第十七話 狂愛
お待たせしました!!
題名変更
熱愛ー>狂愛
「アリエネエ……」
俺様が……クソガキ一人に恐怖するなんざ…!!
あっていいわけがねえ!!
自然に大斧を握る手に力がこもる。
こうなったら、徹底的に…やってやるよ。
暴走状態になっちまうがやむを得ねえ…。
肉も…!! 血モ…!! ホねモ!! ナニヒトツノコラズ!!!
──ケシサッテヤル!!!
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
◆◆◆◆
自身へと、肥大化した筋肉を鎧のように纏っていく豚。
怒りに我を忘れ、大斧をまるで棒きれを振るうかのように振り回す姿は…人を超越した存在だと再認識するには十分。
だけどその姿を見てなお、僕の心に焦燥や絶望の感情は湧かなかった。
あるのは、病的なまでの殺意と気絶している幼馴染みへの焼け付くような思いだけ。
新しい体の使い方は何一つわからない。
でも、そんな些細な事は全く関係ない。
ただ目の前に立つ、意思無き怪物を殺せればそれでいい。
何時の間にか手に持っていた、槍のような武器を構えて…僕の体は走り出した。
初めはゆっくりと、徐々に徐々にスピードを上げ…怪物との距離を詰めていく。
「シネェエエエエエエエエエ!!!」
地を揺るがすような怨嗟の声と共に、驚くべき速度で放たれた数多の斬撃、だけど──
見える。
半妖となった影響か、その斬撃の描く軌跡が止まったように見える。
ソレに触れないよう、僕の体は一人でに動いて躱し続ける。
そして…見事、奴の懐へと潜り込み、がら空きの横腹へと流れるような回し蹴りを放った。
「グォオ…!! ゴハァ…!?」
何とその蹴りは硬質化した筋肉の鎧をいとも簡単に砕き割り、その巨体を真横に吹き飛ばした。
「ゲハッ…ハアハア…。 ガァアアアアア!! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス───コ、コロスゥゥウウウウウウウウウウ!!!!」
鎧ごと肉を穿たれた横腹から大量の血と贓物を撒き散らしながら、狂ったような咆哮をあげながら突進を仕掛ける怪物──狙いはもちろん僕だ。
巨大な黒き砲弾とでも形容すべき肉の筋肉の塊が、驚異的なスピードで地を揺らしながら迫ってくる。
当たれば即死、擦っても即死、だけど僕は避けようとはしない。
今なら確実に殺れる。
そんな確信があった。
「シネェエエエエエエエエエ!!!」
迫る砲弾、僕は自分の直感を信じて、手に持った武器を上段に構える。
殺意溢れる砲弾は間合いには入ってはいない──にも関わらず僕はソレを静かに振り下ろした。
「【宵鴉〈炎の型〉】」
瞬間、視界が黒に染まった────。
◆◆◆◆
戦いが終わって数刻、真っ黒だった空が明るみをみせ始める。
長い夜は終わり、新しい朝を迎えた。
土と肉が焼き焦げた、据えた臭いが鼻をつく。
未だに黒い炎に蝕まれ炭化しきった巨大な肉塊が視界に映る。
戦闘が終わると同時に消えた謎の武器や右の肩甲骨の違和感も気になるし、ボロボロだった服が再生した意味もわからないけどそんなことは後だ。
「ミリィ…!」
最後の攻撃で、魔力を使い切ったせいか意識は少し曖昧だし、足取りも重い…だけど…!!
僕は、一歩、また一歩と足をミリィの元へと運び続け、力無く大樹に背中を預けている彼女の肩を揺する。
「起きなよ、ミリィ…朝だよ?」
女の子らしい、小さな肩を揺らしつつ、優しく声をかける。
今でもたまに、朝が弱いミリィを…よくこうやって起こしてる。
「ん…んッ…」
やがて静かにその小さな目蓋が開き、焦点の合わない目が僕の顔を捉える。
「…っ!…おはよう、ミリィ」
目があったからか…一瞬、心臓がドキリと跳ね上がった。
徐々にあう焦点、目の前にいるのが僕だと認識したミリィは「アル…君?」と呟いた後──
「アル君!!!!」
「カハッ!?」
唐突に強烈な抱擁を僕の懐にかましてきた。
思わず尻餅をつく。
「ミ…ミリィ、どうし─「よかったぁ! アル君、生きてたぁ!! よかったよ~! うわぁあああああああん!!! アル君~~~~」……勝手に殺さないでよ」
涙と鼻水で綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしながら、堰を切ったように胸元で泣きわめくミリィを見て、僕は苦笑を浮かべる。
ああ、そっか…。
僕が死んだと思ってたのか。
まあ、ミリィから見たら僕が攻撃くらってゴミみたいに吹っ飛んで、そのまま川へ”ちゃぽん”だもん。
無理もないよね。
再生して真っさらな服に体液を擦り付けられるのはちょっと嫌だけど…しばらくは好きにさせてあげよう。
◆◆◆◆
「グスっ、ヒグッ…えぐッ」
「どう? 落ち着いた?」
泣き続けること数分、遂に涙が枯れたのか嗚咽の音だけが聞こえるようになったのを見計らって声をかける。
顔をあげるミリィ、涙で濡れた頬はほんのりと赤い。
「うん…落ち着いた。…本物だよね。アル君?」
「うん。本物だよ」
潤む瞳にドギマギしながら、苦笑を返す。
ミリィは、「そっか、良かった」と笑った。
その笑顔に心音が跳ね上がる。
…冷静になれ、僕。
と、心の中で精神統一を試みていると、何かに気づいたミリィが先程よりも頬を赤く染めて、言った。
「あ、アル君…その……。 ……腕が…ゴニョゴニョ」
最後の方はか細くて聞こえにくかったけど、
腕…?
