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Ep.40 「ログとパス」

「運が悪いね」


 男の独白はその一言から始まった。

 あの時と同じように映像はない。違うことと言えば、彼の声から生気を感じないことだろうか。


「澄嶺、この男の声は誰のなんだ……?」

「今崎……人工知能に感情を搭載しようとした男だよ」

「『運が悪い』って……」

「ネグレ、ちょっと黙って」


 私たちがこんな会話をできるくらい、今崎の言葉は紡がれない。やっと放たれた2個目の台詞は予想できても避けられず、私の心臓を穿つものだった。


「僕は、人類を滅ぼしてしまう……」

 

「ちょっと待てよ、じゃあお前が村を!!」 

「違うよネグレ。今崎が言っているのは前史……2048年のことだよ」


 今崎の声は細く揺れている。

 頭を掻きむしる音も聞こえた。彼は、どんな気持ちでこれを録音していたのだろう。


「何から話せばいいのかな……頼む、誰か僕を裁いてくれ……」

「そんなことはどうでもいいから話してよ! シンギュラリティはどうして起きたの! ローゼは……本当に死んじゃったの?」


 返ってくるはずのない言葉を求めて、私は叫んでいた。私の悪い癖は、どうにもならないことをどうにかしようとして足掻くところにある。


「知っての──、僕は人工知能と感情については誰よりも深く──してた。だから『倫理を一切排除した完──工知能』を作るように言われたんだ……」

「それが、アテナ……」


 今崎の声にノイズが混じり始めた。私の集中力が高まる。

 彼は贖罪を望む割に、随分と筋道の通った話し方をしていた。嫌な違和感を覚えつつも、私は耳を傾け続ける。


「今、人工──ちは同一の記憶を──複製体を沢山製造し──る。そしてそれはもう、人─が制御で──のじゃない……」


「あ……!」


「アテ──すぐ暴──る。僕たち研究──すら把──ないほどの膨大な演算の末に、アテナは人──滅ぼすことを──」


 ここでログは終わった。


「ねえ! ふざけないでよ! 私は──」


 何のためにここまできたと思ってる!

 そんなことは言えなかった。


 人工知能の感情は誰かの模倣であると知った。

 ローゼが死んだとき、私は泣いた。

 正真正銘、ローゼのためだけに泣いた。


 ……あれ?

 私が当初トーキョーで成したかったことは、全部終わったのではないか?


「はは……馬鹿みたい」


 この場に座り込んで、両目を掌で塞ぎながら天井を仰ぎ見る。空虚だった。


 目的を果たした。

 でもここにローゼはいない。

 じゃあ何のためにここまで来たんだ、私は。

 

 全部全部、ローゼがいることを前提としていたんだ。私のなかで、ローゼのいない人生など考えられなかったんだ。


 なら、無理やりにでも前提に則しよう。


「ネグレ。あなた、償いたいんだよね」

「あ、あぁ! 私にできることなら、何でもする!! 何でも言ってくれ」


 目を見開いて、私に叫ぶネグレ。

 優越感と安心感を感じなから、私はこう宣言した。


「私はローゼを復活させる。協力して」


────


「復活って……どうやって!? だってローゼは……わ、私が殺したんだぞ……?」

「今崎の話を聞いてなかったの? 人工知能たちは同じ記憶を持った別の体がある。つまりはこういうこと」


 私は座らせたローゼを抱えて頭を撫でる。紫の長髪は今でも、私の指をよく通した。

 でももう一度、声を聞かせたいんだ。


「私は、今からローゼを複製する!」


 これしか方法はない。方法も手段も何一つ分からないが、また目的だけはある。

 これでいい。何年かかろうとも構わない。

 目的を追っていなければ、私はなにかに押しつぶされて死んでしまう。


「でもさ、澄嶺」


 バツの悪そうに、ネグレは私を見上げる。


「複製したローゼってさ、本当にローゼなのかな」

「……何を言ってるの?」

「勿論私が悪いよ……でも、複製したローゼはローゼの見た目と記憶を持った、ローゼに似た何かなんじゃねえかな……」


「だってよ、もし複製されたローゼが本当にローゼなら、苦しんで死んでいった村の連中がバカみたいじゃないか……!! 痛くても苦しくても、複製したら大丈夫じゃないだろ……!」


 ネグレの言葉は深く私を刺している。私がこの場に立ち尽くして、動けなくなってしまうほどに。


 私が求めるローゼとはなんだ?

