ご飯、温める?」
「ああ」
上着を椅子に掛ける。
電子レンジの音が小さく鳴る。
その間も、二人の声が続いている。
「これ、どこ集合?」
「京都駅」
「広くない?」
「知らないって」
少し笑う声が混じる。
皿が置かれる。
湯気がゆっくり上がっている。
箸を取る。
テレビの音。
紙をめくる音。
その間に、二人の声が続く。
少し離れたところで、それを聞いている。
「自由行動、どこ行くんだ?」
箸を動かしたまま聞く。
二人の声が、一瞬だけ止まる。
悠人が顔を上げる。
「……まだ決まってない」
「清水寺とか?」
「たぶん」
短く返ってくる。
「人すごそうだね」
向かいから声が返る。
「最近ずっと混んでるって言ってたし」
「外国の人、多いらしいよ」
少しだけ、空気が変わる。
また、しおりをめくる音がする。
「これ、サインいる」
悠人が紙を差し出す。
顔を上げる。
小さな枠に、保護者欄と書いてある。
しばらく、そのまま見る。
ペンを取る。
名前を書く。
紙を返す。
「ありがとう」
「ああ」
それだけだった。
また、二人の会話が戻る。
「財布って三千円まで?」
「書いてあるでしょ」
「足りる?」
「足りるよ」
「お土産買ったら終わりじゃん」
向かいから、小さく笑う声が返る。
そのやり取りを、少し離れたところで見ている。
距離は、あまり変わっていない気がした。
それでも、前より少しだけ近い。
食器を持ち上げる。
味噌汁が少し冷めている。
しばらくして、悠人が立ち上がる。
しおりを抱え、そのまま部屋へ戻っていく。
足音が遠ざかる。
テーブルの上には、書きかけの紙が一枚残っていた。
ぼんやり、それを見ている。
「……早いね」
向かいから、小さく声が来る。
「ああ」
少し間があく。
「来年、中学だもんね」
湯呑みに手を伸ばす。
「あっという間だな」
それだけだった。




