第11話 少しだけ
会社に着くと、そのまま席に座る。
パソコンを開くと、昨日の続きが画面に並んでいる。
メールを一つ開く。返答の履歴が続いている。
スクロールして、止まる。そのまま閉じる。
しばらくして、野本が席に来る。
「課長」
顔を上げる。
「通りました」
「条件、そのままです」
「ああ」
それだけ答える。
野本は小さくうなずいて、自席へ戻る。
その背中を、少しだけ見ている。
立ち上がり、上司の席へ向かう。
「例の件、通りました」
「ああ」
短く返ってくる。
「条件は、そのままです」
わずかに間があく。
「……そうか」
それだけだった。
軽くうなずいて、席に戻る。
椅子に座り、画面を見る。数字は、まだ変わっていない。
昼になる。席で食べる。
周りの声が重なる。誰かが笑う。
午後も同じだった。
電話をして、メールを返して、資料を直す。流れの中にいる。
夕方になる。
周りの席が、少しずつ空いていく。
キーボードの音も減っていく。
気づけば、フロアにはほとんど人が残っていない。
自分の課の並びも、二人だけになっていた。
野本が画面を見たまま、手を止める。
少し間があく。
「……行くか」
小さく言う。
野本が顔を上げる。
一瞬、止まる。
「……いいんですか」
「ああ」
短く返す。
わずかに間があく。
「……珍しいですね」
それで終わる。
席を立つ。
喫煙所へ向かう。
ドアを開けると、煙の匂いが流れてくる。
壁際に立つ。ポケットからスマートフォンを取り出す。
「……もしもし」
「ああ、少し遅くなる」
「うん」
それだけ返ってくる。
通話を切る。画面を閉じる。
そのまま、しばらく立っている。
会社を出る。
並んで歩く。特に何も話さないまま、駅前の通りを抜ける。
店に入る。暖簾の奥から、油の匂いと話し声が流れてくる。
奥の席に通される。
椅子に腰を下ろすと、隣のテーブルの笑い声が一瞬だけ大きくなる。
すぐに、元のざわつきに戻る。
メニューを開く。少しだけ間があく。
「……いつぶりですかね」
「ああ」
それだけ答える。
注文をする。
グラスが運ばれてくる。冷えた水滴が、指に触れる。
軽く持ち上げる。小さくぶつける。
短い音が、テーブルの上で消える。
一口飲む。
しばらく、言葉は続かない。
周りの会話が、断片的に耳に入る。
仕事の話、笑い声、グラスの音。
その中で、ぽつぽつと話す。
今日の案件。数字の話。
それ以上は広がらない。
それでも、前よりは言葉がある。
時間だけが、ゆっくり過ぎていく。
店を出る。
外の空気が、少し冷たい。
並んで歩く。
少しして、足が止まる。
「じゃあ」
野本が言う。
「ああ」
短く返す。
それだけだった。
背中が離れていく。
少しだけ、そのまま見ている。




