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Ep. Final「同じになる」

──11年後。


 私は27歳になった。11年間日本を彷徨い続けたものの、結局ローゼのボディは見つからず。


 私たちはシズオカの森の中に座り込み、空を眺めていた。甲高い声で鳴く鳶が、地平線へと飛んでいく。


「ネグレ……私、故郷に帰りたい」

「ナゴヤってところか……いいぜ、行こう」


 トーキョー、チバ、フクオカ、ヨコスカ。あの辺りは、地図が書き込みで真っ黒になるほどに探索した。地下室がないか、虱潰しに探した。


 それでも、ボディは見つからなかった。

 もう、ローゼを復活させられないのではないだろうか。ならせめて、私たちの場所で最期の別れをしたい。


「い゛っ……」

「まだ、左腕は痛むのか」

「うん……でも、もうすぐ終わるから」

「……」


 私の左腕を見れば、 誰だって3つの弾痕があることに気がつくはずだ。これはヨコスカの方に赴いたとき、人工知能に襲われてできた傷である。


 綺麗に貫通してくれたのが1つと、摘出したのが2つ。11年前京夏にしたような処置を、私は自分自身に施した。肉を自分で弄る痛みは、想像遥かに超えていたのを覚えている。


「私たちが最初に会ったのもこのあたりだったね」

「確か、ローゼとはぐれてたんだっけか」

「そうそう。あの時のネグレは怖かったなぁ」


 シズオカの山は相変わらず深く、海は相変わらず街を飲み込んだままだった。以前通ったときよりも、海岸線が森に近づいている気がする。


「あ、あれって」


 向こうに、見覚えのあるトンネルがあった。長くて、暗くて、私とローゼが一緒に通った道だ。ということはもしかすると、アレがあるかもしれない。


「久しぶり……随分待たせちゃったね」

「澄嶺、これは?」

「バイクっていうの。私とローゼを、ナゴヤからシズオカまで連れてきてくれた恩人」


 このオンボロバイクの錆も磨きがかかっていた。ハンドルは捻ろうとしてもキイキイ言うだけだし、エンジンすらかからない。

 彼はずっとここで、私の帰りを待ってくれていたのだ。


「ごめんね……ごめん」


 彼が想像していたのは、私とローゼの2人の帰還だろう。だがローゼはもう、死んでいる。

 

「また置いていくことを許してほしい。これは返すね」


 私はリュックサックの奥に押し込まれていた鍵を取り出し、そっとサドルの上に置いてやった。これからは、彼が彼自身で道を走れるようにと願って。


────


 私は死に場所を探して、ついにナゴヤに戻ってきた。最後の昼ごはんをネグレと一緒に食べた後、覚悟を決めた。


「じゃあ、このあたりでいいよ。京夏とジェット、フィーナによろしくね」

「あ、あぁ……澄嶺も、ローゼと村の連中に……よろしく伝えてくれ」


 ネグレは涙を流しながら去っていった。ローゼを殺したときは泣かなかったくせに、なんて自分勝手なやつだ。


「ネグレ」


 私は、青い流れ星を呼び止める。


「私、許してないから」

「あぁ……ありがとう」


 その背中を見送ってから、私はローゼをそっと寝かせた。


「うん……悪くないんじゃないかな」


 私は今、ナゴヤの湾岸部にある廃工場にいる。天井はすでに崩れ落ちていて、錆びた金属たちがうめき声を上げていた。

 多くの死体が転がるここは、終わらせるには丁度いい場所だろう。

 

