アイドルだって音楽性の違いでバトルしたい!
「みんな緊急事態ぃぃぃっ! 放課後ミーグリ緊急スクランブル発進だよぉぉぉっ!!」
金曜日の終礼チャイムが鳴り響いた瞬間、かりんが教室の教卓前まで派手にスライディングしてきた。
ピンクのインナーカラーを激しく揺らし、スマホの画面を私たちの顔面へ突き出してくる。
「見て見て見て! 超絶大人気アイドル兼ダンジョン探索者ユニット――『スターライト・レイヴ』が、今まさに駅前ロータリーの特設ステージでゲリラライブやってるって!!」
「「「す、すたーらいと……?」」」
私、天女、そして麗の声が綺麗にハモった。
画面には、煌びやかなステージ衣装にダンジョン探索用のサイバーギアを装備したイケメン四人組。
チャンネル登録者数八百万人超え、ライブチケットは秒殺、配信同接は常にトップクラスという、今アトラスで最も勢いのあるアイドル探索者グループだった。
「ライブは観覧無料! しかも終わったら日曜のダンジョン配信の重大発表もあるらしいの! 行くっしょ!?」
「はぁ……。坂田さん、相変わらず浮ついておりますわね」
麗が波切をロッカーへしまいながら、呆れたようにため息をついた。
「アイドルが迷宮に潜るなど、本職の探索者を愚弄していますわ。チャラチャラと歌って踊る暇があるなら、木刀の一振りでも振るうべきです」
「えーっ、うらっち堅い! リードボーカルのシン君、めちゃくちゃ歌上手くてガチなんだから! ね、おっきーはどう!?」
かりんにキラキラした瞳で迫られ、私は苦笑いした。
もとは地下水路で泥水を啜っていた三十五歳のおっさんである。アイドルなんてテレビの向こうの別世界の話だ。
けれど――。
「……うん、みんなで行くなら、ちょっと見てみたいかも」
私が控えめに笑って頷くと、麗の瞳がピクリと動いた。
すっと背筋を伸ばし、咳払いを一つ。
「……コホン。……ま、まあ、冲奈さんがそこまでおっしゃるのなら、付き合って差し上げないこともありませんわ」
「えっ、麗ちゃんも来てくれるの?」
「ええ! 粗野な群衆に揉まれて冲奈さんが怪我でもしたら大変ですもの。」
ツンと胸を張る麗。
日曜日に背中を預け合ってからというもの、麗は私のことを「冲奈さん」と呼び、何かと世話を焼いてくれるようになっていた。
それに素直じゃないけれど、その瞳の奥には年相応の好奇心がチラチラと透けて見えている。
「ふふ、麗ちゃんったら。じゃあ四人で行きましょうか」
天女もふわりと微笑み、私たちは放課後の駅前へと繰り出した。
◇
「うわぁ……すごい人……!」
駅前広場はすでに黒山の人だかりだった。
ペンライトの光が揺れ、重低音のビートが腹に響く。
ステージの上では、銀髪の美少年ボーカル・シンが、マイクを握りしめて熱唱していた。
『――駆け抜けろ、迷宮の闇を切り裂いて! 俺たちの光はここにある!!』
伸びやかで、胸に突き刺さるような圧倒的な美声。
激しいパフォーマンスしながらもピッチが一切ブレない、本物の歌唱力だ。
「きゃああああシンくぅぅぅん!!」
かりんが黄色い悲鳴を上げながらペンライトをブンブン振る。
隣の麗も、腕を組んで難しそうな顔をしつつ、
「……む。確かに、ただの客寄せパンダではありませんわね。体幹がまったくブレていませんわ」
と真剣に感心していた。
そしてラストの曲が終わり、大歓声の中でシンが肩で息をしながらマイクを握り直した。
『みんな、集まってくれてサンキュー! 告知の通り、明後日の日曜朝八時――! 第5下水路迷宮から、新曲のお披露目ゲリラダンジョン配信を生中継するぜ! 絶対見てくれよな!!』
『きゃあああ絶対見るぅぅぅ!!』
『日曜朝8時待機!!』
割れんばかりの歓声の中、私と麗は顔を見合わせ、ピキリと表情を凍りつかせた。
(日曜日、朝八時……!?)
嫌な予感しかしない時間指定に胃を押さえる私を、かりんが「おっきー、喉渇いたし裏の自販機でジュース買お!」と引っ張っていった。
◇
「いやー!マジ最高だったね!!おっきーはどうだった?」
「うん!こういうの初めて参加したけど、楽しかった!」
「まあ、たまにはこのような催しものも悪くないですわね!」
「ふふ、また皆さんで参加したいですねぇ」
特設ステージの裏手、機材搬入用の薄暗い路地裏。
自販機で炭酸水を買って戻ろうとした時だった。
「――だから! 俺は音楽がやりたいんだよ!!」
パーテーションの向こうから、激しい怒声が響いてきた。
足を止めて隙間から覗き込むと、さっきまで輝いていたスターライト・レイヴのメンバーたちが、機材車の前で激しく言い争っていた。
「シン、声を落とせ! 表にファンがいるんだぞ!」
「関係ねえよ! なんで新曲の初披露を、魔物をぶん殴りながら配信しなきゃいけないんだ!? 事務所は俺たちを探索者ストリーマーとして売り出す気満々じゃねえか! 俺たちはバンドだろ!?」
銀髪のボーカル・シンが、ギターケースを地面に叩きつけて叫ぶ。
他のメンバーたちも、苦しげに顔を歪めていた。
「気持ちはわかるよ、シン。でも現実を見ろ! ダンジョン配信の投げ銭とスポンサー料があるから、高いスタジオ代も機材車も維持できてるんだぞ!」
「金の話ばっかりじゃねえか! お前ら、最初の情熱はどこ行ったんだよ……ッ!」
重苦しい沈黙。
「――ケッ! いいなりのイヌ共が、くだらねえ仲良しごっこの仲間割れかよォッ!」
――ドォォォンッ!
