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番外編2 沢渡龍也の場合

俺の奥さん__夏美との出会いは、別に慰安旅行の時ではなかった。


あの様子だと、夏美は絶対に覚えてない。


それだけ昔の俺は記憶に残らないほど存在感なかったかな、とか思ってしまう。


本当の出会いは、入社式の時。


俺達の働くDRWは大きな会社だから、多くの地域から人が来ていた。


実際に、同期と言っていい人は100人は超えていたんだと思う。


俺らの支部でも、30人近くは居るんだから、単純計算でも100人は超えている。


隣に自分の支部に行くことになる人が来ることはかなりレアなくらいのその場所で、


俺の隣が、まだ初々しさ残る、可愛い女の子だった。


大人しそうでいて、芯の強そうな雰囲気を醸し出してた彼女に、ちょっと気になっていた。


「あの、すいません」


その子が、俺の方を向いてそう言った。


え、俺かな?


この子、もしかして、俺のこと気になって話しかけてきたのか?


俺から話しかけるような相手しか、今まで好きになったことがない。


俺から話しかけなくても人は寄ってくるから、別に人間関係でも困ったことない。


___ああ、この子も他の子と同じかな。


そんなことを思いながらも、笑顔を取り繕って俺は応対した。


「どうしました?」


「あの、


あなたのシャツが…」


そう言って指差した先では、シャツがジャケットから中途半端に飛び出していた。


何、このダサい呼び止められ方は!


…恥ずいな!


そんなことのために話しかけられたなんて思っても無かったから、俺は自意識過剰で恥ずかしくて死んでしまいそうだった。


「可愛いですね、そういう反応」


その子はそう言って笑った。


…可愛い。


その時の笑った顔に、久々に心を動かされた。



話していくうちに、その子が同じ支部の子だったとわかって、話がそれなりに続いた。


「それにしても長いですよね、待ち時間」


入社式で集合時間に合わせてきたはずなのに、一向に式が始まらない。


「そうですね…なんか問題でもあったんでしょうね」


その女の子はそういいながら、チャットを開く。


いくら始まらないからと言って、そう堂々とスマホいじるのか…と驚いたけど、あまりにも自然な動きで何も言えなかった。


「あ。


友達曰く、偉様が時間間違えたから遅いってことらしいですよ」


そんなことあっていいんですかねぇ、とか言ったその子は、にやけ気味でチャットをしていた。


「その友達も、同じ支部なんですか?」


「あ、はい。そうなんですよ。インターンの時に仲良くなった男の子です」


今思えばその相手は藤本だったんだけど、俺は誰なのかとかちょっと気になっていた。


でも、この頃の俺には大学院のうちから付き合ってた彼女がいた。


だからか、俺は別にアクションを起こすことなく、結局名前を聞くことも出来ずに終わった。


「また、会う時があれば」


そんな言葉を残して、彼女と俺の出会いは終わった。








「龍也君ってさ、私から会いたいって言わないと会ってくれないし、つまんない」


彼女に言われた言葉は、歴代の彼女にも毎回言われた言葉だった。


「俺も忙しいし、構ってられない」


彼女だから大切にしてるつもりだけど、わざわざ手を出すことも、俺からはしたことは…あったっけ。


簡単に言うと、来るものは拒まず、去る者は追わず、といったところか。


「…龍也君はそうやって言い訳してばっかり。


自分の好きなバンドのライブには喜んで連れていくのに、私が連れて行ったところで喜んでくれたことなんてあった?」


…うーん。


「どうだっけ…?」


「付き合い始めて3ヶ月なのに、こんな風なんて…」


そうだ、この子と付き合い始めた頃は修論の締め切り前で結構忙しかったし、あんまり遊んでなかったよな。


でも、だからといってこの子と遊びたいとは、あんまり思わなかった。


頭の端に残る、入社式の時の子。


その子が頭に思い浮かんだら、もうどうでもよくなってきた。


「…朱音あかねは、俺に何して欲しいの?」


「私に会いたいって、言ってよ…


私に、構ってよ!」


…失礼なのはわかってるけど、俺も朱音にそこまで執着がなかった。


「それが望みなら、俺は叶えられない」


「どうして…!」


「我慢できないなら、俺達別れた方がいいと思う」


「…いっつも、そう。


龍也君といると、私達が付き合ってるんじゃなくて、私が一人で恋人やってるみたい」


朱音は泣き始めた。


…ごめん、俺、そこまで君のことを愛せなかった。








入社式の時の子に次に会ったのは、俺が朱音と別れてから数週間しか経ってない時だった。


「あ」


そんな俺の声は、彼女には届かない。


彼女は俺の大学の頃の研究室の後輩、藤本と話してた。


「ふじもんさぁ…童貞だってあんなにみんなの前で言う必要なかったのに…」


「だから、あの時は酔ってて…!


