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Ep.41 「背中合わせの未来へ」

 私たちはどうやら、この地下室に閉じ込められてしまったらしい。うんともすんとも言わない金属の扉は、やはり通してくれなさそうだ。


「なあ澄嶺、私──」

「一旦黙ってて! とりあえず、閉じ込められた原因を把握しないと」


 蜘蛛の巣や埃が幅を利かせるこの地下室では、生き残っている電動製品が多くあった。音声ログ、パスコード入力パネル、そしてあの扉。


 さしずめ、敵を情報で誘き寄せて閉じ込めるプログラムでも組まれていたのだろう。


「どうすればいいの……?」


 ローゼに問いかけても返事はない。

 原因が分かったところで、改善策がなければなんの意味もないのだ。


「3人とも、大丈夫かな」


 暇そうに天井を見るネグレはそんなことを言う。あの時別れてから変わりないようで、ほんの少しの安堵を覚えた。

 ローゼを殺された恨みは今も燃え続けている。

 同時に輝くのは、ネグレとの旅路だった。


「澄嶺! ネグレ! そこにいるの?」


 不意に、扉を叩く音が聞こえた。この声は京夏のものだ。


「うん。でも扉が開かなくって」

「やっぱりか……フィーナ、また殴って穴開けられない?」

「申し訳ありません、力不足でございます……」


 また?

 一度でもフィーナが壁に穴を開けたというのだろうか。


「京夏、そこに板があるでしょ! パスコードは『1M45AKI』だから」

「君はタッチパネルのことを言っているのだろうが、そんなものは見当たらないよ……どうやってそこに入ったんだい?」


 嘘だろ……?

 まさか、扉が閉じた衝撃で壊れたとでもいうのか。なんてオンボロで使えない野郎だろう。

 

「となると、やっぱり扉を壊すしかないわけだな」

「壊す手段があるっていうの?」


 ネグレは両手を打ち合わせながら伸びをして言った。


「あるから、こう言ってんだろ」

「なら最初からやってよ!」

「いや、澄嶺が嫌そうだったから……」


 私は返す言葉も見つからないまま彼女を見つめる。


「とりあえず、ローゼと一緒に向こう行っててくれ」


 私たちを厄介払いしたのち、彼女はポケットから金属でできた丸いなにかを扉へ投げつけた。


「今のは?」

「人工知能どもを殺すための、グレネ──」


 ネグレがそういうのを、爆発音は許さなかった。


 瞬きをする。

 視界は揺らぐものの音が聞こえない。どうやら鼓膜をやられたらしい。


「っ……」


 痛む体を無理やり起こした。

 棘が刺さったような感覚を全身に覚える。出血はない……が、金属片が所々に突き刺さっていた。

 

「──! れ! 澄嶺!」

「……扉は?」


 爆発音の期待に反して扉は傷一つ付いていなかった。そりゃそうか、それで破れるのなら先人たちもそうしただろう。


 だがしかし、扉以外はどうだろう。

 コンクリートの壁はもはや崩れ落ち、露出した土と、下ってきた階段が同時に視界に映っている。ここにはただ、直立する金属があるだけだった。


 重い扉を開ける必要など、はなからなかったようだ。


「ローゼ、驚いたね?」

『ええ、こん──大─音は初め──す』

「本当、びっくりした」


 ローゼは相変わらず目を閉じたまま。聴覚に集中しているようだ。


「なあ澄嶺、私、役に立てたよな……! ローゼを殺した責任、少しずつ果たせてるよな!?」


 ネグレが何をしているのかわからなかった。なぜ突破口を作り上げた程度で浮かれているのか、わからなかった。別に私は、ここでローゼと同じ道を辿る覚悟だってあったのに。


「……役に立ったところで、ローゼは戻らない。あなたは最低なままだよ」


 そう言ったのは、私への楔でもある。


「3人とも、生きていそうだね」


 扉の向こうには、ジェットたち3人がいた。

 やってきた彼女らとともに地上へと上がっていく。


「もう日が暮れております。今日はここで夜を越すことにいたしましょう」

「そう、だね……」

 

 ローゼが死んで、ローゼの体を弄くって、ローゼの記憶を抜いた。こんなにも今日は残酷だったのに、月は無慈悲に私を照らす。

 

 円治といた頃、ローゼと一緒に星を見上げたことがあったか。あの日よりも随分寒くなったな。


 ねえローゼ! 今日は星が綺麗だよ。

 

「あ……」


 フジサワの屋根の端から、1つの流れ星が地平線へと落ちていった。願いを込めることはしない。祈るくらいなら、藻掻いてみせよう。


────


「ふむふむ……記憶の移植か」

「そんなことができるの?」

「できます。私の後輩たちはそのようにして製造されましたので」


 朝、今崎の語っていたことを3人に告げた。みなそれぞれ違った面持ちだったが、否定的な者はいなかった。


「じゃあ悪いけど、私はここで別行動かもね」


 しかし、京夏はそう言った。


「そりゃ、ローゼが生き返るのは嬉しいけどさ。それは澄嶺に任せる。私はアテナを殺しに行かなきゃ。結局フジサワにもいなかったし」

「な、なんで? 一緒に行こうよ──」

「まだ、千冬のための復讐は終わってない」


 そうか。京夏にとっての千冬が、私にとってのローゼだもんな。

 これ以上、引き止めることはできなかった。


「そういうわけだから、私とフィーナは離脱するよ。1年後くらいに、お互い生きてたらこの辺で会おうよ」


「……分かった。じゃあ毎年大晦日は、みんなでトーキョー集合だね」

「そうかい、もう年明けか。早いねぇ」


 ジェットは顎を撫でながら昔を思い出しているようだ。明日も同じように日が昇るのに、人はそれを特別視する。


「ネグレは?」

「……私は、私の責任を果たしたい。お前さえ良ければ、連れていってほしい」

「……」


 返答に困った。

 私はネグレをどう思っているのだろう。

 ローゼを殺した極悪人か、それとも共に旅をしてきた仲間か。はたまたそのどちらでもないのか。

 結論から逃げるように、私は幼女へと話を振る。


「ジェットはどうするの」

「グリスが東京に戻ってくるようだからね、酒場を掃除しなくてはいけないんだ。それからはまあ……自由に過ごさせてもらう」

「いろいろとありがとうね。他人の私を、いろんなところまで案内してくれた」

「構わないさ。私がされたことをしているだけだから」


 鳥の鳴き声が聞こえる。皆がお互いの動きを待つ中、フィーナがそっと近づいてきた。


「申し訳ありませんでした、ローゼ……あなたに手を引いてもらったのに、あなたをお守りできず……」


 この旅のメンバーで唯一の死者、ローゼ。

 彼女を見る皆の目線は揺らいでいたり、曇っていたりしていた。


「……謝らないで、フィーナ。絶対にローゼを蘇らせてみせる」


 私たちは背中を合わせて立った。


「京夏、フィーナ、ジェット。付き合いの長さはそれぞれだけど、みんなと出会えてよかった」

「私こそ、ありがとう」

「寂しくなりますね……」

「今生の別れでもないんだ。気長に待とうじゃないか」


 ジェットは西へ、京夏とフィーナは北へ、私とネグレとローゼは南へ進むのだ。


「それじゃあみんな、1年後!!」


 私の掛け声の一拍後、5つの足音が同時に鳴る。そしてそれは、それぞれのリズムとなって遠ざかっていった。

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