「今から行くよ、ローゼ」


 11年前に殺されてから、彼女の表情は何一つ変わっていない。肌も白いまま、腹も赤いまま。


 ローゼの刺された位置と全くおなじところにナイフを向ける。私とローゼは同じになるんだ。1つになるんだ。


「ごめん……本当なら、すぐにでも会いたかったのに……自分勝手で、ごめん……!」


 私の腹を刃先が突き刺す。


ピ……ピ……


「?」


ピ……ピ……ピ……


 電子音が聞こえる。先ほどからずっと鳴っていたのに、恐怖で気がつかなかったのだろうか。


「邪魔しないでよ……」


 神聖な行為を覗き見られては困る。


「ローゼ、もう少しだけ待ってて」


 私は音の主を探して廃工場を探索し始めた。


ピ……ピ……ピ……


 周期的に繰り返される電子音は、どうやら私の足元から聞こえているらしかった。

 私は積み重なった鉄屑を力いっぱい動かして、ついに地下室へのバンカーを見つけることに成功した。


「ははっ、皮肉だね」


 これから終わらせようというのに、これではまるで私たちの始まりと同じではないか。

 まあいい。あの音を止めてから、ゆっくり2人の時間をとろう。


 冷たく私の息を反射する階段を、慎重に下っていく。最深部まで辿り着くと、粗雑に塗られた木製の扉が立ちふさがった。


「邪魔」


 私はそれを蹴破って中に入る。

 地下室には、私の心臓を止めるほどの強烈な光景が広がっていた。


「くっそ……なんなの!!」


 左右にずらりと並べられているのは、裸体の人工知能たちだった。ここは人工知能をつくる工場だったんだ。だからあの、特徴的な電子音がずっと鳴っていたんだ。


「どこ!? どこなの!? ねえ、返事してよ!!」


 私は地下室を死に物狂いで走り抜ける。いるかもしれない。会えるかもしれない。今迎えに行くから!!


「あぁ………よかった……! ありがとう、神さま……!」


 いた。


 透き通った肌に、私の何倍も女性的な胸、紫の長髪。

 間違いない。ローゼと同じタイプのボディだ。

 私はその体にそっと触れて、息を荒げながら頭を開いた。


「お願い……お願い……!!」


 祈りにもにた言葉を吐きながら、黒いチップを頭蓋の中に入れる。


「え……?」


 ローゼはなにも言わなかった。

 瞳が光ることも、口を開くこともない。


「嘘でしょ!? ねえローゼ、返事をしてよ!! ねえってば!!」


 私の叫び声が幾重にも反響する。

 嫌だ、嫌だ。

 なんで最後に希望を見せてくるんだ。やめてよ、楽にしてよ……


「澄、嶺……?」


 誰かに、私の名前が呼ばれた。


「ローゼ!!!」


 私はその体に抱きついた。

 力いっぱい抱きしめた。


「随分……お姉さんになってしまいましたね」

「うん……! 11年だよ! 私、頑張ったよ……」


 ああ、この声だ。ずっと聞きたかった。

 

 視界が潤んで揺らぐ。顔が濡れて仕方ない。

 早く泣きやめよ私、ローゼの姿が見えないじゃないか。

 

「大丈夫。大丈夫ですよ……」


 ローゼは私の頭を撫でる。温かい。一体、最後に撫でてもらったのはいつだろう。


「澄嶺、他の4人は?」

「今は私だけを見てよ」

「す、すいません……」


 恋人が泣いているのに、なんて酷いことをするのだろう。でも……会いたかった……!


「お詫び、しなくちゃですよね」

「……!?」


 瞬間、私の唇に柔らかな何かが触れた。

 私はそれを受け入れて、体温を体温でかき混ぜる。


「はぁ……はぁ……」


 お互いの息で呼吸するような距離感で、ローゼは私の頬に触れる。


「ただいま帰りました。澄嶺」

「おかえりなさい……ローゼ!!」


 もう一度ローゼを抱きしめる。それ以外は何もいらない。


 この崩壊した世界でただ一人の、私の大切な大切な恋人。


 ああ……恋をして、本当によかった。


─完─

崩壊世界、人工知能と恋を。を読んでくださり、ありがとうございました。これにて澄嶺とローゼの物語はおしまいになります。


この作品は、私にとって初めてのランキングを経験ささせてくれた作品であり、また初めて完結まで走り切ることができた作品でもあります。


思い返せば、初期の段階ではネグレもジェットもフィーナも登場する予定はなく、物語の中に生きているモブに過ぎませんでした。それがここまで物語を動かす存在になったのですから、小説というのは読み物でありながら読めないものです。


この崩壊世界の前日譚、後日譚……所謂ところの第2部の構想もあります。また連載が始まりましたら応援していただけると嬉しいです。


最後になりましたが、5ヶ月間もの間この作品を読んでくださり、本当に本当にありがとうございました。 ご縁があれば、またどこかでお会いしましょう。


御門より愛を込めて。

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