ってか、今何気に俺の汚点を広めてね?」


仲良さそうに話してるのを見て、俺も入っていきたかったけど、


折角楽しく話してる時に他の人が入ってくることの不満はわかるから、敢えて見てるだけにしていた。


____へえ、あんな顔するんだ。


その子は楽しそうに笑っていた。


その笑顔、俺に向けてたら。


…って、俺、何考えてるんだよ。


「沢渡〜!そろそろ戻れよ〜」


当時の上司、大脇さん___今となってはセクハラで追い出された男___のそんな言葉で我に返って、俺は仕事に戻った。


____その後、新入社員の一覧が顔写真付きで部報に載っていた。


『北川夏美』____


彼女の名前を、それで知った。







北川さんは、藤本の部署に配属されていた。


俺は北川さんの顔を見ておきたくて、同期であり同じ大学出身の橋下とか藤本に会いに来るという口実で、頻繁に出入りしていた。


「沢渡さ、いい加減俺らの所に来る理由教えてくれてもいいだろ?」


橋下はおしゃべりだし、何でも他の奴に広めるから絶対に話したくない。


「橋下達と会いたいだけだよ、営業の上司が面倒だし」


「そんなこと言ってるとホモと疑われるぞ?」


ホモだと北川さんに思われたくないな、とか思ってたけど、それ以前に北川さんは俺に気付いてないどころか、興味がなさそうだった。


____何でこんなに振り向いてくれないんだ…?


こんなに自分に自信がなくなったのは初めてだった。


北川さんは、暇さえあれば藤本と話してる。



_____そして俺は、ある時気付いてしまった。


2年とちょっと、彼女を見てきたからわかったのかもしれない。


北川さんの好きな人って…


藤本なんじゃないかって。


そう知ってからは、北川さんは普通にしてても俺のことなんて興味持たないと、思い知った。








まずは友達から、とか考えた俺は、慰安旅行で仲良くなろうと思って、藤本を頼った。


藤本は嫌な顔をしたのがわかったけど、それでも、北川さんとの繋がりがほしかった。


そして手に入れた、バスでの北川さんの隣の席。


そして話してると、IMITATORが好きだと知って、余計俺は運命だと思った。


…あれ、俺ってこんなに積極的だったか?


そんな疑問も、どうでも良くなっていった。


借り人競走で、『趣味が一緒の人』なんて出たから、北川さんと出来るだけ一緒にいたくて、他にも思い当たる人はいたけど、北川さんを呼んだ。


こうやって関わっていけば、仲良くなれるよな…?


手応えのなさに、正直不安になる。


「沢渡さん〜」


宇佐美だ。


俺は基本的にどの部署でもある程度の話せる女の子がいる。


宇佐美のタイプは、ものすごく積極的に来て、避けるより軽くあしらった方が面倒ごとがないって知ってたから、向こうに言われるがままに俺だけタメ口で、苗字の呼び捨てにしていた。


そんな俺と宇佐美さんの会話を、一瞬だけ北川さんは見ていた。


俺のこと、気にして…?


そんな期待も虚しく、サッサと彼女は自分の座ってた所まで行ってしまった。


その時に北川さんのポケットに入れたチャットのIDを書いた紙が、役割を果たす前に捨てられるなんて、俺でも予想できなかった。








その後、俺の努力で何とか仲良くなり始めた。


どんだけ、北川さんの鉄壁を打ち破るのに苦労したか、わかるか?


本当、どうすれば誘っても断られないかとか、色々考えまくって今があるんだ!


時々、会社の中でも話しかけてくれる彼女は可愛すぎて、そんな努力なんて大したことないなんて思えてくる。


とか、そんなことを考えてると、目の前に北川さんが。


でも、いつもに比べてかなり落ち込んでいた。


聞いてみると、よくないことが起こりすぎて落ち込んでるだとか。


聞いて欲しそうな顔をしていて、俺が聞かないと誰が聞くんだ、なんて使命感に駆られて、サシ飲みは決まった。



______その後、本気で酔った北川さんを見ることになるなんて、思ってもなかった。


「それで、もうなんか、どうでも良くなっちゃってさぁ…」


そう言いながら、泣きそうな顔でウイスキーのソーダ割りを一気飲みしてる北川さんは、いつもとは様子が全然違っていた。


俺はまだあんまり飲んでない。


酔った勢いで話したことなのか、自分の好きな人(藤本)に実は彼女がいたことも簡単に話していた。


…恋心も、俺に知られてもいいとか思われる程度に、眼中にないのか…?


