第65話
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「魔王様! 王国軍によりゴーヴェル城が落とされてしまいました! 事前のご指示通り全ての者を避難させておりましたので、死者はおりません。ですが、建物や畑等は全て焼き払われ、焦土と化しております……」
魔王の本拠である魔王城。その執務室にて、戦況報告がなされていた。こじんまりとした部屋の奥には玉座があるが、必要以上に飾りたてられず機能性を重視したものとなっている。
魔王がいるのは、さらにその奥の隠し部屋。カーテンの奥で何かを煮る音や、包丁の音などが聞こえてくる。
キングウェル王国による一方的な宣戦布告により、魔界の領土は次々と侵食されている状況だ。王国軍は質が悪く、金銭や食糧等を手当たり次第に強奪。金目の物が無くなった家屋は放火して進軍を続ける。
魔王の事前の指示により、王国との隣接地帯の魔族は避難していた為、殺害された者はいない。しかし、火のごとき王国軍の侵略により、魔界は領土を確実に削られていた。
「王国軍は破竹の勢いで向かってきております。どうか、迎撃命令をお出しください!」
魔王はこれまで、魔族軍に「逃げろ」としか命令をしていないのであった。数は少なくとも個体差の武力では魔族の方が優勢。魔王が逃げの一手を打つことに、疑問を持つ者が少なからずいた。
配下の懇願に、これまで絶え間なく響いていた包丁の音が止む。
「仕方あるまい。魔界の特産品にするべく新作のパフェを作っていたのだが……そろそろ我輩の出番だのう!!」
隠し部屋のカーテンを開き、勢い良く現れた魔王。翻った漆黒のマントの下には、三メートルの巨体を飾るピンクのエプロンが覗く。
「ははっ! それでは早速軍勢を集めます。何名ご入り用でしょうか?」
「いらぬ。我輩一人で十分である」
「お、お一人ですか?」
「たかだか人間が数万であろう。我輩の絶大なる武勇をここで見ておれ!!!」
魔王の咆哮により大気は揺れ、配下は衝撃の余り吹き飛ばされる。とてつもないオーラを発し、翼を広げた。窓を突き破り、そのまま王国軍のいるゴーヴェル城まで飛んでいくつもりだろう。
しかし、まさに飛び立たんとしたその時、得体の知れない黒い触手が、魔王の身体を覆った。
突然の攻撃に魔王は不意をつかれた形だ。触手は瞬く間に全身へ回り、指一本動かせない。
「こ、これは……? おい! どういうつもりであるか!?」
「ご無礼誠に恐れ入ります……ですが、魔王様のお手は煩わせませぬ」
いつの間にか、魔王の前に片膝を立てて跪く四人の魔族が並んでいた。魔界四将。魔王に次ぐ実力の持ち主達である。
「お前達、この触手から我輩を解放するのだ!!」
「それは出来かねます。この伝説の神器以外に、強大なる魔王様を拘束出来る手段は無いのです」
先程声を発した、色香溢れる魔族が頭を垂れつつ話す。まるで黒い紐で出来た水着のような、最低限度の布面積しかない服を着ている。黒色に近い肌と、悪魔のような羽が魔族であることの何よりの証拠だ。
「偉大なる魔王様に対してのご無礼、平にご容赦をっ……! この罪は、人間どもを追い払った後に必ず償う所存でござる!」
続いて、髷を結った巨体の魔族が、涙ながらに詫びる。長大な日本刀の様な武器を腰に差し、さながら魔族になった武士、といった様相だ。
「お前達が人間どもの相手をすることなどないのだ! 我輩一人に任せておけ!!」
魔王が怒号と共に睨みを利かせると、四将達は強烈なプレッシャーに襲われた。四将ともなれば一騎当千の強者。だが、四将と魔王とでは、実力に圧倒的な開きがあるのも事実。
「うひひっ……流石は魔王様! 怒らないで下さいませぇ」
四将が一人、ダドリーが冷や汗を流しながら、ようやくの思いで口を開いた。先だって、ケイブ達を魔界でもてなしたあの魔族である。
「魔王様は……人間に甘過ぎるの。まるで、魔王様がいつも作るパフェのようなの」
黒い頭巾を被った幼女のような魔族が、口を尖らせて呟く。
