第39話
牛の魔物がこちらに向かって突進してきている。距離は約三十メートルといったところだ。
「総員、戦闘態勢! 見たところかなり強力な魔物だ。まずは敵の出方を伺い、遠距離魔法を……」
フォードンが言い終わらないうちに、目にも止まらぬ早さで魔物に向かっていく者が一名。
「あははははっ! まもの! まものだっ!」
ナホーティアだ。恐らく今は狂化令嬢になってしまっているのだろう。フォードンの指示など全く意に介さず突っ込んでいく。
「お、おいこらっ! 勝手な行動は……」
「ナホーティア! 抜け駆けはダメなんだから!」
リミュが続いて突撃する。指揮系統がめちゃめちゃだ……。
「お前達! 命令違反は許さん!!」
怒りのフォードンが二人の後を追いかけていく。
俺にはこの後の展開が手に取るように解った。ナホーティア、リミュに触発されたリーフェが水魔法『ウォーターストライク』をぶっ放すという流れである。リハイヘヴン領にいた時の経験で、リーフェの性格は完全に把握しているつもりだ。
ふとリーフェを見ると、既に魔法の発動体勢に入っていた。いかん、早く止めなければ。
「おい、リーフェ! 魔法は使うなよ! フォードンの指示が無い限り、勝手な行動は慎め!」
「了解した!」
先手を打っておいてよかった。これ以上フォードンを困らせる訳にはいかない。既に、リハイヘヴン家メンバー四人のうち半数がご迷惑をおかけしている状況だ。
「行け、ウォーターストライク!!」
はい。半数から四分の三になりました。リーフェは人間の言葉が通じないのだろうか。ドヤ顔で魔法を放っている。
「って、お前は話を聞いてたのかっ?!」
「ぎゃふんっ!」
すかさずリーフェの脳天にチョップをお見舞いして魔法を止めようとしたが、水魔法は既に発射されていた。ウォーターストライクとは、敵が牡の場合、股間を地の果てまで狙う水の白鳥である。
「あはははっ! 牛さん、あーそぼっ!」
ナホーティアのパンチ一発で、牛の身体が爆散した。リミュは既に事切れた牛の首を切って持ち帰ろうとしている。自分の部屋の生首コレクションに加えるのだろう。というか魔界にいる間、ずっと生首を持ち歩くつもりだろうか……。
フォードンはと見ると、股間を抑えて地面にうずくまっていた。どうやら魔物を倒されて行き場を無くした白鳥が、なぜかフォードンを攻撃したようだ。
「リーフェ、お前何てことしてくれてんだよ……」
「死地にいる仲間を見捨てることなんて、私には出来ないっ!!」
意味不明な見栄を切るリーフェ。容姿は良いので様になっているのが逆に腹立たしい。
「その代わり、フォードンが死地に立たされてるだろうが! お前の魔法のせいで!」
「ぶっちゃけ、私はあいつに敵意を持っているからな。どうかすると、その辺の魔物よりも」
うん。こいつはもうダメだ。
よろよろとこちらに向かってくるフォードン。股間を抑えつつ、もう片方の手を俺の肩に置いた。
「卿を見込んで頼みがある……リハイヘヴン家の連中を、まとめてくれないだろうか」
あわれなフォードン。「嫌だ」とはとても言えない。
フォードン親衛隊の万歳斉唱が、いつまでも虚しくこだましていた。
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