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第50話

新たにブックマークを頂きました皆様、応援誠にありがとうございます。

 俺は久しぶりにクオーツカス家の邸宅に帰って来ていた。ケルンお父様から至急帰るようにと、早馬で知らせがあった為である。


 思ったより実家を離れていた月日が経っていないことに気がつく。体感としては、もう一年くらいは過ぎていたような気がするのだが。


 実家は思い出よりも小さく、暗い場所に感じた。故郷に帰ってきた安心感も無く、郷愁を覚えることもない。実際のところ、本当の意味で外界に出てはいなかったのかもしれない。


 クオーツカス家やケルンお父様を、俺は心の拠り所にしていたのだろう。自分自身でも気がつかないうちに。


 実家に戻ってきた感じがしないのはそれが原因だと思う。お父様に認められたいという思いが消えないうちは、親離れは出来ないのかもしれない。


 と思いつつも、俺はお父様に良い報告が出来ることを嬉しく思っていた。わずか十五歳にしてリハイヘヴン家の三倍の領土を得たのだ。今回呼び出されたのも、この件があるからに違いない。


 もちろん、カイゼット地方は全てお父様に献上する。辺境伯も勝手に拝命するつもりはない。この領土は俺だけの力で得たものではないからである。クオーツカス家があってこその俺だ。日本史で習ったように、九郎判官と同じ轍は踏まない。


 とはいえ、学園の一年生でここまでの活躍を見せる者も稀だろう。少しはお父様が褒めてくれるのではと想像すると、思わず頬が緩んでしまう。下らないスキルを授かった役立たずという汚名を返上出来るチャンスだ。


 ギイッと重たい音を響かせて扉が開くと、お父様が応接間に入ってきた。


「お久しぶりです。お父様」


 お父様は席につかず、ギロリと俺を睨み付けた。


「お前は、自分が何をしたのか解っているのか!」


 突然の叱責に面食らってしまった。褒められこそすれ、叱られるようなことはしていないはずだ。


「何か、ございましたでしょうか……?」


「お前が余計なことをしたせいで、リハイヘヴン家に迷惑がかかっているのだ! 領土を貰ったことで、リハイヘヴン家と魔王が繋がっていると疑念が持たれている。魔王と内通しているかのように誤解されれば、リハイヘヴン家の名声に傷がつくのだぞ?!」


 この人は何を言っているのだろう。名声? そんなつまらない物が何だと言うのだ。俺は身を挺して、ナホーティアやキングウェル王国を救おうとしているのに。


「よく事情が飲み込めないのですが、私はナホーティアの為に魔界へ行ったのです。貴族として恥ずかしい事は、何もしておりません」


「私に対して、言い訳をするのか?!」


 激昂したお父様に頬を張られた。何がなんだか訳が分からない。混乱のあまり、頬の痛みも感じなかった。


「お父様……?」


「出ていけ!」


「え?」


「今すぐにクオーツカス領から出ていけ! このままだと私まで内通を疑われてしまう! とはいえ魔王の要求を断るとテングレス様や私の面子が立たない。僻地のカイゼット地方なんぞくれてやる。辺境伯も勝手に名乗るが良い。ただし、もうお前は我が家とは無関係だ!」


 お父様はクオーツカス家の名前に傷がつくことを何よりも恐れているようだ。そんなにも高位の爵位が欲しいのだろうか。


「お父様! 話を聞いて下さい! 私は……」


「出ていけ! すぐに出ていけ! テングレス様も私の意見に賛成されているのだ! この無能め!」


 お父様がカップや椅子等を手当たり次第に投げ付けてくる。こうなると、お父様は手がつけられない。貴族にとって、父親の意見は絶対的なのだ。


 俺は呆然としながら立ち上がり、クオーツカス家の門を出た。



ーーーーーー



 目の前が真っ暗になる、という表現は言い得て妙だ。俺は暗闇を進むがごとく、何物にも目をくれず、ひたすら真っ直ぐ歩いた。


 クオーツカス家の屋敷の側には馬車を待たせてあるのだが、それを置き去りにしてただただ歩く。



ーー俺はどうしたらいいんだ?



 貴族にとって、家というのは何より大切な概念だ。貴族として生きていくには家同士の交流が不可欠。即ち家を追い出されるということは、貴族社会での絶命を意味する。


 しかし、俺にとって何よりショックだったのは、お父様の期待に応えられなかったことだ。


 前世では三十二歳だった俺も、この世界では十五歳だ。どうしても親への依存度合いは高くなってしまう。


 元々整理整頓スキルを授かった時点で、お父様は俺に失望していた。それは解っていたことだ。だけど、名誉は挽回出来ると信じ、言い付けられた執事の仕事も一生懸命にこなした。スキルや魔法の練習も頑張った。



ーー俺はどうしたらいいんだ?



