日曜朝8時の地獄フェス!
日曜日、午前7時59分50秒。
「……いやだ。今週こそ、今週こそ日曜の朝を優雅に二度寝して過ごすんだぁぁぁぁっ!」
ボロアパートの煎餅布団を全身で抱え込み、畳の縁を爪先で掴んで必死に抵抗する私。
しかし、胸元のマニは容赦なく大人の女性の声で無慈悲な宣告を下す。
「無駄な抵抗はおやめください、冲奈様。五、四、三、二、一――空間転送、執行でございます」
「ぎゃあああああああお約束すぎるぅぅぅっ!!」
――カチィィィン!!
◇
一方その頃――アトラス第5下水路迷宮・特設中継エリア。
『HERMES』の生中継ドローン十数機が飛び交う中、スターライト・レイヴのダンジョン配信が始まっていた。
同接数はすでに三百万人を突破。
広場に組まれた特設アンプとドラムセットの前で、メンバーたちがドヤ顔でカメラに手を振っている。
『みんなー! 今日のスターライト・レイヴは、下水路迷宮から新曲の生演奏をお届けするぜー!』
コメント欄は大盛り上がり。
しかし――ギターを抱えたボーカルのシンは、異様な様子で項垂れていた。
その胸元から、ドロドロとしたパステルピンクと赤黒いオーラが立ち上っている。
「……音楽だ。事務所の金儲けじゃない……俺の……魂のロックを……聴けぇぇぇぇッ!!」
ズクンッ!!
シンの咆哮とともに、胸に埋め込まれていた種が爆発的に開花した!
飛び出したのは、アンプと無数のマイク、スピーカーが禍々しく融合した全高八メートルの巨大怪異――『デシベル・キマイラ』!
マユ製の種がベースなため、体毛はパステルピンクで頭には大きな水色リボンがついているが、シンの怒りと混ざり合って異様な禍々しさを放っている。
「うわあああシンが化け物になったァァァ!?」
「機材が! 俺たちの何百万もした特注アンプがァッ!?」
パニックに陥るメンバーたち!
配信コメント欄は『えっ!? 演出!? ガチ怪異!?』『逃げてぇぇぇ!』と大混乱に陥る!
さらに、轟音とともにステージの天井を突き破り、巨大な炎の火柱がドォォォンと噴き上がった!
「ヒハッ! いいシャウトじゃねえか、兄ちゃんよォォォッ!!」
黒煙を割って現れたのは、ガロだ!
両腕の鉄鋲ナックルガードをガチンと打ち鳴らし、狂犬のような笑みを浮かべてステージのドラムセットの前に陣取った。
「マユの作ったリボン付きの種なんざ性に合わねえが、テメエのその怒りと魂の叫びは最高だぜ! ネクロテイル特設ステージへようこそ! ドラムとベースはオレが受け持ってやるよォッ!!」
ドガガガガァンッ!!
ガロが炎を纏った鉄拳でシンバルとタムを殴りつけると、床のアスファルトが赤熱化し、超重低音のビートが洞窟全体を激震させた!
――ヒュオオオオオッ、ドサァァァッ!!
「いったぁぁぁぁぁいっ!?」
「きゃあっ!? な、なんですのこの生臭いヘドロの床と爆音は……!?」
その地獄のライブステージのど真ん中へ、天井の魔法陣から二つの影が降ってきた!
パジャマ代わりのヨレヨレTシャツにジャージ姿の私と、稽古着姿で名刀を抱えた麗である。
『また落ちてきたあああああああwww』
『日曜朝8時名物・パジャマ降臨!!』
『稽古着のお嬢様朝からお疲れ様です!!』
ドローンカメラが一斉に私たちへ超接写ズーム!
太もものワンドが限界突破の熱を帯びる!
『――敵性波長を感知。概念現実化プロトコルを強制執行します』
「「ルミナステール! オープン!!」」
溢れる桜色のインクと、舞い散る蒼氷の結晶!
神作画のダブル変身バンクが下水路の薄暗い洞窟を一瞬で浄化の光で満たしていく!