ショックを受けない訳がなかった。


藤本に彼女がいたことも、俺の顔色を変える理由になったのは間違いない。


「はぁ…至福…ずっと沢渡さん見てたいわ…」


眠りそうな彼女がトロンとした目で俺の方を見て、そんなことを言うまで、ショックの方が大きかった。


…あれ、俺、幻聴でも聞こえた?


俺の顔をずっと見ていたいなんて、そこまで言われたことはない。


俺の顔が好みだとか言ってたのは知っていた。


でも、それ以上の気持ちとか、多少は俺に向けられてる…?


「___北川さん、その言葉、そのまま受け取っていいんだよね…?」


俺のそんな言葉に、北川さんはジッと俺の顔を見る。


そしてフンワリ笑う。


…こんなに可愛い北川さんに、つい、本音が漏れる。


「俺のこと、ずっと見ていていいから、ずっと俺の隣に来てよ」


俺のシャツが、北川さんに掴まれる。


北川さんの唇に触れた___とか思ったら、そのまま舌が俺の口に入る。


「はぁっ…ん…」


酒の苦い味が、俺の口に広がる。


エロい声が漏れながら、俺の口を貪るようにキスする北川さんに、俺は酔いそうになった。


「…あの、お客様?」


しまった、ここは居酒屋。


名残惜しかったけど北川さんを俺から引き剥がして、寝てるのかフラフラな彼女を連れて、俺の家に連れていった。








北川さんは、あの後のことを何も覚えてなかった。


何なら、その後逃げられた。


完全に、ヤり逃げみたいな感じだ(ヤッてはないけど)。


そして一応告白っぽいことはしたけど、「わかった」しかいわれてない。


____濃厚なキスだけ残したのに。


そんなことを思っていると。


「さ、沢渡さん…?どうしたんですか?」


古道だった。


ここ最近、俺が北川さんに好意を向けてるのを隠さなかったせいか、俺に言い寄ってくる人が極端に減っていた。


でも、古道は、完全に俺狙いなのが見え見えだった。


こういうタイプはめんどくさい。


悪い人じゃないかもだけど、この歳にまでなって恋愛慣れしてない人は他のことが見えなくなって、何をするのかわからない。


北川さんも、古道の様子が変とか言ってたし、あんまり関わりたくないのが本音だ。


でも、そんなことを言ってられないのが大人の世界だ。


「何でもないですよ」


「そうですか?


…私、話聞きますよ」


「いや、本当に大丈夫ですから」


「で、でも」


中々引き下がろうとしない古道。


「…あの、私って、そんなに頼りないですか」


そんなこと言われても。


「私…沢渡さんと仲良くなりたいんです…


北川さんとはタメ口で話してるのに、私にはダメだったりするんですか?」


こういう言われ方は嫌だ。


これで、北川さんだけ特別扱いみたいなことになれば、この人は北川さんに言うだろう。


逆に、タメ口になると近づいてくるだろう。


…仕方ない。


「…じゃあ、タメ口でいいよ、俺もそうするから」


古道のパァッと喜んだ顔に、俺は多少なりとも罪悪感が芽生えた。



この後、古道は俺のいる所に何度も遊びに来ては、一緒に居させてと言ってくる。


毎回断ってたのに、古道が怪我して可哀想だったから助けてる時に北川さんに遭遇して、最悪な時を見られた、と思ったのは流石に忘れられない。








「…龍也さん?」


あれ、俺…


目の前には夏美の顔があった。


知らぬ間に寝てたらしい。


…昔の、夏美を追いかけてた頃の苦労した記憶を辿ってたせいか、夏美がいつもより愛おしく思えた。


「ちょ…何するの」


「夏美補給」


「…いいよ、いくらでも補給して」


夏美がデレてる…?


夏美を抱きしめてた腕に力が入る。


「…夏美」


「何?」


「もう文哉ふみやももうすぐ1歳だし、そろそろもう一人欲しくない?」


「え」


息子はスヤスヤ寝ている。


「で、でも…」


「俺、今度は娘が欲しい」


夏美みたいな子どもを、目一杯可愛がりたい。


「…私も、いつかは欲しいかな?」


「何、その曖昧な返事」


「だって…」


戸惑ってる夏美の口に、キスする。


「一緒に育てれば、大丈夫だから」


「…う、ん」


戸惑いながらも、夏美はちゃっかり俺の首に手を回していた。




fin.

次回の更新は8月14日です。

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