Ep.38 「まただよ」
地下への階段を一歩一歩下っていく。
あの時との違いは、電子音が鳴っていないこととローゼが死んでいることだろうか。
「なあ澄嶺、代わりに持たせてもらっても……」
「持つ? 違うよ。連れて行くの」
あえて眼光を強めてネグレを睨んだ。
前史の人間たちは、どうも地下室に大切なものを保管しがちである。思うに、地上があの有様なので地下に移したというのが妥当か。
もしそうならば、ローゼはあの家族に大事にされていたのかもしれない。そうだったらいいと思った。彼女が少しでも幸せな人生を送ってくれていたなら、それでいいんだ……きっと。
「ん……行き止まり」
懐中電灯を照らしてみれば、目の前には荘厳な金属質の扉が待ち構えていた。触れずとも冷たさが伝わってくる、無慈悲な扉だ。
さて、これをどう開けたものか。
ドアノブを捻ってみた。
押したり引いたりしてみた。それでも扉は開かない。
「澄嶺、これ」
ネグレの指す方向をみると、板と液晶が壁に据え付けられていた。そこには0から9の数字、そしてA〜Zのアルファベットが刻まれている。
なるほど、パスコードというやつを入れなければここの扉は通してくれないらしい。
真っ先に試すものは決まっていた。
「……さすがに駄目か」
R05eを入力しても、液晶が赤く染まるだけで扉は動かない。
「澄嶺、もう少し照らしてくれないか」
ネグレが板を凝視しながらそういう。鼻が触れてしまうくらい近づいて、目を大きくしている。
私は電池切れを恐れつつも、懐中電灯の光量を上げた。
「やっぱり。うっすらとだが……指紋が見える」
私も近づいて見てみると、たしかに微かな皮脂や塗装の剥げが見て取れた。
「それで、候補は?」
「1、4、5、A、K、I、Mだな」
合計7文字……単純計算で、5040通りのパスコードが存在することになる。これを虱潰しにやってもいいが、日が暮れてしまうな。
「でもまあ、やるしかないかぁ」
ローゼを階段に座らせて、呼吸を整える。根気のいる作業だ。草から紐を撚り合わせる3倍の時間はかかるだろう。だがやらないわけにはいかないのだ。
「疲れたら交代ね」
「わかってるよ……」
樹形図を辿る要領で候補を入力していく。ここの扉には何回か間違ったものを打ち込むと10分は入力できなくなるシステムが組み込まれていて、それが自然と休憩時間になっていた。
「ローゼ……ごめんな」
ネグレが小さく語るのを、私は入力しながら背中で聞いていた。
「私さ、別にお前が嫌いだったんじゃないんだ……ただ、ほんと……逃げ……ごめん」
彼女の言葉を聞いて初めて、ローゼは数時間前まで生きていたことを思い出した。
この世で一番残酷なのは、恋人の死をこんなに簡単に受け入れてしまう私なのかもしれない。
「あぁもう、まだ開かない……!」
これで10回目のロック。
冷たい空気が捲れてしまった指の腹を痛める。早くこの先に進まないと、ローゼの願いが……!
「な、なぁ澄嶺、少し落ち着いて……」
「元はと言えばネグレのせいでしょ!!」
地下室に私の声が響いた。
浮かぶ言葉を必死に繋ぎ合わせて、口を開く。
「ごめん。村を襲ったやつが悪いに決まってるのに……」
「……いいんだよ。これが正しい報いなはずだ」
ネグレと何回か交代を繰り返していると、不意に液晶が緑に光った。正解のパスコードは「1M45AKI」であった。なにか意味をもった羅列のようにも感じるが……ひとまず、進むことが肝要である。
「せーの!」
頑なに開こうとしない堅物を、ネグレと協力してこじ開ける。中で私たちを待ち構えていたのは、乱雑に積まれた本が支配するじめっぽい部屋だった。
「ここに……アテナが?」
懐中電灯で辺りを照らしてみる。
張り巡らされたクモの巣、溜まった埃。本に出てくる魔女の家のような風貌であった。その雰囲気に似合わない、青白く光るものが私の目の前にある。
「またログ?」
淡く光るモニターの足元には、いつぞやに見たような赤色のパネルがある。トーダイでしたように、私はそこに掌で触れてみた。
「あれ? 流れないや」
以前はこれで上手くいったのだが……
「ネグレ、やってみてよ」
「こうか?」
起動するための人間は誰でもいいのだろうか。ネグレが触れると、ボワッという音とともに、砂嵐のような音が流れ始めた。
「……これを見るだなんて、君は運が悪いね」
男の声は、手始めにそう述べた。




