あたたかい風の物語 ルミナ・グレイス
『午前8時ジャスト。概念現実化プロトコル、強制執行』
無慈悲なシステム音声とともに、太ももの羽ペンが灼熱の光を放った!
境内の石畳にへたり込んでいた私と麗の足元に、桜色と蒼氷の魔法陣が同時に炸裂する!
「「――ルミナステール! オープン!!」」
溢れるインクと舞い散る氷華!
パジャマ姿の私は幾重にも重なる純白と桜色のフリルドレスを纏い、ネグリジェ姿だった麗は深青のコルセットフリルと和の帯紐をその身に宿す!
「夜空にひかる、優しい夢の物語! 『夢想神話ルミナ・ルナ』!」
「青い海から、信じる心の物語! 『深海神話ルミナ・マリン』!」
バシィッ!!
決めのポーズとともに、頭上へブゥゥゥン……! と数十機の『HERMES Live』報道ドローンが雪崩れ込んできた!
『日曜朝8時キタァァァッ!』
『今週は神社だ! ルナたんとマリンたんのコンビ最高!』
『てかあの木、ヤバくない!? 化け物になってるぞ!!』
コメント欄が爆発的に流れる中、境内にけたたましい高笑いが響き渡った。
「クハハハハ! 待っていたぞ、ルミナ・ルナ、ルミナ・マリン!」
鳥居の天辺に立ち、マントを翻すシデン。
そして、境内の中央で咆哮を上げたのは、巨大な樹木怪異――『シンボリック・トレント』!
天を衝く巨木は全身を毒々しいパステルピンクのリボンで締め上げられ、枝先には無数のメガホン状の蕾が実っている。
「我が計算通り、この御神木は最高の苗床となった! 見るがいい、この木が数百年、そしてあの哀れな巫女から吸い上げてきた『心の毒』の奔流を!」
ギシャアアアアッ!!
巨木怪異の枝先から、無数のメガホンの蕾が一斉に開花した!
放たれたのは物理的な砲弾ではない。
耳を劈くノイズとともに、境内に響き渡ったのは――紛れもない、天女自身の震える声だった。
『……私、ちっとも強くないよ』
『いつも笑顔でいるの……本当は、ちょっとだけ疲れちゃうんだ……』
『誰かに……助けてって、甘えてみたいよ……!』
音響魔力に乗せられて境内中に大音量で反響する、昨夜の天女の涙の告白。
「あ……あぁ……っ!?」
生身で【梓弓・風花】を構えていた天女の顔から、完全に血の気が引いた。
自らが御神木にだけ託してきた、誰にも見せてはならないはずだった最も惨めで、最も恥ずかしい心の底の弱音。
それが全世界の配信カメラの前で、そして――何よりも大切な友達の前で、白日の下に晒されてしまったのだ。
「やめて……お願い、やめてぇぇぇっ……!」
天女は弓を取り落とし、両手で耳を塞いでその場にうずくまった。
全身をガタガタと震わせ、エメラルドグリーンの瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。
「クハハ! どうだ羽衣天女、これが貴様の欺瞞に満ちた本性だ!」
シデンが嘲笑う。
「手のかからない良い子を演じ、他人の痛みを背負い込み、その裏で誰かにすがりたがっていた醜い本音! その精神的絶望こそが、この怪異の無尽蔵のエネルギー源なのだァッ!」
ドォォォォンッ!!
怪異から噴き出した漆黒とピンクの蔦が、地面を割りながら天女へ向けて牙を剥く!
「天女っ!!」
ヒュバッ!!
マリンが神速踏み込みで割って入り、蒼氷の神刀を一閃!
迫る蔦を真っ二つに両断し、極低温の氷華を咲かせる。
しかし、怪異の幹からドッと噴き出したのは、羽衣神社が数百年かけて蓄積してきた神聖なる風水結界の力そのものだった!
「くっ……!? 神社の龍脈結界が、わたくしの冷気を弾き返して……!?」
「月光・シールドッ!」
跳び込んできた私が桜色の月光シールドを展開し、跳ね返ってきた衝撃波をギリギリで受け止める!
だが、地面を削りながら二人揃って後退を余儀なくされた。
桁違いの質量と魔力。神域の力そのものを纏っているため、生半可な攻撃が一切通用しない!
『うわあああ魔法少女たちが防戦一方だ!』
『あの子の弱音をスピーカーで流すの、精神攻撃としてエグすぎる……』
『巫女ちゃん泣いてるじゃん! 守ってあげて!!』
「逃げてください……っ!」
へたり込んだ天女が、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて叫んだ。
「逃げて、ルナさん……マリンさん……! 全部私のせいです……! 私が弱音なんか吐いたから……御神木を穢してしまったんです……! 私なんかを助けるために、二人が傷つく必要なんてありません……!」
自己犠牲の呪縛。
傷つきながらも、まだ自分を責めて他人を守ろうとするその頑なな優しさに――私の胸の奥で、カッと熱いものが込み上げてきた。
「――そんなの、絶対に違うよっ……!!」
気がつけば、私の口から叫び声が飛び出していた。
恥ずかしいとか、変身のキャラ付けとか、そんなことはもうどうでもよかった。
ズザザザァッ! と地面を蹴り、私は天女の目の前に立ちはだかった。
迫り来る怪異の巨大な枝を、光のワンドで真っ向から弾き飛ばす!
