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第63話

 正気を失った兵士達に押し倒されるが、両腕もマリフィとの戦闘で折られていて、フォードンは抵抗が出来ない。


 そして、先ほどの父親の言葉による精神的なダメージが大きかった。残酷な現実から目を背けるかのように、フォードンは意識を手放した。


 その刹那。


 直径二メートルはあろうかという水で出来た龍の突撃。予想だにしない一撃を、マリフィは視界の端に捕らえた。


 灰色のメイド服を翻し間一髪で避ける。しかし、その龍はフォードンを襲う兵士を根こそぎ薙ぎ倒した。


 龍を躱したのも束の間。黒く塗られた短刀が次々とマリフィに向けて飛んでくる。薙刀でことごとく弾き落とすが、その間、フォードンの側に謎の女が立っていた。


 すらっとした長身。主張の強い胸がぴっちりとした黒装束でさらに強調されている。金髪のロングと顔の上半分以外は黒い衣装で覆われていて、何者かは解らない。


 しかし、マリフィには心当たりがあったらしい。


「まさか、あなたは……キャロン……」


「久しぶりね。だけど、再会を喜んでいる暇は無いわ。フォードン様はもらっていくわね」


「行かせない!」


 マリフィが薙刀を振るいキャロンを追撃する。キャロンは振り向き、不敵な笑みを見せた。


「『闇の帳(ダーク・コルセット)』」


 薙刀の一撃は、キャロンをすり抜けて空を切った。マリフィは軽く舌打ちをする。


「しまった……!」


「戦闘ではあなたには敵わない。だけど、潜伏や逃走にかけては、あなたは私の足元にも及ばない。人形になったせいで忘れちゃったのかしら?」


 余裕を湛えてクスクスと色っぽく笑ったキャロンは、フォードンを抱えたまま瞬時に消えた。


「何をしている! 追え!」


「サロネス様。既に手遅れです。あのスキルを発動したキャロンに追い付ける者はおりません」


「あのスキルだと……まさか、高名な『金妖のキャロン』か?!」


 マリフィはキャロンが消えた闇の彼方を見つめていた。その瞳には、敵意とも好意とも分からぬ、複雑な表情が灯っている。


「キャロン。またいずれ。必ず」


ーーーーーー


「ここは……?」


 フォードンが目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だった。


 ふかふかで天蓋付きのベッド。大きな姿見、宝石を散りばめたシャンデリア。恐らく、裕福な貴族の部屋だろう。ただし、レグシスレイト家でないことははっきりしている。


 見れば、黒衣に金髪の美女が紅茶を沸かしている。


「お目覚めになられましたか? レグシスレイト家ご嫡男、フォードン様」


 女は恭しく一礼をする。豊か過ぎる胸が大きく弾むので、今は女性になっているはずのフォードンも注視してしまった。


「あ、あなたは? そして、私はあれからどうなったのだ……」


「申し遅れました。私の名前はキャロン・リンゼイ。そしてここは、キングウェル王国カイゼット地方でございます」


「カイゼット……?」


 何が何だか解らない。カイゼットと言えばケイブ・クオーツカスの領地だが。


「夕べ、あなたがお父様とマリフィに襲われていたところを、僭越ながらお助けしカイゼットにお連れした次第です」


「何だと? あの二人から逃げ切ったというのか……?」


 フォードンの父親はもちろん強いが、特にマリフィの強さは常軌を逸していた。あの女から逃げられることなど考えづらいが……現に、自分はカイゼットまでたどり着いている。


「そうか。礼を言う。あなたは途轍もなく強いのだな」


「実は、マリフィ・ロイドシャルマンとは因縁がありまして。彼女の行方を追っているうちに、昨夜フォードン様が襲われているのを目撃したのです」


「なる程。私は命だけでなく、男としてのプライドも救われたのだな……」


 そっと自分の胸に手をやるフォードン。今も、女性の身体のままである。本来の、男の身体に戻れないのだ。


「なぜか『戦乙女化《トランス・ヴァルキリー》』が解除出来ない。私は、男としての資格を失ってしまったのだろうか」


 悔しそうに唇を噛む。そんなフォードンの肩にキャロンは優しく手を置いた。


「何か、今の身体で成すべきことがあるのでしょう。高貴なご身分の方は、果たすべき使命も多いのです。ご自分を見つめ直すことも兼ねて、カイゼットにて鍛練をされてはいかがでしょう」


「使命か……そうだな。それも良いか。ケイブもいることだし、相手に不足はあるまい」


「カイゼットは、王国の何処よりも、技を磨ける場所ですわ。いずれにせよ、あなたはしばらく身を隠す必要があります。魔界に近いカイゼットなら、王国の手も及びません」


 ああなった以上、フォードンはレグシスレイト家を勘当されているはずだ。サロネスの配下に見つかったが最後、浚われて監禁されてしまうことは避けられない。


「わかった。しかし、ケイブはこんな身体になった俺を受け入れてくれるだろうか」


「ケイブお坊ちゃまは、外面に捕らわれず、いつも本質を見抜くお方です。何の心配も要りませんわ」


ーーーーーー


「……と、いう事情でしばらくカイゼットで世話になることになった。ケイブよ、これまで通りの友誼を頼む」


 俺は、愕然としていた。


 男として、そして貴族としての矜持を崩さなかったフォードンが、まさか女に……


 しかも、出るところはしっかり出ている身体つき。男ではなく、女として理想のフォームになっていた。ぶっちゃけかなりタイプである。頭では解っていても、ついついフォードンの胸や腰に目がいってしまう。


「ケイブよ……お前、どこを見ているのだ?!」


 慌てて胸を手で押さえて隠すが、それは逆効果というもの。女らしさを際立たせる愚策だ。よって、俺の眼差しはいよいよ鋭さを増す。


「ケイブお坊ちゃまは、外面に捕らわれず、いつも本質を見抜くお方です。何の心配も要りませんわ」


「とは言うものの……とても気になる視線なのだが」


「ケイブお坊ちゃまは、外面に捕らわれず、いつも本質を見抜くお方です。何の心配も要りませんわ」


 テープレコーダーのように機械的な説明を繰り返すキャロン。キャロンは何があっても俺の事を信じてくれている。巌のごとき忠誠心の現れだ。


「そ、そうさ! フォードン。俺とお前は友達だ。そんなお前をやましい目で見るはずがないじゃないか……」


「ケイブくん……」


 ふと見ると、ナホーティアがドアの隙間から顔を出して俺のことを睨んでいる。聖女の目ではない、どちらかというと、狂化スキルの状態の目で。


「ばか野郎」


 ナホーティアは、一言呟くと、ドアをバタン!と閉めて出ていった。

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