ファミレス・ミーティング
「――で、なぜ高校生といえばファミレスなんですの?」
放課後。
改札を抜けてすぐの駅前大通り、巨大な看板を掲げたファミリーレストランの自動ドアをくぐりながら、麗が胡散臭そうに眉をひそめた。
腰の名刀こそロッカーに預けてきたものの、仕立ての良い制服とピンと伸びた背筋は、庶民のオアシスたるファミレスの空気感から完全に浮いている。
「うらっち、マジで何言ってんの!? 高校生が集まって駄弁る場所っていったらファミレス一択っしょ!」
かりんがピンクのインナーカラーを跳ねさせながら、慣れた足取りで禁煙席のボックスシートへ滑り込む。
天女はおっとりと微笑みながら、私の隣に腰掛けた。
「ふふ、私はこういう賑やかなお店、とても好きですよ。メニューもたくさんあって楽しそうです」
「まあ、天女がそうおっしゃるなら構いませんけれど……。わたくし、このような場所で食事をいただくのは生まれて初めてですわ」
おずおずとメニュー表を開いた麗が、次の瞬間、アクアマリンの瞳をこれ以上ないほど見開いて硬直した。
「……な、なんですの、この価格設定は!? 『ミラノ風ドリア・三百アトラスクレジット』!? 桁が二つほど抜け落ちているのではなくて!?」
「抜け落ちてないよ、うらっち。それが神の味、ミラノ風ドリアの適正価格だから」
「信じられませんわ……我が家の朝食のスープ一杯分にも満たない金額で、温かいドリアがいただけるなんて……アトラスの陰謀か何かのですの!?」
「陰謀って……」
思わず苦笑いが漏れる。
財閥令嬢の世間知らずっぷりは相変わらずだが、目を白黒させてメニューを凝視している姿は、普段のツンとした態度とは違って年相応に可愛らしい。
「あ、麗ちゃん。注文用紙に番号書いたら、ドリンクバー頼むならこれ使ってね。アプリのクーポンで百クレジット引きになるから」
私がスマホの画面を見せると、かりんが盛大に吹き出した。
「ぶっ! おっきー、クーポンとか用意周到すぎ! 所帯じみすぎててマジウケるんだけど! 主婦かよ!」
「笑わないでよ! 百クレジットあれば、スーパーで納豆が二パック買えるんだからね!」
「納豆換算やめて!」
ケラケラと笑い合うテーブル。
染み付いた貧乏性が思わず炸裂してしまったが、こうしてツッコミを入れて笑い飛ばしてくれるのが本当にありがたい。
――カランコロン。
その時、店の入り口のドアベルが鳴り、一人の少女が入ってきた。
ハーフアップにまとめた漆黒の長い髪。黒銀の飾緒を肩から下げた、凛々しく完璧な着こなしの制服。
腕に「風紀巡回」の腕章を巻いた生徒会長――鶴ヶ谷紫織先輩だった。
「……あ」
思わず声が出た。
先輩は手元の端末で学外の見回り記録をチェックしていたようだが、ファミレスの店内に漂う香ばしいチーズの匂いに、ぴくりと眉を動かした。
そして――。
「あーっ! しおりパイセンじゃん!!」
かりんが特大の声でぶんぶんと手を振ってしまった。
「ちょ、かりんちゃん!?」
「……坂田さん。校外でもその騒がしさは相変わらずね」
紫織先輩が冷徹な紫紺の瞳をこちらに向け、すたすたとテーブルへ歩み寄ってきた。
その全身から放たれる「氷の生徒会長」のオーラに、周囲の客たちも思わず道をあける。
「鶴ヶ谷先輩、ごきげんよう。巡回、お疲れ様です」
麗が慌てて席を立って礼をする。
「ええ。駅周辺の治安維持パトロールよ。……あなたたち、ここで何をしているの? 来週の実践演習に向けた自主鍛錬ではなくて?」
「それそれ! まさにそのチームミーティングをしてたんですよ〜! パイセンもパトロールの休憩にどうっすか? ほら、ここ席空いてるし!」
「なっ……! 坂田さん、生徒会長に対してなんという無礼を――」
麗が青ざめて制止しようとするが、かりんは悪びれもせず紫織先輩の手首をぐいぐい引っ張った。
ゼロ距離コミュニケーションの塊である。
「わ、私は職務中よ。このような場所で油を売っている暇は……」
先輩は冷ややかに振り払おうとした――のだが。
テーブルの上に開かれたままのデザートメニューが、ふと先輩の視界に入った。
そこには、期間限定『特濃マスカルポーネのベリーパフェ・ジェラート添え』の写真が、ど真ん中にでかでかと印刷されている。
「…………」
ぴたり、と紫織先輩の足が止まった。
切れ長の美しい紫紺の瞳が、わずかに揺れる。
ごくり、と喉が微かに動いたのを、私は見逃さなかった。
「……鶴ヶ谷先輩?」
「……コホン。……後輩たちの初級演習に向けた作戦立案が、適切なものか見極めるのも生徒会長の務めよ。少しだけ、同席させてもらいましょう」
「っしゃ! パイセン乗ったー!」
「坂田さん、馴れ馴れしい呼び方はやめなさいと言っているでしょう」
そう言いながらも、紫織先輩はすっと私の正面の席に腰を下ろした。
座った瞬間、先輩は迷いなく注文用紙にサラサラとペンを走らせる。
『41 特濃マスカルポーネベリーパフェ』
迷いが一切ない。
意外と甘党……というか、ものすごくパフェが食べたかったらしい。