「そ、そんなことがあるものか? 我輩の実力のみならず、味覚をも疑うのか!?」
「実力は疑ってないけど……味覚は疑うの」
「うひひっ……それは言ってはいけないお約束!」
「誠に申し上げにくいのですが、味覚の方は……! 平に、平にご容赦をっ!!」
「恐れながらはっきり申し上げますと、甘過ぎます」
「そんなっ、バカなっ……!」
四将からの総口撃に、さしもの魔王もガクッと膝をついた。頑強な身体を持つ魔王も、心は繊細なようだ。改善策を必死で考える魔王。
「わ、我輩が選んだパフェの材料に、問題があったのであろうか。もしかすると、満月の夜に醜く泣きわめく、魔界ヘビイチゴの腎臓を使い過ぎたかもしれんな……よし、次からは腎臓は半分のみにしよう」
「そんな物を使っていたのですね……恐れながら、食欲が失せました。二度と御免です」
「拙者も、そんなゲテモノは口にしたくありませぬ。平に、平にご容赦を!!」
「お前達……『恐れながら』とか『ご容赦を』とか言っとけば、何言っても赦されると思うなよ!!」
半泣きで反駁する魔王。先程放っていた威厳やプレッシャーは、もはや欠片もない。
「パフェの話はともかく……魔王様は人間に甘過ぎるのです。この千年間、何度となく人間は魔界に軍勢を出してきました。その度に魔王様はたった一人で立ち向かい、人間どもを追い払って下さいました」
露出度の高い四将、ヴィータはおもむろに立ち上がり、ぐったりと落ち込んでいる魔王に語りかける。
「魔王様の偉大さは、魔界の者なら皆良く存じ上げております。その力は山を砕き、海を割る。しかし……あなた様はそのような武力を持ちながら、虫一匹殺すのを躊躇う、情に篤いお方です!!」
「ふ、ふん、そんなことがあるものかっ。我輩は邪悪の化身、魔王であるぞ! 生物を捻り殺すことに、抵抗などあるはずがない……」
「わたしは知っているの……魔王様が魔界ヘビイチゴを殺す時に、百回くらい念仏を唱えて……許せ、許せと、言っているのを……」
幼女の四将、パームがぼそっと暴露した。
「お、お前、なぜそれをっ……!」
魔王は恥ずかしさの余り真っ赤になった。次いで、意気消沈して真っ白になる。
「魔王様は、このようにお優しいお方。魔王様はお隠しになろうとされていますが、魔族で知らぬ者はありませぬ。それに対し……あの恥知らずの人間どもはっ……!」
にわかに、他の三将が苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「この千年間、魔界に攻め寄せた人間どもの被害はゼロ。魔王様は、誰一人として殺さずに、ただ追い払うのみです……しかしっ! 人間どもは魔王様の温情を無下にし、幾度となく魔界を踏みにじるのです! 領土を増やしたいという、どす黒い欲望のままにっ!!!」
言葉の途中で激昂し、血が出る程唇を噛み締めるヴィータ。他の三将も、悔し涙を流している。
「魔王様に対しての無礼、もはやこれ以上見逃せません! 魔王様がお一人で立ち向かわれるのも、我々に被害が出ないようにする為のご配慮なのでしょう。しかし、魔王様を侮辱する人間どもは、私達で裁きます!」
他の三将も立ち上がり、きっと魔王を見据える。それはまさしく忠誠心の現れ。魔王に対する尊敬と忠愛の眼差しであった。
「待つのだ! かつてミファイルトスが言ったように、人間どもも悪い者ばかりではない! 復讐は復讐を生む! それがお前達にはわからぬのか!」
「人間達は、魔王様の偉大さが微塵も解っておらぬのです! 魔王様の足元にも及ばぬ我々に負けたとあれば、これ以上魔界に攻め入ることもないでしょう!」
四将はその言葉を合図に窓を突き破り、飛び立っていった。魔王は指を咥えて見ていることしか出来ない。
「馬鹿者どもめ……」
四将の飛び立つ後ろ姿を、魔王はいつまでも、いつまでも見つめていた。
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