Ep.35 「おしまい?」
12月30日。フィーナ曰く、午前7時22分。白い息を吐きながら、私たちは次なる目的地、フジサワ本社へと出発した。
「フジサワの場所、ジェットは知ってるの?」
「丸の内の方だよ。ここからかなり歩かなくちゃならない」
「そんなに遠いんですね……」
歩き続けるのは慣れているが、一度腰を下ろして休憩してしまうと億劫だな。いっそ寝ずに歩き続けた方が楽だったのかもしれない。
何時間も同じメンバーで歩き続けていると、話題は悉く尽きていく。思い出話だとか、好きな野草だとか、美味しいイノシシの食べ方だとかである。ジェットはあまり話そうとしなかったが。
静かに風が流れると、ローゼはゆっくりと話し始めた。
「京夏は、アテナを倒したらどうするんですか?」
ローゼは、京夏に向けてもこの質問をした。
「そうだね……わかんないや」
「え?」
「その時の気分で決めると思う。未来のことは未来の私に任せるよ」
京夏は、初めて会ったときから随分変わった。千冬の死を乗り越えて、本来の自分を取り戻している。
千冬は……今もどこかで、京夏を見守っているのだろうか。
「ですが、ある程度の見通しは必要ですよ」
フィーナは遠くを見つめながら京夏に言う。
「なんで?」
「誰も考えていませんでしたから。人類文明が滅んでしまうなんて」
私たちが歩くのは、瓦礫と荒野の上である。
当たり前の光景だと思っていたが、前史を知る者にとってはその限りではないらしい。
ましてや、その滅亡に加担してしまったフィーナにとっては尚更だろう。
少しだけ、喉を締め付けられた。
「あんまり昔話はよしなよフィーナ。子どもの前で寂しがっては、らしくない」
「その通りでございます……失礼いたしました」
ジェットはやはり話したがらない。
いつかすべてを話してくれるときが来るだろうか。
「澄嶺、あれって……」
不意に、ローゼが向こうに指を向ける。
しかしそこにあるのは、地平線までポツリポツリと廃ビルが立っているだけ。
いや違う。なにかがいる。
人影だ。こんなトーキョーのド真ん中で、生存者がいるのだ。
「おーい!! こんなところで何してるのー?」
私は出せる限りの大声であの人影に叫ぶ。
思わぬ幸運、棚からボタモチ。
まさかここで出会えるだなんて!
「? おーい! 私だよ私ー!」
あの人影もこちらに気づき、手を振り返してくれた。
「3人とも、私の後ろへお下がりください。澄嶺もこちらへ──」
「ううん。行ってくる!」
転びそうになりながらも、急いであちらへ走って行く。逆光のせいで姿がよく見えないのが悔やまれるが、それは足を止める理由にはならなかった。
風に靡く流星のようなポニーテールを持つ、豪快に笑うあの人間はきっと……
ん?
「まさか……」
私が声に出すよりも先に、「彼女」は私へ抱きついた。
「よ、久しぶりだな。澄嶺!」
「ネグレ!?」
青髪の野生児が、なぜかそこにいた。
────
「へぇ、君たちは知り合いだったのかい」
「そう。村からカナガワまで、ずっと一緒だったさ」
流れるように私たちに加わったネグレは、ジェットやフィーナ相手に距離感を掴もうとしていた。
「んで、フィーナはどんな──」
「申し訳ありません、そのようなことはお答えできかねます」
「お、おう。そうか……」
しかし、フィーナは頑なにそれを拒否している。ネグレは人工知能から疎まれるきらいでもあるのかもしれない。
こういうときに助け舟を出してやるのが、旧友としての務めというやつかな。
「ネグレ、あのあと村はどう? みんな元気?」
私の言葉を受けたネグレは少し迷ったあとに笑って言った。
「おう、いつも通りの平和な場所だよ。ずっと」
なにか強烈な違和感を覚えた。目線が合わなかったからだろうか。
会話を続けつつも、私たちはマルノウチとやらを目指して進み続ける。
同じような景色の続く道を何時間も歩いた後に、ようやくそこへ辿り着くことができた。
「ここがマルノウチですか?」
「そのはずなのですが……」
「やはり、ボロボロだね」
マルノウチは他の地区と違い、空気に粉塵が混じっている。呼吸するたびに粘膜が痛むようなこの場所で、廃ビルたちが寄りかかりながら森をつくっていた。
その森の中でヌシのように鎮座する、一際大きなビルが目の前にある。
「あの建物がフジサワですか?」
「ああ。この様子だと間違いないだろうね」
トーダイと違って、誰も寄せ付けないような雰囲気は感じない。だが普通の場所とはなにか異なる……きっと、他よりも原形を保っているからだろう。
「さぁ、行くよ」
「はい」
「いよいよだね」
開きっぱなしの自動ドアをくぐって、潜入を開始する。剥がれた壁が風を通して、存外肌を冷やした。
「あれ? 入らないの?」
「おや……」
ビルの中に響くのは、3つの足音だけ。
ネグレとローゼがいない。ついさっきまでそこにいたはずなのに。
「2人は先に行ってて。私呼んでくる」
振り返る。
私の目に映ったのは、胸を真っ赤に染めるローゼの姿だった。
2秒、私が叫び出すまでにかかった。
「ローゼ──!!」
重心が前へ進む。
心臓が体を叩く。
視界が一気に狭まって、ローゼしか見えなくなる。
「ローゼ、ねえローゼってば!!」
どれだけ揺らしても彼女は返事をしない。
胸に耳を当てても心臓の鼓動は聞こえない。
目を見ても、微笑みが返されることはない。
「どうして、ねえどうしてなの!?」
死んだ?
なんで?
おかしいじゃないか。近くに敵対する人工知能がいたわけでもないのに、なんで……!
「……お前らのせいだろ」
私に落とされた影が、低い声でそう言った。
「……あなたがやったの……?」
ありえない。そんなはずはない。だって私たちは仲間で──
「ああ。ローゼは私が殺した」




