第60話
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「おい! 誰かいないのか!」
ディプカットの森を馬に乗って疾走するフォードン。魔族が住む集落は無人で、呼ぶ声に応える者はいない。
夕食の支度が途中で放ったらかしになっている家が複数見受けられる。そして、いずれの家にも、地面や壁等に少量の血痕が残されている。
フォードンは焦燥に苛まれた。前回の虐殺が起きてから数日しか経っていない。まさか連続して虐殺が起きると考えていなかった彼は、不意を打たれた格好だ。
こんなに短期間で事を起こすなど、技量的にも、心情的にも人間とは思えない。まさに、悪魔の所業だ。
「もしや、遅かったのか……」
辺りは既に夕暮れ。馬をいくら走らせても無人の野が広がるばかりだ。
ディプカットの森に住む魔族は人間と友好関係を築いていた。これまでに銀の悪魔に襲われた魔族もそうだ。
ーー襲われているのは、人間と友好な魔族。
ーーまたは、魔界と和平を築くべきだと主張する人間の一派。
ーー魔界征伐へと民衆を煽る七列卿。
ーー空間を操る銀色の人影。
これらの情報が集約され、一つになった時。フォードンの心に浮かぶのは、七列卿ロイドシャルマン家に仕える絶世の美女メイドだ。
ふと前を見ると、たった今しがた心に浮かんだばかりの彼女が佇んでいる。
手には純銀の薙刀。そよ風に揺れる銀の長髪。灰色のメイド服。メリハリのきいた長身の身体。そして何より特徴的な、一切の感情を灯さない冷徹な眼差し。
「マリフィ・ロイドシャルマン……!!」
フォードンは馬から飛び降り、業物の刀をマリフィに突きつけた。
「言え! この集落に住む魔族をどうしたのだ!」
「お久しぶりでございます。我が主サヴォージュ様のご学友、フォードン・レグシスレイト様」
マリフィは恭しく一礼する。右手は豊満な胸に添え、左手でスカートを軽く摘まむ。
「とぼけようと言うのか。このフォードンを目の前にして! ここに住んでいた魔族達はお前が殺したのだろう!」
マリフィは目線を上げ、冷たい目でフォードンを見つめた。
「私はサヴォージュ様からご命令を受けております。サヴォージュ様と同格の貴族の方には礼儀を尽くすようにと」
マリフィは薙刀を軽く構えながら、フォードンの元へとゆっくりと歩を進める。
「しかし、先日新たなご命令を承りました。魔族を殺した現場を目撃した者は、老若男女を問わず口を封じるように、と」
マリフィの周囲に三つの魔方陣が展開。全てが銀色の輝きを放つ。
「我が主、サヴォージュ様のご命令により、失礼ながらお命頂戴致します」
言葉の終わりを待たず、フォードンは前方へ突進。神速の抜刀でマリフィへ切りつける。
ガキインッッ!!
マリフィは一切表情を変えることなく刀を受け止めた。そのままフォードンの鳩尾に痛烈な蹴りを入れる。
「ぐほぉっ!」
フォードンは十メートル程吹っ飛ばされるも、受け身をとり立ち上がる。
彼が持つスキルは『剣王』。キングウェル王国でも有数の使い手である。その一撃を容易く受け止めたことに、フォードンは驚愕した。
「うおおおおっ!!」
再びマリフィに突進する。実は、フォードンは劣勢時に力を発揮することで知られている。驚愕はしたが、心までは動じていない。すぐに攻勢へと転じた。
数ある斬撃の中でもフォードンが最も自信を持つ刺突を繰り出す。並の使い手であれば、防御をする暇も無く一瞬にして死ぬ速度だ。
ギイインッ!!
マリフィは薙刀で刀を払うようにして刺突の勢いをかわす。身体を半回転させ、振り向きざまに薙刀を一閃させた。
ガキッ!
危うく鍔で受け止めた為、先ほどとは違い鈍い音が響いた。マリフィは勢いを止めず斬撃を浴びせる。袈裟斬り。逆袈裟。右薙。左薙。目にも止まらぬ手捌きにフォードンは受け止めるのがやっとだ。
フォードンは、防戦しつつ静かに勝機を待っていた。薙刀が刀に勝っている点の一つにリーチの長さがある。薙刀による足元への攻撃は刀では受け止めづらい。
しかし、それは並の使い手の話である。フォードンは、マリフィが足元への攻撃を仕掛けてくるタイミングを狙っていた。
その一撃を避けて相手の懐に潜りこめば、勝機はこちらにある。薙刀の柄には刃が付いておらず、懐に飛び込んできたフォードンに対してすぐには反撃出来ないからだ。
マリフィの薙刀が足元を薙ぎ払った瞬間、フォードンはマリフィの懐へ文字通り飛び込んだ。
前転のような体勢からの一撃。フォードンの切先は、マリフィの胸を貫いた。
フォードンにとって不運だったのは、マリフィが人間ではないという事実を知らなかった事だ。
「ぐふっ……!!」
マリフィを貫いた感触に違和感を覚える暇も無く、フォードンは袈裟斬りに切られた。
普通の人間であれば、刀で切られれば身体の動きも止まらざるを得ない。しかし、マリフィは違った。胸を貫かれながらも、淀みのない動きで反撃を行ったのだ。
これには流石のフォードンも予想外であった。誰しも攻撃の直後は隙が生じるもの。自身の攻撃が致命傷を与えたと確信していたばかりに、マリフィに対する防御が遅れてしまった。
「本当に……人間ではないというのか……」
「私は名も無き人形。マリフィという名もサヴォージュ様から与えられた仮の名に過ぎません」
吐血が止まらないフォードン。致命傷だ。マリフィはフォードンの元へと淡々と歩いてくる。
「お前の……好きにはさせん。たとえ……魔族と言えど……レグシスレイト領に……住むからには…………我が家族だ!!」
背負っていた神器、ヴァーレンシアを握りしめ、フォードンは目を瞑った。
「……スキル『戦乙女化』」
フォードンの身体が目映い光に包まれた。そしてスキルの名の通り、身体が女性化し始める。
髪が伸び、真っ赤な長髪が腰まで届いている。身体は丸みを帯び、腰と太ももがやや太くなった。
胸が大きく膨らみ、服は背中と胸元が裂けて肌の大部分が露出している。顔つきは精悍な美少女になった。身体の傷も悉く癒えている。
「私は、貴族だ」
フォードンはヴァーレンシアをマリフィに向けた。スキル使用前に比べ、圧倒的な威圧感を放っている。
「権力を持つ者には、必ず義務が伴う。例え、男としての矜持を捨てようとも、我が領民は必ず護ってみせる!!」
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