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Ep.36 「ふざけやがって」

 抱え上げたローゼは返事をしない。

 私を見下ろすネグレは黙ったまま。


 ネグレがローゼを殺した? なんで?


「あぁ……その顔だよ」


 ネグレが私の髪の毛を引っ張り上げて、こちらを睨んでくる。


「その顔が見たかたったんだよ。ずっとな」

「なんで……? ローゼは!!」


 ネグレの蹴りが私の腹を襲う。

 痛みと混乱で何も言えなかった。


「お前らのせいでみんな死んだんだよ!! お前らが人工知能を連れてきたんだろ!? なぁ!?」

「なに、知らな……」

「聞いてねえよお前の答えは」


「ハヤトは馬鹿だった。サネはすぐに腹を空かせる手のかかるガキだった……けどな、みんないい奴だったんだよ。お前らと違って!!」


 背中を何度も踏みつけられて、内臓を吐き出しそうになる。いっそローゼと同じように刺し殺してもらったほうが楽なのかもしれない。それでも耐えなくては。私は……!


「……しぶといな。気くらい飛びそうなもんだが」

「……ローゼを、守らなきゃ」


 もう冷たくなってしまったローゼを、ただひたすら抱きしめる。蹴られても、殴られてもいい。その結果死ぬのなら、それも受け入れよう。


 だが絶対に、離してやるものか。


「ローゼの代わりに、私を殺してくれればよかったのに!!」

「誰が人なんか殺したいと思うんだよ!!」


 頬が痛かった。

 ネグレは、泣いていた。


────



「捕縛、完了しました」


 フィーナは手際よくネグレを縛り上げて、身動きの取れない状態にした。

 

 ローゼの死体はフジサワのエントランスに安置されている。常に気をそちらへ向けつつも、ネグレへの尋問が開始した。初めて会った日と、何もかも逆だった。


「ネグレ」


 京夏は一歩ずつネグレに近づいて、左頬を殴った。千冬のためではない京夏の涙は、久々に見る気がした。


「どうしてこんなことしたの」

「……」

「あのとき、私を止めてくれたじゃん。あのネグレはどこに行っちゃったの……?」


 そこからネグレは、吐き捨てるように話し始めた。私たちと別れてからのこと。村が人工知能に襲われていたこと。私たちに復讐するために、執念で追いかけてきたこと。

 そのどれもが信じられないものだったが、状況がそれを証明していた。


「きみは、村を滅ぼされたと言ったね」


 話を聞き終えたジェットがゆっくりとネグレへ歩み寄る。コツコツと靴の音を鳴らしながら、それでいて刺激しないように。


「なんだ? 疑ってるのか?」

「いいや。信じるとも」


「だが、澄嶺たちが人工知能を導いたという確証がない」


 ふっと肩を軽く感じた。

 私が覚えていた違和感は、まさしくそれだったのだ。

 じゃあ、なんでローゼは殺されなくちゃいけなかった。


「澄嶺とローゼは村に忍び込んで……仲間の人工知能に伝えてたんだよ。私がカナガワに出向いている隙を狙って、襲撃させた」

「論理的じゃあないね。そもそも、衛星がない今の環境じゃ通信などできっこないだろう。君が言うことは破綻している」


 ジェットは残酷なまでにネグレの言葉を切り捨てた。彼女は拳を震えながら握りしめていたが、ついに口を開いた。


「わかってるよ……わかってたよそれくらいのこと!! 澄嶺やローゼがいい奴だってことも、何も悪くないってことも!!」


 ネグレは肩を震わせながら床を叩き続ける。見えなくても顔が分かるくらい、声は泣いていた。


「じゃあこの世界で、私は誰を憎んで生きればよかったんだよ……」


 ゆっくりと、ゆっくりと。

 恨みや怒りといった感情が熱を失っていく。


「そんな理由だったの……?」


 なんとか体重を支えながら、一歩ずつネグレに近づく。目と目がくっつけるほどの距離まで近づいた。


「じゃあ、ローゼはなんにも悪くないじゃん。なんで殺したの、ねえどうして? どうして私からローゼを奪ったの?」


 ネグレが持っていたナイフの刃先を私の胸へ突き立てる。


「このままネグレがナイフを押せば私を殺せるよ。ほら、押しなよ。憎いんでしょ?」

「……」

「押しなって。私もローゼに会いに行きたいしさ」

「……だって仕方がなかったんだ! 私に残されたのはそれしか──」

「仕方なくないでしょ。村の人たちと一緒に死ぬ道だってあったのに。私たちを勝手に憎んで、殺す選択をしたのはネグレだよ。それなのにどうして仕方なかったなんて言えるの」


 瞳を見つめれば、ネグレの考えていることがわかった。

 怖かったんだ。

 私と同じように、このだだっ広い世界に一人ぼっちで、意味もなく生きることが。


 でも私は誰も憎まなかった。誰も殺さなかった。だから私にはネグレを裁く権利があるはずだ。


「澄嶺、そこまでにしよう……?」


 私を後ろへ引っ張ったのは、京夏だった。なにか怖いものでも見たような声である。


「離して」

「いやだ。ローゼが今の澄嶺を見たら、絶対にこうするから」


 意識が浮かび上がって、落ちた。

 ローゼに嫌われることだけは避けなくてはならない。


 ローゼ、本当?

 あなたの死は……仕方な……


「澄嶺、1ついいでしょうか」


 ローゼの遺体を綺麗にしていたフィーナが、私に声をかけた。


「どうしたの、まだ生きてた!?」

「いえ、死んでいますが……」


 なんだ。期待して損したじゃないか。

 ローゼに抱きついてみる。形も、肌触りも、生きていた頃と何一つ変わらない。唯一、体温を除けば。


「お待たせ。行こう」


 私はローゼを抱えたまま、ビルの奥へと進む。

 犠牲があった以上、私には人工知能を深く知る義務があるのだ。


 それがきっと、ローゼの笑顔に繋がるはずだから。

 

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