「夜空にひかる、優しい夢の物語! 『夢想神話ルミナ・ルナ』!」
「青い海から、信じる心の物語! 『深海神話ルミナ・マリン』!」
バシィッ!!
決めのウインクと抜刀の構えが完璧に決まった瞬間、同接数は一瞬で八百万を突破した!
『キタァァァッ! 覇権アニメ実写版!!』
『ルナたん! マリンたん! 助けてぇぇぇ!!』
「オラァッ! 揃ったな光の小娘共!」
ガロが炎の拳でドラムを乱れ打ち、凶悪な笑みを吊り上げる。
「テメエらの可愛い魔法が通用するか、俺たちの爆音デスセッションで試してやるよォッ! いけッ、キマイラ! BPM240で叩き潰せェッ!!」
「ギシャアアアアッ! 『狂乱のディストーション・シャウト』!!」
怪異と化したシンがマイクの束へ向けて絶叫した!
目に見えるほどの超高密度音波が、衝撃波の津波となって私たちへ押し寄せる!
洞窟の岩壁がバリバリと音を立てて粉砕されていく!
「くっ、質量を伴う音の壁……!? まともに近づけませんわ!」
マリンが神刀を構えるが、凄まじい音圧にフリルスカートが激しく煽られ、足が後ろへと引きずられる。
『音波攻撃エグすぎる!』
『鼓膜破れるって!!』
『これどうやって近づくの!?』
「ルナ様、ワンドの調律モードをシフトしてください!」
私の頭の上で、マニが鋭く叫んだ。
「敵の攻撃は音波とリズム! ならばこちらも、共鳴の神話で対抗するのです!」
「えっ、セッション!? 私、楽器なんてリコーダーくらいしかしらないよぉ!?」
カチィィィン!!
私の悲鳴を無視して、手元の羽ペン型ワンドが変形した。
ペン先が優雅な曲線を描き、先端に三日月のレリーフを冠した『純白と桜色の光のマイクスタンド』へと実体化する!
「ルナ、歌いなさい! 音楽で仕掛けられた無礼には、音楽で応えるのが礼儀ですわ!」
「マリンちゃん無茶言わないでぇぇぇっ!?」
叫んだ瞬間、私の口が、日曜朝の透き通るようなアイドルソングの音階を勝手に紡ぎ始めた!
――「♪〜〜〜〜ッ!!」
空中に描かれた光の五線譜から、桜色の音符弾幕がドッと噴き上がる!
放たれた高音のソプラノボイスが、キマイラの放つ重低音レーザーと正面衝突!
空中でキィィィンと耳を劈く周波数干渉が起き、敵の音波がピタリと相殺された!
「なっ……音波を逆位相で打ち消しただと!?」
ガロが白目を剥く。
「お見事ですわ、ルナ! ならばわたくしも、一曲お付き合いいたしましょう!」
マリンが【波切】の鞘を水平に構え、神刀の切っ先をわずかに抜き放った。
そして――刃を鞘の口へ擦り当てるように、流麗にスライドさせる!
ギィィィィィン……ジャギィィィンッ!!
洞窟中に響き渡ったのは、背筋が凍るほど鋭く、澄み渡った『絶対零度のチョーキング・ギターノイズ』!
刃と鞘の摩擦音が高周波の氷結音波となり、ガロが刻んでいた炎のドラムビートの隙間へ、変則的なシンコペーションで鋭く割り込んだ!
「ぐあっ!? なんだこのチョーキングノイズは……リズムが、狂わされる……ッ!?」
ガロの刻んでいたBPMが乱れ、炎の火柱が立ち消える!
「ドラムが乱れましたわ! 畳み掛けます!」
マリンが絶対零度のステップで宙を駆け抜ける!
キマイラの周囲を螺旋を描いて滑空しながら、神刀を鞘へ滑り込ませ――
チャキ……ン!!
スネアドラムのブレイクのように、澄み渡る金属音が空間を支配した。
その瞬間、キマイラの腕に直結していた無数のアンプとマイクが、凍結してパリンッと一斉に粉砕された!
