キラ盛りパラダイス
「――では、第一次中間学科試験の答案用紙を返却する。名前を呼ばれた者から前に取りに来るように」
月曜日の放課後。担任教官の声が教室に響いた瞬間、私の心拍数はかつてない限界値を叩き出していた。
隣の席を見れば、かりんが両手を祈るように組み、ブツブツと何やら呪文を呟いている。
「神様仏様あめりん様……! どうか、どうか三十点以上ありますように……! 赤点回避できてますように……!」
「かりんちゃん、それ祈る相手に天女ちゃん混ざってるよ……」
「だってあめりんはマジで神社の巫女様じゃん! 神様を射んと欲すれば先ず巫女を射よ!」
「そんな無茶なぁ……」
ガタガタと膝を震わせる私たち。
そして、無慈悲にも名前が呼ばれた。
「次、坂田。……それから月代」
「「ひゃ、ひゃいっ!」」
二人揃って裏返った返事を上げ、教卓の前へ。
教官からペラリと手渡された答案用紙の端っこを、息を止めて、ミリ単位で慎重にめくっていく。
そこに赤ペンで殴り書きされていた点数は――
『坂田かりん:31点(赤点回避ライン:30点)』
『月代冲奈:32点(赤点回避ライン:30点)』
「…………」
静寂。
そして――教室の天井を突き破らんばかりの絶叫が炸裂した。
「うおおおおおおおおおっしゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!! 奇跡の三十一点! 生き残ったァァァッ!!」
「た、助かったぁぁぁぁぁっ!! ダンジョン探索ライセンス停止免れたよぉぉぉっ!!」
感極まった私とかりんは、人目も憚らずガシッと熱い抱擁を交わし、ぴょんぴょんと飛び跳ねて歓喜の涙を流した。
たったの一点差、二点差。
けれど、元清掃員の錆びついた脳味噌と、勉強嫌いなギャルにとっては、エベレストの登頂に匹敵する偉大なる勝利である。
「まったく……相変わらず大袈裟ですわね、お二人とも」
呆れたようにため息をつきつつも、麗がふっとアクアマリンの瞳を柔らかく細めた。
その手元にある答案用紙には、誇らしげな『98点』の文字。さすが名門の英才教育である。
「ですが……週末の特訓の成果が実を結んで何よりですわ、冲奈さん。坂田さんも」
「ふふ、二人とも本当によく頑張りましたねぇ」
天女もおっとりと微笑みながら、満点の答案を丁寧に畳んでカバンへとしまった。
週末の羽衣神社で、二人にお泊まりでみっちり叩き込んでもらったおかげだ。二人がいなければ、間違いなく今頃は地下水路に逆戻りだったに違いない。
「よーし! 赤点回避したってことは、放課後寄り道もライセンスも全部セーフ!」
かりんがパッと顔を輝かせ、制服のブレザーをバッと翻して腰に手を当てた。
「約束通り、お祝いの放課後ショッピング行くっしょ! アトラス第4区・ジャンク&ウェポン通りへレッツゴー!!」
◇
アトラス第4区。
名門アカデミーが建ち並ぶ第1区や商業エリアの第3区とは打って変わり、ここは高架下の雑居ビル群に無数の看板が密集する、通称『探索者の聖地』だった。
迷宮から持ち帰られた未鑑定の魔導ジャンクパーツ、鈍い光を放つ魔導刀や銃火器、怪しげなポーションの瓶が並ぶ露店。
そして、その間を縫うように立ち並ぶ屋台からは、香ばしいソースの匂いや焼き菓子の甘い湯気が立ち込めている。
「うっわー! いつ来てもこのごちゃごちゃ感、超テンション上がる〜!」
かりんが金髪サイドテールを弾ませながら、先頭を切って人混みを進んでいく。
制服のブレザーの前を開け、パステルカラーのパーカーを着込んだ彼女は、この雑多で活気あふれるストリートの空気に完璧に溶け込んでいた。
「すごい熱気……。現場にいた頃を思い出すなぁ」
「まあ、少々治安に不安を覚える雑然さですけれど……実戦的な道具を揃えるには、確かに名門御用達の高級店よりも掘り出し物が多そうですわね」
麗は腰の愛刀の位置を気にしつつも、老舗の研ぎ師が営む露店を見つけると目を輝かせた。
「これ……『白銀鉱石の極細砥石』ではありませんこと!? しかも我が家の出入り業者の半値以下の価格ですわ!」
「ふふ、麗ちゃん、とっても嬉しそう。私はあっちの露店で、神木の弓をお手入れするための白樺の油を見てきますねぇ」
それぞれが探索者としての買い物を楽しむ中、私は屋台のいい匂いに抗えず、ほかほか湯気を立てる大判焼きを四つ買い込んできた。
「みんなー、大判焼き買ってきたよ! カスタードと粒あん、どっちがいい?」
「わーい! おっきーナイス! ウチ、カスタード二本食いしたい!」
「坂田さん、二本食いとは浅ましいですわよ。……冲奈さん、わたくしは粒あんをいただきますわ」
「ふふ、私はカスタードをいただきます」
露店のベンチに並んで腰掛け、熱々の大判焼きをハフハフと頬張る。
パリッとした薄皮の中から、とろりと甘いクリームが溢れ出した。
「ん〜〜〜っ! 脳味噌の疲労に糖分が直撃するぅぅぅ!」
「美味しいですわね……。素朴ですけれど、焼きたての温かさが染み渡りますわ」
みんなで笑い合いながら、甘味で小腹を満たす。
すると、最後の一口を飲み込んだかりんが、ドスンッ! と重たい布包みを取り出した。