 学園生として恥ずかしくない振る舞いにも努めた。闘技大会では優勝した。命を懸けて、狂化したナホーティアを間一髪の所で制止した。なのに、なのに。



「俺は、どうしたらいいんだ?」



 心の声が、いつしか口に出ていた。



「なあ、整理整頓スキルよ。俺はどうしたらいいんだ?」



『回答します。カイゼット地方に戻り自活していくべきです』



「そんなことは解ってるよ。あのさあ、俺はどうしたらいいんだ?」



『私は、マスターが満足する解を用意することは不可能です。私が行うのは思考の最適化。今のマスターは合理的な判断ではなく、情緒の安定を求めておられます』



「お前も解らないのか」



『……』



ーーーーーー



 ザクッ、ザクッ、ザクッ……



 俺の引きずるような足音が辺りに響く。


 もうかれこれ、数時間は歩き続けている。お父様に張られた頬が、今になって痛んできていた。ひどく殴られたらしく内出血している。



ーーもう、俺の帰る場所は無いのかな。



 足取りは重いが、前に歩き続けるしかない。立ち止まれば、やり場のない激情が逃げ場を失い爆発してしまいそうだ。だから、俺はひたすら歩いている。



 ザクッ、ザクッ、ザクッ……



 俺は、お父様やクオーツカス家に依存し過ぎていたな。価値観の拠り所を預けきっていた。貴族の下らない因習や、ちっぽけな家の面子に寄りかかっていた。お父様に褒められようと、子供っぽい夢を持ちすぎていた。


 俺はこれから、俺自身の道を進んでいくべきだ。でも……どんな道を進んでいくべきなのか。解らない。解らない。



 ザクッ、ザクッ、ザクッ……



『マスター』



 整理整頓スキルが語りかけてくる。珍しく、かなり感情が籠った話し方だ。元々柔らかい女性の声なのだが、いつもより一層優しさを感じさせる。



『マスター。私がいます』



 ザクッ、ザクッ、ザクッ……



『ナホーティア様がいます』



 ザクッ、ザクッ……



『キャロン様、リミュ様、リーフェ様がいます』



 ザクッ……



『学園の皆様や、魔王様、ミファイルトス様がいます』



 俺は歩みを止めた。


 

『マスターを待っている皆様がいます』



 涙が溢れてきた。



 こんな子供っぽい俺を。父親に勘当されて泣いているような俺を、待っていてくれるのか。


 皆と繋がっている絆が、はっきりと身体に感じられるような気がした。そしてそれは、俺にこの上ない安堵を与えた。俺の大切な居場所。愛すべき皆を護りたい。そんな思いが急に込み上げてきた。



「お坊っちゃま! 見~つけた♪」


 

 突然、後ろから抱き締められた。背中に当たる豊かな感触からして、キャロンに間違いない。普段は恥ずかしさのあまり振りほどいてしまうが、今日のキャロンの膨らみには、愛が詰まっているような気がした。感触がとても心地よく、安心してしまう。



「キャロン……」



「お坊っちゃま。私はお坊っちゃまに死ぬまでついていきます。先ほどケルンのバカ野郎に辞表を叩き付けてきましたので」



 首筋に当たるキャロンの吐息が少し荒い。長時間、急いで俺を探し続けてくれたのだろう。



「キャロン……」



「もう、何も言わなくて大丈夫ですよ。さあ、一緒にカイゼットへ行きましょう。私がずっと側にいるから、怖くありませんよ?」



 キャロンの微笑みが慈母のようだ。幼い頃に死に別れた母を思い出してしまう。俺の心が安らかさで満たされていく。


 しかし、このままではダメなのだ。


 俺を愛してくれる人がいるからこそ、強くなりたい。自分の弱さを克服したい。


 俺を愛してくれる人を護りたい。もっともっと強くなりたい。安心を与えられるだけでなく、何倍にもして返したい。




 俺はこの瞬間、お父様、そしてクオーツカス家と訣別した。


 ケルンを恨んでいる訳ではない。だが、次に再会した時は毅然とした態度を取るつもりだ。カイゼット辺境伯として、対等な貴族としての対応をさせてもらう。


 魔法とスキルの実力も、王国での地位ももっと向上させ、自分の弱さに打ち勝ち、ナホーティアや皆を護り抜いてみせる!



 振り向くと、ちょうど夕陽が沈もうとしていた。沈む間際の夕陽は、一瞬だけ、真昼の太陽よりも輝きを放つ。


 それはきっと、次に朝日として生まれ変わる為に力を蓄えているからに違いない。


 ひと度日が昇ればクオーツカス領どころか、キングウェル王国全体を照らす強い光を放つだろう。


 俺が流した涙は既に、乾いていた。



第3章はこれにて終了です。

次の話から、第4章に移ります。


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