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第66話

 鬱蒼と生い茂る深い森の中に佇む、ロイドシャルマン家の邸宅。魔界征討の仕掛人である七列卿、サヴォージュ・ロイドシャルマンの棲み家である。


「全くもって、魔族とは救いがたい生き物だな。そうは思わんか? 人に似て人に非ざる者。人がすがる天理、その理を真似て拵えた法律に従わぬ外道。人と同じ目を持ちながら、人と同じ物は見ず、人と同じ口を持ちながら、人と同じ言葉は話さない。人と同じ心を持ちながら、人と同じ善意は持たない。まさしく私達人間の紛い物だ」


 サヴォージュの饒舌は床の中でも止まらない。


 サヴォージュは、自分自身の話がいかに中身が無いかを知っている。なぜかと言えば、話す目的が無いからだ。話さんが為にサヴォージュは話す。


 強いて言えば、自らの語りを聞いた相手が敬い、憤り、悲しみ、踊る様を見て、せせら笑うのが目的だ。たとえ心無き言葉でも、巧言令色で塗り固めれば、人はそれに驚くもの。心許ない、上辺だけの飾りにも関わらずだ。サヴォージュには、それが可笑しくて可笑しくてたまらない。


 マリフィ・ロイドシャルマンは無表情のまま、枕の上で話を聞き流していた。形だけでも、彼女は造物主たるサヴォージュの言うことを聞かざるを得ない。


 マリフィは、サヴォージュの持つスキル『傀儡化』によって作られたメイドである。銀髪、銀瞳を持つ絶世の美女。白くなめらかな肌は絹布団よりも肌触りが良い。外見だけでは人形とは解らず、生身の人間と変わりないのだ。


 サヴォージュと夜を共にし、ひたすら話に耳を傾けているのは命令に従っているからに過ぎない。しかし、マリフィはかなり反抗的な人形でもあった。時には主人に逆らうこともある。


「お話はそれだけですか。サヴォージュ様」


 半身を起こし、寝乱れた髪を直す。銀の長髪が腰までかかれば、傾城の美貌と美躯が顕になる。サヴォージュは満足気に、マリフィの隅々に至るまで目を走らせた。


「ふん、相変わらず向こう気の強い女だ。だからこそ言うことを聞かせ、女としての全てを我が物とした時の快感はたまらないが」


「心無き私は快感など覚えません。もし、私に心があったとすればですが……むしろ不快です」


「けっ。お前……実は心があるんじゃないのか?」


「サヴォージュ様、お忘れかもしれませんが」


 サヴォージュの質問には答えず、マリフィはメイド服を身につけようとする。


「私こそ、人間の紛い物ですよ。人間に瓜二つな人形は、むしろ魔族よりも質が悪いと言えます。壊そうとはなさらないのですか?」


 マリフィの美貌には非の打ち所が無い。それだけに冷たく美しい眼差しが、サヴォージュに刺さる。


「人形だからよいのだ! マリフィ!」


「…………」


「人形には心が無いからな。人間であろうと、私の意のままに動く奴は全て人形なんだ! 私の一挙手、一投足。言葉や身振り手振り。権謀術数に、皆我を忘れてしまう。それが人形でなくて何であろうか。全員、私が築いた舞台の上で演技をする役者に過ぎない。自分の意志で歩き、話し、行動するようでいて、全ては私の筋書通りなのだ!」


「魔界では、四体の強力な魔族が兵を率いて現れたせいで、戦況がひっくり返ったとか。それも、サヴォージュ様の筋書なのでしょうか」


 表情ひとつ変えずに語るマリフィ。嫌味を言っているように見えなくもない。

 

「つくづく生意気なメイドめ……多少の苦戦は想定通りだ。いかに王国軍の方が数が多いとはいえ、個々の武力では魔族に劣るのだからな。しかし、このままでは終わらん。奥の手を出すこととする」


「奥の手?」


「七列卿のガキどもを動かす。あやつらは王国の特級戦力。一人が万人を相手に出来る実力だからな。魔族もひとたまりもあるまい」


「魔王が出て来たらどうなさるのですか? 太刀打ち出来る者が王国にいるとは思えませんが」


「そこがお前達の浅はかなところだ! 確かに私は魔界に攻め込むと言った。しかし、魔王を倒し、魔界を完全に征服するなどとは言っておらぬ」


「どういうことでしょうか?」


「どんな物語でも、敵がいないと話は面白くない。これから永遠無窮に、人間と魔族は殺しあってもらわねば困るのだ。魔族を絶滅させてしまったら、それが出来なくなるだろう? 私の台本には、魔族は必要不可欠なのだ!」


「一体、サヴォージュ様は何がしたいのでしょうか……もう、話についていけませんわ」


 サヴォージュは立ち上がり、天を仰いで咆哮する。


「私は誰にも理解されぬ。そして、理解させる必要もない。だからこそ、神は私に『傀儡化』を与えたもうた! 凡百の愚民どもを駒とする為に。これが我が天命である!!」


 マリフィはやはり表情を崩さない。しかし、ほんの少しだけ目を細めて俯く。そして、サヴォージュに対しても、もう何も言うことはなかった。


 事実、魔界四将の登場により劣勢に立たされていた王国軍は、サヴォージュの奇策により勢いを盛り返すことになる。

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