「え……?」
認知阻害のモヤ越しでも伝わる、私の真剣な眼差し。
「自分のせいにしないでよ! 弱音を吐いて何が悪いの!? 甘えたくなって何がダメなんだよぉっ!!」
私は猛攻を防ぎながら、そのエメラルドグリーンの瞳をまっすぐに見つめた。
「人間なんだから……ずっと笑っていられるわけないじゃない! 疲れちゃったら立ち止まったっていいし、辛いなら『助けて』って言っていいんだよ! 私たち、友達でしょ!? 一人で全部抱え込まないでよっ……!」
「そうですわ!!」
マリンが神刀を構え直し、天女の隣へ並び立った。
その凛々しい横顔には、かつて天女が包み込んでくれたのと同じ、深くて温かい光が宿っていた。
「幼い頃から、貴女はずっとわたくしの痛みを包んでくれましたわ。障子を破いて泣きじゃくるわたくしを、怒られるのが怖くて震えるわたくしを、いつも優しく守ってくれたのは天女、貴女でした!」
マリンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「今度はわたくしたちの番ですわ! 貴女の弱音も、寂しさも、全部わたくしたちが受け止めて差し上げます! ……だから、もう一人で我慢しないで! わたくしたちに、甘えなさい天女ッ!!」
二人の叫びが、天女の胸の奥底に分厚く張られていた氷の壁を、優しく溶かし、打ち砕いた。
「うんっ、うん……っ」
視界が、温かい涙で滲んでいく。
誰も怒らなかった。誰も幻滅しなかった。
隠していた弱音を晒しても、二人は軽蔑するどころか、ボロボロになりながら自分を守るために立っていてくれた。
「……助けて」
ぽつり、と。
喉の奥底にずっと閉じ込めてきた言葉が、小さな震える声となって溢れ出た。
「助けて……助けてよぉ……っ! 私……一人で背負うのは、もう嫌だよぉぉぉっ!!」
天女の魂の叫びが、青空へと響き渡った。
その瞬間――!!
キィィィィィン!!
私の太もものホルダーに収まっていたワンドから、眩い若草色の光の奔流が噴き上がった!
それは大地の息吹を宿した、あたたかく、どこまでも澄み渡る春の風――!
『――共鳴プロトコル、承認』
『魂の限界を突破。光の継承者を検知しました』
光の奔流が、天女の胸元へ、そして足元に落ちていた【梓弓・風花】へと降り注ぐ!
神木の弓が神々しいエメラルドグリーンの粒子に包まれ、透き通るような『翠嶺の光弓』へと変貌を遂げた!
天女の手の中に、若草色に輝く新たなテイル・ワンドが顕現する!
「天女様、叫びなさい!」
私の肩の上で、マニが凛と叫んだ。
「青空をわたる、あなたのあたたかな物語を!」
天女は涙を拭い、立ち上がった。
新たなワンドを両手でしっかりと握りしめ、澄み渡る青空へ向けて掲げる!
「――ルミナステール! オープン!!」
カチリ、と外れたキャップから、柔らかな翠の旋風が巻き起こった!
天女の豊かな身体がふわりと宙へと浮かび上がる。
若草色の長い髪が光を帯びて重力を失い、空中にふわりと美しく広がっていく。
身に纏うのは、淡い若草色と白を基調とした、優美極まりない天女風ドレス。
背中から両腕にかけて、光の粒子で編まれた薄絹のような『光の羽衣』が、柔らかな春風を孕んで優雅にたなびいた。
トン、と大地の龍脈を踏みしめて。
手元の翠嶺の光弓を優雅につがえ、天女はのんびりとしたタレ目に、けれど決して揺るがない光を宿して名乗りを上げた。
「――青空をわたる、あたたかい風の物語!」
「『天風神話ルミナ・グレイス』……!」
静寂。
そして――ドローンカメラの画面が、歓喜と熱狂で真っ白に発光した!
『三人目キタアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
『緑の巫女ヒロイン!? 天女風ドレス美しすぎる!!』
『包容力ヤバい! まさに女神降臨だろ!!』
「な、なんだとォッ!? 計算外だ、なぜ貴様まで光の継承者に――!?」
狼狽えるシデンを前に、ルミナ・グレイス――天女はふわりと微笑んだ。
「ふふ……シデンさん。私の心を怪異のオヤツにしたお仕置き、させていただきますね」
天女は翠嶺の光弓を引き絞った。
狙うのは、怪異の枝の急所――マユのデコレーション種が巣食う核!
「見えましたぁ!」
気の抜けた、あまりにもおっとりとした掛け声。
だが――放たれた風の矢は、音速を超えて暴風の渦を巻き起こした!
ドシュゥゥゥッ!!
