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第29話

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 ナホーティアの手からポタポタと血が滴る。その血を、ナホーティアが啜る。


 狂化スキルの影響により全てのステータスが十倍化される代わりに、理性が失われ狂暴性が増している。


「ナホーティア、やめろっ、そのスキルは使うな!!」


 ナホーティアには、もう仲間の言葉は届かない。


 狂化が発現したナホーティアの心を占めているのは誰かを護りたいという思いではない。破壊、殺戮、蹂躙だった。


「ころすっ……みなごろしっ!」


 ナホーティアの瞳が怪しく光る。身体中に古代文字が浮かび上がっている。服装も変わった。木の枝のような物が身体中に巻きつき、肌の露出がかなり高い衣装になっている。狂化スキルと共に封印されていた呪術士のスキルだ。狂化スキルが目覚めると共に、呪術士も解放されているのだろう。


『縺。繧翫→縺ェ繧後→縺薙@縺医�繧�∩縺ォ縺翫■繧�』


 ナホーティアの口から紡がれたのは、現代の言葉とは似ても似つかない、不気味な詠唱だった。恐らく古代の言葉なのだろう。ワイバーンの一匹が、木っ端微塵になって砕け散った。


 残りのワイバーンは一目散に逃げ出した。ナホーティアは身の毛のよだつ笑みを浮かべ、次の呪文を唱える。


『縺オ縺励g縺上○繧医″縺輔∪縺ョ縺九♀縺ェ縺ゥ縺ソ縺溘¥縺ェ縺�』


 残る全てのワイバーンが、一瞬のうちに身体が腐食し殺された。半ば液体と化した遺骸が異臭を放っている。



「あははっ……あはははははははははははははははははははははははっ!!!」



 ナホーティアとは思えない声量で、不気味に笑う。まるで、楽しくて楽しくて仕方がないというように。


 雨は激しさを増し、暗がりが辺りを包む。日中だというのに月が怪しく輝きだした。空気もかなり冷え込んでいる。


 まるで、王国そのものが警戒をしているようだ。千年前、王国を滅亡直前まで追い詰めた狂化と呪術士のスキルに対して。


 今やナホーティアに聖女の面影は欠片もない。残酷なる狂女の雄叫びは、キングウェル王国に対する宣戦布告のようだった。


「ハエが……あと一匹!!!」


 フェリーネが隠れている方向に向けて、手を翳した。


「やめろ! ナホーティア!!」


 俺がナホーティア達の元に辿り着いたのは、まさにその瞬間だった。


 ぐるん、と首だけ俺の方に向けたナホーティア。眼の輝きが人間の物ではなく、まるで魔物のようだ。


「あははははっ!……お前はっ!……ケイブ、くん……」


 俺を見ると、ナホーティアの眼だけは元の優しい眼に戻った。しかし、血の涙とおぞましい笑顔は変わらない。


「あははっ、あははっ、ケイブくん……ケイブくん……わたし……わたしっ……」


 笑顔が泣き顔に変わった。途端にナホーティアはその場に崩れ落ちた。


「ナホーティア!!!」


 リミュ、リーフェ、俺が駆け寄る。ナホーティアはついに越えてはいけない壁を越えてしまった。忌まわしい狂化と呪術士のスキルが解放されたのだ。


「いったい、どうすれば……」


 スキルが解放された以上、ナホーティアの人格にも大きな影響を及ぼすだろう。このままでは、歴史に名を残す程の極悪人になってしまいかねない。最早、一刻の猶予も無いと言えた。


「魔界に、行こう」


 狂化と呪術士のスキルは元々魔界からやって来た物だと教会長が言っていた。事態の解決の為には、魔界に行かねばならないだろう。


 雨は激しさを増し続けていた。月は煌々と輝き、不気味な冷たさを孕んだ風が唸り声をあげる。


 ナホーティアと俺達の朧気な行く先を、この不気味な月が照らしているかのようだった。



ーーーーーー



「……化物めっ!!」



 ナホーティアに手を翳された時から、フェリーネは一目散に逃げ続けていた。冷や汗が止まらない。ケイブが来なければ、確実に殺られていた。


「だが、ナホーティアの秘密をこれで掴んだ!! あれは、間違いなく狂化と呪術士のスキル! これが露見すれば、ナホーティアは処刑。どんなに軽くても国外追放は免れない! きゃははははっ!」


 フェリーネは死の危険から逃れた安心感と勝利への優越感で笑いが止まらなくなっていた。あとは、権力者である父親にでもこの事を密告するだけだ。それでナホーティアは終わる。ケイブを始めとする寄子達も没落の一途を辿るだろう。



 ぴゅんっ



 まるで鞭で優しく叩いたような、軽い音が響いたのはその時だった。


 フェリーネの両足が胴体から離れる。フェリーネは顔から地面に突っ込んだ。


 フェリーネが感じたのは、まずは驚き。次に両足が切断された痛み、そして最後に、目の前に立ちはだかる人物に対しての恐怖だった。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 その全てが混じった感情を込めて、フェリーネは叫ぶ。しかし、眼の前の青い瞳は冷たく、氷のように動じずフェリーネを見つめている。


「心配はしないで下さいませ。その両足は後で繋いで差し上げます。ただ、お坊っちゃまに危害を加えようとした事は、絶対に許せません」


「お、お前は何なんだ! 何の為に、こんなっ!!」


 その人物とは、キャロンだ。身体のラインが浮き出た黒いボディスーツに身を包んでいる。金髪をいつものようにポニーテールに纏めているが、表情は冷酷そのものだ。フェリーネの質問には答えず、言葉を続ける。


「あなたには、その罪を生涯償って頂きます。お坊っちゃまの忠実なる下僕として。金も、権力も、心も、身体も、全てを捧げなさい」


「金髪碧眼、黒衣に身を包んだ眉目秀麗の暗殺者……お前は、まさか血水のキャ……」


 キャロンの唇が淡く桃色に色づいた。そのまま、フェリーネに優しく口づけをする。


 フェリーネは始め抵抗していたが、やがてキャロンに身を委ねた。はだけた胸元には、桃色に光る紋章が現れていた。


「私のスキル『隷属』を受けた者は身も心も私の虜になる。フェリーネよ。これからはお坊っちゃまの奴隷となりなさい」


「はい。愛しいご主人さま」


 フェリーネは恍惚とした表情を浮かべて頷いた。


「うふふ、良い子ね。では、ご褒美をあげましょう」


 キャロンの手がフェリーネの首筋を優しく撫でる。


 切断された足の痛みも忘れる程の歓びで、フェリーネは微かな嬌声を上げた。

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