「ギャオオオッ!? 俺のマイクが……音が、出ねえ……!?」
胸元の半透明な結晶から、シンの苦悶に満ちた素顔が露出する。
「シン、聞こえるか!」
逃げ遅れていたスターライト・レイヴのメンバーが、瓦礫を蹴って叫んだ。
「お前の歌は、そんな怒りに任せて人を傷つけるためのもんじゃないだろ! お前が本当に届けたかった歌を、思い出せよォッ!!」
「俺が……届けたかった……歌……?」
シンの瞳に、微かに正気の光が宿る。
「今です、ルナ様! 彼の魂の旋律を、光で導きましょう!」
マニが叫ぶ。
「うんっ……! 理想を夢見る、純粋な心を利用するなんて!」
「そんなの絶対許せませぇぇん!!」
私は光のスタンドマイクを天高く掲げ、全身の魔力を解放した。
頭上に広がるのは、夜空のキャンバス。
巨大な桜色の満月が、まるで巨大なライブハウスのミラーボールのように、七色の光を乱反射させながら下水路全体を照らし出す!
「きらめく月光は、夢への輝き……!」
――『フルムーン・ドリーム・ストライィク(ラストセッションver)』ッ!!
ドォォォォォォォン!!
解き放たれた満月の光は、暴風のような轟音ではなく、優しく胸に染み渡る壮大なアンコールのオーケストラとなってキマイラを包み込んだ。
悪夢のノイズは美しく調律され、パステルピンクの破片は光の紙吹雪となって宙へと溶けていく。
胸の結晶がほどけ、シンは涙を流しながら、メンバーたちの腕の中へとふわりと倒れ込んだ。
「……ハッ! チッ、最高のセッションだったじゃねえか」
ドラムスティック代わりにしていたナックルを鳴らし、ガロが血の気の多い笑みを浮かべた。
「おい、光の小娘共! 今日のギグはテメエらの勝ちだ! だが次はアンコールなしで、その可愛いツラを消し炭にしてやるからなァッ!」
ガロは足元に開いた炎の転移門へ飛び込み、火の粉とともに撤退していった。
◇
『すげええええええええええええええええ!!』
『神曲すぎる!! 魔法少女のライブ対決かよ!?』
『マリンたんの刀ギター超絶テクすぎて草』
『同接1200万突破ァァァッ! 伝説の生ライブだ!!』
上空のドローンが、狂乱のコメント欄を映し出しながら旋回している。
下水路のステージでは、意識を取り戻したシンが、メンバーたちと肩を抱き合って号泣していた。
「お前ら……俺、間違ってたよ……。どんな形でも良い、俺達の歌は聞いてくれる人たちのためにあるんだって!」
「ああ、行こうぜシン! 俺たち四人で、てっぺん目指そうぜ!」
熱い青春の抱擁。
それを見届け、私とマリンは顔を見合わせてホッと息を吐いた。
「……ふぅ。ルナ、見事な美声でしたわね」
「言わないでマリンちゃん……! 歌わされてる間、恥ずかしさで胃が破裂しそうだったんだから……!」
クスクスと笑い合いながら、私たちは光の粒子となって路地裏へ転移し、静かに変身を解いたのだった。
◇
翌日、月曜日の朝。
登校するなり、かりんが机に突っ伏して両手で顔を覆っていた。
「ううっ……昨日のスターライト・レイヴの配信、マジで神回すぎて涙が止まんないんだけど……! ルナたんの歌声天使すぎるし、マリンたんの抜刀ギターカッコよすぎだし……ウチ、アーカイブ五千回見直して徹夜したよぉ……」
「ふふ、とっても賑やかで、心温まるセッションでしたねぇ」
天女がハーブティーを啜りながら、のほほんと微笑む。
「ま、まあ……音楽性の違いも、拳――ではなく魂をぶつけ合えば解決する、ということですわね」
麗がお澄まし顔でお茶を飲みつつ、私に向けていたずらっぽくウインクを投げてきた。
(……うん。二度寝は消し飛んで恥ずかしさで死にかけたけど、誰かの青春を守れたなら、悪くない日曜日だったかな)
シクシクと痛む胃袋をそっとさすりながら、私は教室に満ちる温かい笑い声に、胸を撫で下ろすのだった。