包みが解かれると、現れたのは――かりんの身の丈ほどもある、巨大で無骨な魔導戦斧【雷切丸】だった。
刃の根元には紫の雷撃魔導回路が刻まれているが、よく見ると刃の側面や柄のグリップ周りには、色とりどりの星やハートのラインストーンがびっしりと貼られ、ド派手にデコレーションされている。
「よし! 腹ごしらえも済んだし、ウチの本日のメイン目的地へ行くよ!」
「メイン目的地……? 武器のメンテナンスなら、さっきの鍛冶屋街で良かったのではなくて?」
麗が首を傾げると、かりんは「のんのん!」と人差し指をチッチッと振った。
「ウチらが向かうのは――あっちのビル! 最新ネイル&デコレーション専門店『キラ盛りパラダイス』だよっ!!」
「「「……へ?」」」
◇
「いらっしゃいませ〜☆」
甘いアロマの香りと、目がチカチカするようなピンクのネオンに彩られた店内。
女子中高生で賑わうそのネイルショップのカウンターに、かりんはドガァンッ! と巨大な戦斧【雷切丸】を立てかけた。
周囲のお客さんが「ヒエッ……! なにあのデカい斧……!?」とざわめく中、かりんは全く意に介さず、店員のお姉さんに笑顔でカタログを突き出した。
「お姉さん! この新作の『超耐熱・クリスタルオーロラストーン』の特大パックと、あとこの『限定ピンクゴールドのメタルチェーン』ちょうだい!」
「まいど〜! かりんちゃん、また雷切丸ちゃんカスタムするの? いつも気合入ってて最高ね!」
「当たり前っしょ! 今週末のダンジョン配信で、この斧を画面のド真ん中でブン回す予定なんだから! カメラ映え命だし!」
かりんは嬉しそうにクレジット決済を済ませると、慣れた手つきでピンセットと強力魔導接着剤を手に取った。
そして、店のカスタム作業スペースの机で、巨大な斧の刃先へ器用に小さなキラキラストーンを並べ始めたのだ。
「……す、凄まじい光景ですわね……」
隣で見ていた麗が、呆気にとられたように目を丸くしている。
「一撃で魔獣の骨肉を粉砕するほどの超重量級魔導兵器に、ネイル用のラインストーンを貼り付けるなど……前代未聞ですわ。重心のバランスが狂ったりしないのですか?」
「大丈夫、そこはちゃんと計算済み! 重心が変わらないように、左右対称にミリ単位でパーツ配置してっから!」
かりんの瞳は、冗談抜きで真剣そのものだった。
普段のおちゃらけたギャルの顔ではなく、本物のクラフトマンのような鋭い眼差し。
「ウチさ、華奢だし、名門の抜刀術とか神童の風水結界みたいな、カッコいい才能があるわけじゃないじゃん?」
ストーンを一つ、カチリと刃の溝へ嵌め込みながら、かりんはポツリと言った。
「だからさ、このゴツくて重い大斧を、自分の腕力と雷で振り回すのがウチの武器なわけ。でも、ただゴツいだけじゃ画面が地味じゃん? 見てくれるリスナーのみんなに『うわ、あの子の斧めっちゃキラキラしてて可愛い!』って思ってもらいたいし……何より、戦ってるウチ自身が一番テンション上がるっしょ!」
ニカッと笑い、仕上げに柄のエンドキャップへ、ぷらぷらと揺れる小さなピンクのクマのマスコットチャームをカチャリと取り付けた。
ビタミンカラーの稲妻回路と、七色に輝くクリスタルストーン、そして揺れるクマのチャーム。
無骨な武器と、女子高生の可愛いポップカルチャーが融合した、世界にたった一つだけの相棒。
「できたぁぁぁっ! 新生・デコ雷切丸、完成〜〜〜っ☆」
「ふふ、とっても華やかで、かりんちゃんらしくて素敵ですねぇ」
天女がふわりと微笑みながら拍手を送る。
麗も、その精密な仕上がりに腕を組み、感心したように頷いた。
「……己の得物に誇りを持ち、愛着を持って手入れをする。その姿勢、武器への敬意という点においては、我が竜宮寺の流儀とも通じるものがありますわね」
「ひゅ〜! うらっちに褒められた! 今日は雪でも降るかも〜!」
「なっ……! 人がせっかく素直に評価して差し上げましたのに!」
ギャーギャーとじゃれ合う二人。
私は、大切そうにデコレーションされた大斧を抱きしめるかりんの手元を、ふと見つめた。
短く切り揃えられ、可愛らしいネイルが施された指先。
けれど、その爪の生え際や手のひらには、幾重にも重なった硬いタコと、隠しきれない小さなマメの痕があった。
(……かりんちゃん、本当に努力してるんだな)
あんなに重い大斧を、笑顔で軽々と振り回すために。
バイト代をはたいて武器を磨き、配信で誰かを笑顔にするために。
誰にも見せないところで、血の滲むような素振りを繰り返してきた証拠だった。
「おっきー、何ぼーっとしてんの? ほら、帰り道にクレープ屋寄るよ! ウチ、テスト乗り切った自分へのご褒美にイチゴチョコ食べるって決めてんだから!」
かりんがパッと私の腕を引いて、眩しい八重歯を見せて笑いかけてくる。
「うん! 行こう、かりんちゃん!」
茜色に染まり始めた探索者ストリートを、四人で肩を並べて歩き出す。
大判焼きの甘い香りと、夕風に揺れるクマのチャーム。
けれどこの時の私は、まだ知らなかった。
かりんがこの大斧をキラキラに磨き上げ、配信の向こうの誰かへ向けて輝き続けようとする、本当の理由を――。