孤高の生徒会長の可愛らしい一面に、私と天女は顔を見合わせて思わずクスッと笑ってしまった。
◇
「――というわけで、これがウチらのチーム編成ね!」
料理とドリンクが運ばれてくると、かりんが紙ナプキンの裏に大雑把な陣形図を描き始めた。
「前衛のアタッカーはウチとうらっち! ウチの雷切丸で敵の群れをぶっ叩いて、隙ができたやつをうらっちがシャキーンと抜刀術でスライスする!」
「表現が野蛮ですけれど……理にはかなっていますわね。わたくしの【波切】は単体への精密な神速抜刀が得意。坂田さんの大斧による広範囲制圧とは相性が良いはずです」
「で、後衛のサポートはあめりん! 結界と回復でウチらのケツを拭く!」
「はい、お任せください。風水結界で後方からの奇襲はすべて防いでみせますね」
天女がおっとりと頷きながら、山盛りのフォカッチャを美味しそうに頬張る。
すごくバランスが良い。完璧なパーティ構成だ。
……そうなると、残る問題はただ一つ。
「……で、私は何をすればいいのかな……?」
私が恐る恐る尋ねると、三人が一斉に視線を向けてきた。
「おっきーはさ、基本後ろでウチらの配信画面の管理とか、ドロップアイテムの回収してよ! 戦闘はウチらが全部片付けるから!」
「そうですわね。実技演習の時は奇跡的に急所を突いたようですが、無理をして怪我をされては困ります。大人しく後方に控えなさい」
「うんうん、冲奈ちゃんは私の結界の中で、応援してくれているだけで百点満点ですよ」
「みんな、優しすぎない……?」
過保護というか、完全にマスコット扱いである。
探索者としては情けない限りだが、正直、魔物と戦わずに済むならこれ以上ありがたい話はない。
その時。
運ばれてきたベリーパフェを、幸せそうにスプーンで一口頬張っていた紫織先輩が、ふっと顔を上げた。
「……悪くない役割分担ね。けれど、初級ダンジョンだからと言って侮ってはいけないわ」
「え、パイセン、なんかあんの?」
「最近、下層から湧き上がる魔力の龍脈に、不自然な乱れが観測されているのよ。初級エリアであっても、思わぬ変異種やイレギュラーな魔獣が迷い込む危険性があるわ」
紫織先輩の声が、少しだけ低くなる。
その切れ長の瞳の奥に、何か重いものを一人で背負い込んでいるような、深い影が差した気がした。
「だから……あなたたちだけで対処できない事態が起きたら、躊躇わず救難信号を出しなさい。いいわね?」
「……先輩」
麗が神妙な顔で頷く。
厳格で、人を寄せ付けないように見えて、この人は誰よりも生徒たちの安全を心配しているのだ。
――その時だった。
トクン……ッ。
「……あ」
テーブルの下、私の太ももに収まったテイル・ワンドが、再び小さく跳ねた。
今朝、教室ですれ違った時と同じだ。
スカートの裾の下で、ペン先が「淡い紫紺の光」を宿し、蛍火のようにトクン、トクンと規則正しく明滅している。
紫織先輩がパフェのスプーンを置き、真剣な瞳で私たちを見つめている、その瞬間に合わせて――。
(やっぱり、光ってる……。これ、先輩の魔力に反応してるの……?)
私の胸元のポケットの中で、マニがそっと顔を出し、静かに話しかけてきた。
『……冲奈様。やはり、間違いありません』
『マニ、この光って何なの?』
『この羽ペン――調律器は、世界の崩壊を食い止める「光の継承者」の魂に共鳴する性質を持ちます。鶴ヶ谷紫織……彼女の魂には、星を紡ぐ強き神話の資質が眠っています』
『先輩が……変身ヒロインの素質持ち!?』
驚きのあまり、声が出そうになったのを必死で飲み込む。
あの孤高で凛々しい生徒会長が、私みたいにフリフリのドレスを着て「〇〇神話!」と名乗りを上げる姿を想像して――いや、先輩ならめちゃくちゃカッコいい騎士姫系になりそうだけれど。
「……どうしたの、月代さん? 私の顔に、何かクリームでもついていて?」
「ひゃいっ!? な、なんでもありません! 先輩の横顔が綺麗で見惚れてただけです!」
「なっ……な、何を馬鹿なことを言っているのよ……っ」
とっさに口から出た言葉に、紫織先輩が珍しく耳まで真っ赤にしてそっぽを向いた。
あ、可愛い。
「ひゅ〜! おっきーナイス口説き文句! パイセン照れてんじゃ〜ん!」
「坂田さん!! 次にふざけた口を利いたら、生徒会室で反省文を書かせますよ!」
「ぎゃーっ! うらっち助けてー!」
「自業自得ですわ、坂田さん!」
ファミレスの片隅で、ギャーギャーと騒ぎ立てる声。
天女はおっとりと笑い、麗は呆れ果て、紫織先輩は顔を赤くしながらパフェを平らげ、かりんは逃げ惑う。
下水路で一人、泥水にまみれて働いていた自分。
こんな放課後を過ごす未来なんて、夢にも思わなかった。
(……守りたいな、この時間)
日曜日の朝の激闘と、全世界配信の胃痛。
あんな理不尽な役目は御免被りたいけれど、この騒がしくて温かい友達の笑顔を守るためなら――ちょっとくらい、フリルを着て戦ってもいいのかもしれない。
テーブルの下で、太ももの羽ペンが静かに光を収め、温かな温もりだけを残していた。




