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第64話

新たにブクマを下さった皆さま、誠にありがとうございます。

 キングウェル城の最深部。聖王の間。


 国王と、貴族の頂点に立つ七列卿の面々が討議を行なうこの広間は、王国にまつわるあらゆる悲劇と葛藤が誕生する場所である。


 聖王の間とは名ばかり。王国中の民の涙が集まって大河となるなら、その源はここから流れ出でるのだ。


「今こそ魔界征伐の時。お主はそのように考えるのだな? ロイドシャルマン卿よ」

 

 国王による諮問。正装である白いローブに身を包んだサヴォージュが、軽い咳払いをしながらおもむろに頷く。


「ええ。その通りです。今が最大の好機。これを逃す手はございません」


 サヴォージュが合図をすると、彼の車椅子を押していたマリフィが巨大な地図を宙に浮かべた。マリフィがスキルにより空間に隠し持っていた物である。どう見ても年寄りとしか思えない皺だらけの手で、サヴォージュが地図を指し示していく。


「『英雄』ことリーフェ・ハイデルファンドの遊説により、王国各地で魔界征伐の民意が高まっております。さらに、王国では魔族の集落が『何者か』により襲撃される事件が相次いでおります。そのことに反感を持つ魔族達が、人間に危害を及ぼす事例がちらほら……」


 サヴォージュはマリフィを一瞥して、嫌らしい微笑を浮かべた。実際に魔族の集落を襲撃しているのは、サヴォージュの命令を承けたマリフィである。


 しかし、マリフィはサヴォージュと目を合わせない。元より、老獪な道化たる主人に迎合する精神など持ち合わせていないのだ。純白のメイド服により鋭さが増した冷ややかな美貌を崩さず、無視を続ける。


 サヴォージュは不機嫌そうに軽く舌打ちをし、演説を再開した。


「これまで数多の民草が魔族に苦しめられてきました。今こそ、国王様のご英断により慟哭の歴史に永遠の帳を降ろす時です! 魔族がいる限り戦争は無くならない。涙に暮れる民も減りはしません。人と魔族は決して相容れぬ不倶戴天の敵。国王様。どうか慈愛の矛を以て魔族を討ち滅ぼし下さいますよう」


 サヴォージュは車椅子に座ったまま、恭しく国王に礼を捧げた。立て板に水の語り口は、良く出来た喜劇か、もしくは劣悪な悲劇の主役が十分に務まる出来映えだ。


「ま、待たれよ。ロイドシャルマン卿よ。昨今の収支は度重なる農民の暴動とその鎮圧により、大幅な赤字と報告したはず。戦争など出来得る状況ではないが……」


 民政卿であるリハイヘヴン卿がハンカチで汗を吹きながら止めに入る。動揺を隠せない様相は、いささか小物感が否めない。


「ふむ。リハイヘヴン卿の言うことも最もである。しかしだ。昨今の機会は千載一遇。金に置き換えることは出来ぬ」


「しかし、無い袖は振れない。金が無ければ戦争も……」


「金など、いくらでも捻出出来るであろう!」


 サヴォージュの怒号に、リハイヘヴン卿は震え上がった。


 サヴォージュはリハイヘヴン卿の娘であるナホーティアと同年代である。遥かに年少である筈の相手に、リハイヘヴン卿は完全に気を呑まれていた。


「リハイヘヴン卿よ。民政卿である貴殿の権限で、先日反乱を起こした農民共から懲罰税を巻き上げるのだ」


「なんと……」


「金が無い者からは作物を奪え。作物が無い者からは家畜を奪え。それすら持たない者からは子供達を奪い、金に換えろ。国王様に歯向かう者は法敵。本来なら村ごと滅ぼされて然るべきだ」


「いかに反乱を起こした村の民とはいえ……そんなことは出来ぬ! 既に首謀者達は罰している。村に残った者達は善良な民なのだ」


「……国王様。いかが致しましょう」


 サヴォージュが国王を見据え、判断を促す。客観的に見れば、サヴォージュの意見は酷薄に過ぎるのだが……。


「そのようにせい」


 国王は即座に言葉を返した。しかし、感情は全く籠らず、目もどこか虚ろである。


「国王様のご命令とあらば、かしこまりました……」


 リハイヘヴン卿はがっくりと項垂れ、聖王の間を後にした。


「さて、七列卿の皆々よ。議論は以上だ。この度は我々ロイドシャルマン家が先鋒を務める。キングウェル王国に幸あらんことを!」


 サヴォージュに倣い、七列卿が揃って国王に跪く。国王はまるで置物のように動かず、虚空を見据えていた。


 第一次魔界征討。後の世からは、このように呼ばれる戦争の幕開けである。


 キングウェル王国の終わりの始まり。まるで、引き潮に逆らうことが出来ない小魚のように、数多の生命が王国と道連れになる運命を歩んでいると言えた。


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