Ep.42 「まだ終われない」
ザク、ザク、ザク。
夏の日差しに肌を貫かれながら、私とネグレは砂浜の上を歩き続ける。潮風の腐臭が鼻をくすぐった。
「もう半年か。あいつら元気かな」
「もしかしたら、どこかでぽっくり……」
「やめろよな、縁起でもない」
2079年の夏は、例年よりも少し涼しかった。前史人類のもたらした地球温暖化というやつが、少しずつ解消されていったようだ。
「そんで、次はどこに行く? もうトーキョーもチバ地区も、このあたりはほとんど探したぜ?」
「人工知能のボディが保管されてそうな場所……どこだろう」
「私だったら、工場か軍用基地の近くに建てるな」
「じゃあ、カナガワにでも行ってみようか」
「お、久しぶりだな」
この半年で、絡まってしまったネグレとの関係は随分解けたように思える。
殴ろうと思っても、刺そうと思っても、私の右手を制止するのは、いつだって私自身だった。
私はネグレのためではなく、私とローゼのために復讐を辞めた。
「ローゼ、もうすぐだよ」
腹を貫かれたままのローゼの体は、腐ることも崩れることもなかった。ただ、日を追うごとに恋人が金属になってしまうのが嫌で嫌で……私は歩き続ける。
────
カナガワに行き、フクイに行き。早いものでもう10月になってしまった。
「ここがフクオカ地区?」
「厳密にはハカタって言うらしいぜ。フクオカ地区の規模縮小に伴いハカタをフクオカと呼称……だとよ」
ネグレは塗装の剥げた看板を指しながらそう言う。
歩き続けた私たちは秋になる頃には本州を飛び出し、フクオカ地区にまで辿り着くことができた。
「にしてもあのトンネル、海水でびちゃびちゃだったな。1年もすれば沈んじまうじゃないか?」
「ま、フクオカにいるのは半年くらいだし。心配要らないでしょ」
日本海からの冷たい季節風がハカタには吹きすさぶ。まるで空が怪我をしたかのように、紅葉が真っ赤に染まっていた。
「そんで、どうする? どこに行くよ」
「フクオカは工業が盛んだったらしいし……北は海だから、とりあえず南下かな」
この街には、中央に大きな運河が流れていた。鱗のように陽光を反射させ、私を釘付けにしている。が、橋が崩れていて泳いで渡るほかない。
「ごめんねローゼ。少し傷口に滲みるよ」
私はローゼを背負って、河を歩いていく。
ザブ、ザブ。
作業服と靴下に、冷たい感触が侵入してくる。気持ち悪くてしょうがない。
「ん?」
途中、何か軽くて硬いものを踏んでしまった。
「……お前、後でちゃんと謝っとけよ」
渡りきってから水面を見下ろすと、そこに幾つもの白骨死体があるのに気がついた。私は戦火から逃げようとした先人たちを踏みにじってしまったのだ。
「ネグレは、ローゼに謝ったの?」
何気なく零れてしまったこの一言は、沈黙を生むには充分だった。
ネグレは何も言わずに、向こうへと歩いていった。
「ごめん。でも私たち、ちゃんと苦しんで生きるから」
流されていく骨々が、カタカタと私たちを笑っている。
河を渡ってから5時間ほど南へ歩いた。
ここはどうやらダザイフと言うらしい。なにやら他の地域とは違う……異国情緒、とでもいうのだろうか。建築様式や用いられる色が奇妙だった。
「おい見ろよ澄嶺! ……なんだか、変な形のビルがあるぜ」
「いやビルじゃない……でしょ。少なくとも、この中に人は入れない」
「じゃあ何のためにこんなもの作ったんだ?」
「さあ? 前史人類に聞いてきてよ」
ダザイフの坂を登った先に、石でできた「⛩」があった。これをなんと呼べばいいのか、私にもネグレにも、恐らくローゼでもわからないだろう。
「こういうときにジェットがいれば、教えてくれたのかなぁ」
「ま、別れを悔いても仕方ないさ。この辺漁ってみようぜ」
今頃、彼女はグリスと合流できたのだろうか。結局のところ、グリスやジェットの過去は聞けずじまいだったな。大晦日に話してもらうとしよう。
砂利が敷き詰められた道をまっすぐに歩いていくと、なにやら大きな建物に行く手を阻まれた。
「でっけえ……」
「ねえローゼ見てよ……一緒の景色を見たいよ……」
その建物は紅く塗られていて、苔が生えていて、腐っていた。つまるところ木造だ。
コンクリートでもなんでもないそれは、31年の時を経ても尚ここに鎮座していた。
「なんだろうな、この感じ」
私たちが感じていた異質さは、ここらだけ空気が冷たいのによっていた。いや、澄んでいると言ったほうが適切か。単に秋が深まっただけではない、自然と心が落ち着くような重力がここにはある。
「……祈ってるのかな」
中央に据えられた木箱の前に、何人かの人が手を合わせて死んでいた。
祈るくらいならならば、抵抗したほうがよかったのに。
「澄嶺、見ろよこれ。キラキラしてて可愛いぜ」
「確かに……ローゼにも一個」
この紅い建物の周りをぐるっと囲むように、小さな建物が塀状に作られていた。私たちはその窓に置かれた『お守り』とやらを3つ手に取り、それぞれの衣服に取り付けた。
こんなものを取り付けたところでローゼは復活しないのだが、なぜかしたかったのだ。
「これは……安産、か」
手に握ったお守りを一瞥する。
私とローゼとの間に、子どもは出来ない。
私の恋人は人工知能なのだから。
なにかの間違いで私たちに子が産まれたら、どんなに楽しいのだろう。
ああ、やはり私は焦っているんだ。
早くローゼのボディを見つけなくては。
結局、ここは空気感がいいだけで人工知能のボディの手掛かりはどこにもなかった。
チリンチリン、チリリン。私のお守りに付けられた鈴が激しく空気を叩いている。
「……待ってて、ローゼ」
ポケットのなかのチップを、私は優しく握りしめた。