激しい熱風とともに、耐火ライダースジャケットを素肌に羽織った赤髪の男――ネクロテイル幹部・ガロが、パーテーションの屋根から飛び降りてきた!
アスファルトがパチパチと焦げ付き、周囲の気温が一気に跳ね上がる。
「だ、誰だアンタは!?」
「通りすがりのロック野郎だ! おいそこのテメェ!その行き場のない怒りとシャウト……最高に響くじゃねえか。オレの手で、爆音の怪異に仕立て上げてやるよォッ!」
そう言ってガロがポケットから無造作に引っ張り出したのは――
どぎついパステルピンクの殻に、星やハートのデコシールがびっしり貼られ、ご丁寧に水色のサテンリボンまで結ばれた『怪異の種』だった。
「……チッ。マユの女狐め、相変わらず胸糞悪ィ悪趣味なデコレーションしやがって。こんなフリフリしたモン、オレの美学に反するんだよ……!」
ガロは盛大に舌打ちをしながらも、種を親指でピンと弾いて弄ぶ。
「だがよォ! 人間の負の感情を吸い上げて怪異を育てるって機能だけは一級品だ! テメエのその不満と絶望、全部これに喰わせて吐き出しなァッ!」
「あれ、この間のテロリストじゃん!」
「冲奈さん、行きますわよ!」
麗が即座に駆け出し、私、かりん、天女も飛び出した!
「そこまでですわ、乱暴者!」
「あっ!? なんだ、ガキ共!?」
驚くメンバーたちの前に麗が割って入り、制服の腰から抜いた木刀をビシッとガロへ突きつけた。
「白昼堂々、人の心の隙間に付け入るなど下劣極まりありません! 今すぐ立ち去りなさい!」
「ちょ、変なヤンキー! お巡りさん呼ぶよ!? 警察呼んじゃうかんね!!」
かりんがスマホを構えて大声で威嚇し、天女が静かに風水結界の気配を練り上げる。
「うるせえガキどもだなァッ!?」
ガロは忌々しそうに牙を剥き出しにしたが、ふっと凶悪な笑みを吊り上げた。
「ケッ、ここでテメエらと揉み合ってもつまらねえ。日曜の特設ステージで、派手にギグを開いた方が面白ェからなァッ!」
ガロが右腕を振るうと、手元のデコレーション種から不可視のピンクの光がシュッと射出され――呆然と立ち尽くしていたシンの胸元へ、音もなく吸い込まれていった。
「う、胸が……!?」
「ヒハッ! 日曜朝8時、下水路迷宮で待ってるぜ! テメエの魂のシャウト、特等席で聴かせてくれよなァッ!!」
ガロは地面を蹴って炎の旋風を巻き起こし、そのまま路地裏の屋根の上へと一瞬で飛び去っていった。
「な、なんだったんだあいつは……?」
腰を抜かしていたメンバーたちが、震えながら立ち上がる。
シンは胸元を押さえ、苦しげに眉をひそめていたが、やがて私たちに向き直り、深々と頭を下げた。
「……ありがとうな、助けてくれて」
「礼には及びませんわ。お怪我はありませんこと?」
「ああ、大丈夫だ。……しかし、みっともないところ見せちゃったな。仲間とケンカしてるところなんて……」
シンは自嘲気味に笑った。
その胸の奥には、ガロが埋め込んだマユ製の種が、深く、静かに脈打っていた。
「大丈夫っすよ! バンドマンといえば音楽性の違いで解散の危機! これロックの王道だから!」
かりんがカラッと笑って励ます。
「それより日曜日の配信、楽しみにしてます! 歌も配信も、思いっきりブチかましてください!」
「……ああ。ありがとう、最高の配信届けてやるからな!」
メンバーたちと別れ、夕暮れの帰り道。
麗は名刀の柄に手をかけたまま、険しい顔で私の隣を歩いていた。
「……冲奈さん。あの方、ネクロテイルが」
「うん……。ガロの奴、日曜の朝8時の配信を狙って何か仕掛けてくる気だ」
ポケットの中のマニも、静かに頷いていた。
日曜朝八時、ダンジョン配信。
最悪の役満が揃ってしまった現実に、私の胃はすでにシクシクと音を立てて悲鳴を上げていた。