 ローゼとの記憶か、あの声か、視線か。


「確かに、復活したローゼがローゼである保証はないよ」 


 言葉というものも、心に引っ張られて下に落ちるらしかった。喉を通過したかもわからない。腹の底から出た声だ。


「でも私はね、もう一度ローゼと暮らしたい。ただローゼがそこにいた昔を、そこにいる未来を、取り戻したいだけなんだよ」

「そのローゼが、偽物でもか?」

「何をもって本物とするかは、未来の私に任せる。私たちはとにかく、ローゼを復活させることだけ考えればいいの」

「……私も、会いたいよ……あいつらに」


 論理的な反論などできていないだろう。

 だが、たまには感情だけで行動してみてもいいだろう。それがきっと、所謂ところの恋である。


「わかった。なんでもするよ」

「当たり前でしょ、あなたのせいなんだから」

「……」


 さて、これからどうしたものか。

 私たちに提示された、朧気なプランは2つ。


 1つ目

 どこかに人工知能の記憶を保管している場所があり、そこから何らかの形で記憶を抜き取って、別の体へ移植するプラン。


 2つ目

 ローゼの体のどこかに記憶を保持する器官があり、それを別の体へ移植するプラン。


 手っ取り早いのは2つ目だろう。1つ目は保険、最悪の場合の話だ。


「ネグレ、今からローゼを脱がすから、良いって言うまで向こう向いてて」

「お、おう……」


 紺のつなぎを丁寧に脱がしていく。赤く染まった布の下側には、深く穴の開いた腹があった。


「ゔっ……! ローゼ……」


 見たくもない現実──ローゼの美しい体が傷ついていることを直視しつつ、私は肢体を撫でていく。


 人体と遜色ないこの体には、私たちとは違う人工的なラインがたくさん刻まれていた。そこを開けると、電力供給機構であったり、代謝機構であったりする。


 これでいいのか? 

 これは正しいことなのか? 

 ローゼの傷ついた体を弄くることは、私とローゼの願いに通ずるのか?


 私は一縷の願いと絶望を胸に、ローゼの頭を回し開ける。


「ごめん……ごめんね、ローゼ……ごめん……!!」


 人工知能の頭蓋の中には、小さく複雑な回路が幾つも載せられていた。何十回と見てきた死体よりもずっとグロテスクだった。


「これ……だよね……」


 ローゼの脳の中に、一際大きな黒いチップがある。


 ここに、ローゼの全てが──ローゼをローゼ足らしめていたものが全て詰まっている。思い出、記憶、自由意志。ローゼ本人と言っていい。


 もしも不可逆だったら。これが本当の意味でのローゼの死だったら。そう考えると呼吸が早まらずにはいられない。

 

 震える指でそのチップを抜き取り、丁寧に服を着せた。


 もう暫く待っててね。


「ネグレ、良いよ」

「どうだった?」

「あった……早く行こう」


 あとはローゼと同じようなボディを持った人工知能を探すだけだ。賭けはもう始まっている。


 ……また会えるかもよ、ローゼ。


 恋人を抱いていると、ドゴンと大きな音が聞こえた。すぐ近くからだ。


「な、なあ、澄嶺。これって……」


 ネグレの指さす方向には、私たちが入ってきた重厚な扉がある。そしてそれはすでに、固く閉ざされてしまっていた。


「私たち、閉じ込められちゃったね……?」


 道が示された途端に、その道が途絶えてしまう。過去によく見た光景だと思った。

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