……てっ!!?!?
「っ!? ゴメン、ミリィ!!」
怪訝に思って、自分の腕の位置を見てみればいつからそうしていたのか…両手をミリィの腰を回るように繋ぎ、ミリィを抱き締めているような格好になっていた。
自分が無意識で行った行為に頬が熱くなるのを感じながら、慌てて手を放す。
それを待っていたのか、地面に手を付き勢いよく起き上がるミリィ。
「「・・・」」
互いに向き合い、訪れる静寂。
自然と僕は赤くなった頬を隠すように俯く。
うう…恥ずかしくて死にそうだ。
彼女への気持ちを意識してるからか、いつもは普通に行えるスキンシップも今は毒でしかない。
作り笑いも出来ない…。
昨日みたいな、モヤモヤしたものでは無いけど、変な気持ちだ。
自分が自分じゃないみたいで──
「ア、アル君ッ!!」
その時、一転変わって元気のいい呼び声が対面から聞こえたので思考を中断して視線を向ける。
「あ…えっと、その……アル君に伝えたいことが…」
人差し指をツンツンしながら、こちらを覗うミリィ。
補正でもかかってるのかな。
そんなミリィがスゴくかわいいや。
ソレはそうと、伝えたいことなら僕にもある。
「僕も、ミリィに言いたいことがあるんだ」
「え? アル君も…? な、何?」
その言葉は、自然と口から飛び出した。
「大好きだよ…ミリィ」
硬直するミリィ。
よほど僕の言葉が衝撃だったのか、理解が出来ていないみたいだ。
ゆっくりと僕の告白を脳内で咀嚼するミリィ。
そして、言葉の意味を理解したのか、瞬間的に顔を真っ赤に染め上げ、あたふたし始める。
「へっ? え、 …ええええッ!!? アル君が私の事を!? す、ススススススキ!!?!? ででで、でもアル君には婚約者さんが…って、何で笑うの!? アル君!?」
わかりやすく狼狽するミリィ。
その反応が新鮮すぎて、思わず笑ってしまった。
「ごめん、慌てるミリィもかわいくって……って、ミリィ!?」
今度は僕が狼狽する番だった。
突然、ミリィが僕の体にもたれかかってきたからだ。
伝わってくるミリィの体温、涙に濡れていたさっきとは違ってとても温かい。
柔らかい、太陽のような暖かみのある香りが鼻腔をくすぐる。
心臓は熱いロウを流し込まれたかのように、絶えず高熱を帯び、ドクドクと絶え間なくリズムを刻む。
顔が熱い。
熱に浮かされたみたいに、思考が出来なかった。
そんな僕を余所に、ミリィは口を開く。
「嬉しい!! 嬉しいよ! アル君!! わ、わたしも…アル君の事は、す…スキだった! でも、あの日──アル君から婚約の話を聞いた時、わたしはアル君と幸せになれないんだって思って……それで、悲しくって泣いて、でも婚約の話はおめでたい事だし…アル君を応援しなきゃって…そう決めたんだ。だけどやっぱり──」
そこで一端言葉を止めるミリィ。
僕の思考は既に止まって、彼女の言葉全てを理解しきることは出来なかった。
でも…それでも、自分がどうすればいいのか…何をしたいのかだけはわかった。
彼女はもたれかかった体をゆっくりと起こし、言った。
「──アル君のこと、大好き♪」
「ミリィ…」
その言葉と笑顔に、僕の心臓は沸騰する。
僕が最も好きな彼女の笑顔。
天真爛漫を絵に描いたような笑顔。
いつも僕の隣で太陽のように照らし続けてくれた笑顔。
僕が死に際に欲して止まなかった、ミリィの笑顔は次瞬─────────────────────
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──────────────────────────────宙を舞った。




