第40話
レグシスレイト家の砦を出発後、俺達は数日間旅をした。魔界の太陽には黒い縁取りがあり、キングウェル王国よりも薄暗い。おぞましい瘴気をずっと肌で感じる世界だ。あまり長居をしたい所ではない。
幸いにも、最初に遭遇した牛の魔物以降、それ程強い魔物は現れていない。危なげなく撃破出来るレベルだ。
フォードンからリハイヘヴン家メンバーの取りまとめを任されて以降、俺は三人への監視を強めた。
とはいえ、ナホーティアはどうしようもない。暴走したが最後、圧倒的な実力の差がある為、俺達では止められないのだ。しかも、気分屋で魔物に興味を示さないこともしばしば有るので動きが一切読めない。
リミュにはひたすら説教を行うことで、ようやく大人しくなった。牛の魔物の生首も捨てさせることが出来た。渋々だったが。
リーフェには人間の言葉が通じないようなので、魔物が現れる度に軽い電撃を加えて行動不能にした。どんなに美少女であろうと容赦はしない。おいこら、涙目で俺をにらむんじゃない。自業自得というものである。
リハイヘヴン家の三羽ガラスが大人しくなったので、フォードンは初めの元気を取り戻していた。
「よし! もう少しでホーンズに着くぞ。ここには話の通じる魔族がいる。人間相手の店も少しはあるから食糧も買っていこう」
最初の目的地は、ホーンズという町である。
ホーンズには魔族が住んでいる。魔族とは知性が発達した魔物と考えてよく、言葉も通じる。キングウェル王国と魔界が交渉を行う時は、ホーンズにて魔族の外交官とやり取りをするのが常である。
「意外に遠かったわね……。魔王はどこにいるのよ?」
「魔王は魔界の最深部にいる。魔界の王だから、一番奥にどっしりと構えているのさ。ここ千年間は人間の前に姿を表していないようだな」
魔族は基本長生きだ。魔王ともなると、さらに長命なのである。千年前というと大魔導士ミファイルトスがいた頃だな。
「魔王は凶暴にして凶悪。人間に害悪をもたらす根源。ミファイルトス様により魔界の奥に封印されたと伝わっているよ」
ボルガドフがぼそっと呟いた。その瞳には、明らかに憎しみが灯っている。
「あの町はホーンズよね? なんか、雰囲気がおかしくないかしら?」
フェリーネの指摘通り、遠目に見えるホーンズの町が、黒い靄のようなものに覆われている。
「確かにおかしいな……。うん? 魔族が一人向かってくるぞ」
高く尖った耳に、額に生えた角。青白い肌。小柄だが、歩き方を見るとかなりの筋肉質のようだ。こちらを目指して真っ直ぐに歩いてくる。
俺達に近づくと魔族は被っていた帽子を取り、恭しく礼をした。
「お待ちしておりましたぁ。七列卿の次期当主の皆様。私は魔王様の使い、ヒドリーと申しますぅ」
魔王という言葉を聞き、俺達に緊張が走った。
「魔王の使いが、俺達に何の用だ」
フォードンが剣に手をかける。
「いえいえ、害意はありません。ただ、魔王様から皆様を『たっぷりともてなすように』と言付かっておりますぅ。うひひひひっ。さあ、こちらへ」
下卑た笑いを浮かべつつ、ヒドリーは俺達を案内する。
「ふん、上等だね。魔王のもてなしがどの程度のものか。僕のスキルで試してあげよう」
ボルガドフは鬼人化を半ば発動させつつ言った。案内された先で魔族の襲撃を受ける可能性が極めて高い。ヒドリーについていきながらも、俺達は警戒を怠らなかった。
ーーーーーー
「美味しーいっ。これ、何の食べ物かなっ」
「うむ、うむ。うまい! 魔界の料理がこんなに美味とはな!」
俺達はホーンズの町の郊外にある一軒家に案内された。大きなテーブルには美味しそうな食事が所狭しと並べられている。
ナホーティアとリーフェが料理にがっついている。しかし、その他のメンバーは警戒を一切緩めていない。フォードンに至っては、剣に手をかけたまま席に着こうとしない。ボルガドフも、ヒドリーを睨み続けている。
「うひひひひっ。魔王様ご指定の最高級食材を使ったフルコースでございますぅ。美味しゅうございますかぁ?」
「うむ! 最高だっ!!」
リーフェがサムズアップする。狂化しているナホーティアはともかく、こいつのテンションの高さは何なのか。
「他の皆様はお食べにならないのでしょうかぁ? 困りましたねえ……私が魔王様に怒られてしまいますぅ。うひひひっ」
「ねえ、ケイブ。もしかしてさ……私たち、文字通り『もてなされてる』のかなぁ?」
リミュがひそひそ囁いてくる。俺も、そんな気がしてきたところだが……。
「いや、まさかな。魔族の頂点、魔王だぞ?」
「そ、そうよねえ……」
すると、突然ヒドリーが高らかに笑い出した。
「うひひひひひひひひひっ!! 皆さまぁ。大変長~らくお待たせを致しましたぁ。我らが魔王様が、皆様に『ご挨拶』をしたいと仰せですぅ」
ナホーティアとリーフェを除いて、俺達は一斉に席を立ち、戦闘態勢に入った。
ガチャリと、静かにドアが開き、入って来たのは三メートルを超す体躯の持ち主。
漆黒の鎧に身を包み、悪魔の様な羽を折り畳んでいる。目は縦長のものが三つ。耳はヒドリーよりもさらに高く聳え立っている。口は耳まで大きく割け、鋭い刃のような歯が覗く。
俺達は、奴のそんな見た目よりも、はっきりと気配で感じ取っていた。禍々しい瘴気。経験したことのないプレッシャー。部屋から溢れ出る程の魔力。暴力的なまでに突きつけられる、実力の差。
間違いない。
こいつは、魔王だ。
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