「ギシャアアッ!?」
百発百中の神道弓術が、怪異のコアを寸分違わず撃ち抜いた!
さらに矢から解き放たれた翠の暴風が、巨木怪異の四肢を雁字搦めに拘束する!
「マリンちゃん、ルナちゃん、今です!」
「ええ! 竜宮寺流――神話抜刀!」
マリンが跳躍し、神速の白刃が怪異の外殻を凍結粉砕!
そして、グレイスの両腕の羽衣がまばゆく発光した!
――『光の羽衣』ッ!!
パァァァッと広がった光のヴェールが、傷ついた私とマリンの体を包み込み、疲労とダメージを一瞬で完全治癒していく!
全身に溢れる、温かな力。
「女の子のヒミツをばらす悪い子には、お仕置きですよ……!」
私はワンドを掲げ、空いっぱいに満ちる真紅の満月を展開した!
ルナ、マリン、グレイス――三人の魔力が一つに重なり合う!
「きらめく月光は、夢への輝き……!」
――『フルムーン・ドリーム・ストライィク』ッ!!
ドォォォォォォォン!!
柔らかな桜色と蒼氷、そして翠の光が境内を満たし、怪異は春の雪解けのように光の粒子となって雲散霧消していった。
御神木からパステルピンクの呪縛が剥がれ落ち、青々とした本来の清らかな姿を取り戻していく。
「おのれぇぇぇっ! 三人揃うなど、我が計算には……覚えていろルミナテイルゥゥゥッ!!」
シデンは爆風に吹き飛ばされ、捨て台詞を残して空の彼方へ消え去っていった。
◇
『完・全・勝・利!!!!』
『三人目の戦士、ルミナ・グレイス最高すぎる!!』
『同接1500万突破ァァァッ!!』
上空のドローンが歓喜のコメントを投影しながら去っていく。
戦闘の終了を感知し、三人の変身が光の粒子となって解けた。
現れたのは――泥だらけの制服で息を切らす麗と、
ヨレヨレのTシャツにジャージ姿でペタンと座り込んでいる私。
そして、巫女服姿の天女だった。
「……あ」
天女がエメラルドグリーンの瞳を丸くして、座り込む私を見つめた。
認知阻害が解け、私の素顔が完全に露わになっている。
「冲奈……ちゃん……? あのピンクの魔法少女が……冲奈ちゃん、だったんですか……?」
「う、うん……。隠しててごめんね……」
私の告白に、天女はふっと目元を緩めた。
そして――。
ギュッ。
「……わっ!?」
天女がふわりと私と麗を両腕で抱きしめ、その豊かな胸元へと二人まとめて優しく包み込んでくれた。
温かくて、柔らかい、お日様のような匂い。
「ふふ……冲奈ちゃん、麗ちゃん。……ありがとう。本当に、ありがとうございました」
天女の目から、温かい涙がポロポロとこぼれ落ちて、私たちの頭を濡らした。
けれど、その声はもう震えていなかった。
長年張り詰めていた孤独の糸がほどけ、心から友達に身を委ねた、安らかな涙だった。
「……苦しいですわ天女、胸が当たって息が……まあ、今日くらいは許して差し上げますけれど」
赤面しながらも抱きしめ返す麗。
三人で重なり合い、秋晴れの青空の下、私たちは声を合わせて笑い合った。
◇
翌日、月曜日の朝。
中間テスト初日の教室で、かりんが叫んでいた。
「ねえ見て見て見てぇぇぇっ!? 昨日の羽衣神社の配信、マジで神作画の神回すぎたんだけどォォォッ!!」
机をバンバン叩くかりん。
「三人目の魔法少女ルミナ・グレイス! あの癒やし系お姉さん感、どっかで見たことあると思ったら、あめりんに超ソックリじゃん!!」
「ぶふっ!?」
私が盛大にお茶を吹き出す横で、麗がお澄まし顔で教科書をめくる。
「坂田さん、天女がそのような派手な格好で戦うはずがありませんでしょう。試験前の妄言はおやめなさい」
「えー、でもマジで似てたんだってば〜!」
そこへ、登校してきた天女がふわりと私の席の前へやってきた。
そして――。
「冲奈ちゃん、おはようございます」
「あ、天女ちゃん、おはよう!」
「あのね、冲奈ちゃん。今日のテストが終わったら……放課後、甘いクレープを食べに連れて行ってくれませんか? 私、イチゴと生クリームがいっぱい乗ったやつが食べたいです」
少しだけ照れくさそうに、けれど甘えるように小首を傾げる天女。
いつも他人のことばかり優先していた彼女が、初めて口にした、ささやかな自分のワガママ。
「うん! もちろん行こう! テスト終わったら、四人で一番大きいクレープ食べに行こうね!」
私の返事に、天女は満開の花のような、心からの笑顔を咲かせた。
守りたい日常が、また一つ増えた。
テストの赤点危機と、相変わらず日曜朝の全世界配信の胃痛は残っているけれど――
三人になったルミナテイルの絆は、どんな悪夢よりも温かく、私たちの青春を照らし出していた。




