信じる心の物語 ルミナ・マリン
――ヒュオオオオッ、ドサッ!!
「いったぁぁぁぁぁいっ!?」
毎週日曜朝の恒例行事となった、硬いアスファルトへの派手な尻もち。
吹き抜ける焦燥の風、周囲を取り囲む封鎖テープとサイレンの赤い光。
転送された先は――アトラス第1区、メインストリートの中央大通り交差点のど真ん中だった。
パジャマ代わりのヨレヨレTシャツにジャージ姿で頭を抱える私の眼前で、信じがたい光景が広がっていた。
「オホホホホ! 咲き誇りなさい、わたくしの愛しきベイビー!」
高層ビルの屋上に立ち、パステルピンクのパラソルを差して高笑いしているのは、ネクロテイル幹部のマユ。
そして、大通りのアスファルトを粉砕してそびえ立っていた巨大なパステルピンクの卵が――パリンッ! とメルヘンな音を立てて孵化した。
現れたのは、全高十メートルを超える巨大な魔獣――『デコレーション・キマイラ』。
獅子の体格に山羊の角、蛇の尾を持つ凶暴極まりない巨躯。
……だが、全身の体毛は綿菓子のようなフワフワのパステルピンク。首元には巨大な水色のサテンリボンが巻かれ、背中からは星やハートの形をした甘い香りのシャボン玉がプカプカと湧き出している。
絵面が徹底的に女児向けアニメのそれだった。
しかし、その胸元の半透明な結晶の中に――。
(……えっ!? 嘘でしょ……!?)
パジャマ姿の私の視界に、結晶の中に囚われ、苦悶の表情で眠り続けるスーツ姿の中年男性の姿が飛び込んできた。
彫りの深い厳格な顔つき。
間違いなく、昨日麗が持っていた写真に写っていた――麗のお父さんだ!
その頭上へ、ブゥゥゥン……! とけたたましい飛行音を響かせ、数十機の『HERMES Live』報道ドローンカメラが雪崩れ込んできた!
『きたああああ! 日曜朝8時ジャストの怪異出現!』
『第1区交差点が壊滅してるぞ! てかあの化け物、ピンクでリボンついてて草』
『待って、またいつものパジャマの子が落ちてるwww』
『毎週巻き込まれるの不憫すぎて推せる』
画面の向こうの数百万人に見守られる中、私の太もものホルダーがカッと熱を帯びた。
『――敵性波長を感知。概念現実化プロトコル【ルミナ・ルナ】を執行します』
「ひゃいっ!?」
シュパッ! と射出された羽ペン型ワンドを、私の右手が目にも留まらぬ速さで鷲掴みにする。
喉が、私の意思とは無関係に、透き通るような声で叫び声を上げた。
「――ルミナステール! オープン!!」
カチリと外れるキャップ。
溢れ出る桜色のインクが天空へ螺旋を描き、私の体をふわりと持ち上げる。
幾重にも重なる純白と桜色のフリルドレス、背中の巨大リボン、そして淡いピンクの超ロングツインテールが編み上がり、軽やかに着地。
手元で羽ペンをくるりと回してホルダーへ収め、カメラへ向けてバシィッ! とウインク&ピース!
「――夜空にひかる、優しい夢の物語! 『夢想神話ルミナ・ルナ』……!」
『ルナたんきたあああああああ!!!!』
『今週も変身バンク神作画助かる』
『同接400万突破ァァァッ!』
ドローンカメラのコメント欄が大炎上するように跳ね上がる。
だが、今の私に羞恥心で悶絶している余裕はなかった。
「マユさん! 今すぐその人を解放してください! 友達のお父さんなんです!!」
「あら、ルミナ・ルナ! ご忠告どうもですけれど、あの方は自らの苦悩と哀しみを差し出して、わたくしの可愛いキマイラの動力源になってくださったのよ? 助けたいなら、その胸のコアごとこの子をぶち抜くことですわね!」
ギシャアアアアッ!!
デコレーション・キマイラが咆哮を上げ、巨体を揺らして突進してきた!
巨大な爪が、道路標識をバターのように切り裂いて迫る!
「くっ……!」
私はワンドを抜き、光のステップで宙へ跳躍して躱した。
いつもなら、このまま距離を取って【フルムーン・ドリーム・ストライク】をぶち込んで一撃粉砕するところだ。
けれど――できない!
あんな高火力の満月ビームを放ったら、キマイラと一緒に中に囚われている麗のお父さんまで消し炭になってしまう!
「どうしたのルミナ・ルナ! 攻撃できないのかしら〜? なら、わたくしの可愛いお仕置きを受けてごらんなさい!」
マユがパラソルをクルクルと回した。
――「うっとりスイート・傀儡リボン」ッ!!
バシュッ!!
キマイラの背中から、何十本ものパステルカラーの極太フリルリボンが射出された!
甘い香水の匂いを漂わせながら、生き物のように空中をうねるリボン。
「わわわっ!?」
光の羽弾で切り払おうとするが、ゴムのように柔軟なリボンは弾道をグニャリと逸らしてしまう。
迷っている隙に、足首に一本のリボンが絡みついた。
「しまっ――!?」
ギチチッ! と瞬時に全身を何重にも締め上げられ、私は空中でミノムシのように完全に身動きを封じられてしまった。
『ああっ! ルナたんが捕まった!?』
『手加減してるっぽいぞ、どうしたんだ!?』
『まずい、キマイラが突っ込んでくる!!』
「オホホホ! 観念なさいな、哀れな光の小娘! 貴女の光も、わたくしのリボンで可愛く絞り尽くして差し上げますわ!」
キマイラが巨大な前足を天高く掲げ、身動きの取れない私へ向けて振り下ろそうとした――その時。
――「そこまでですわぁぁぁぁぁッ!!」
凛とした、鋭い怒号が交差点に響き渡った。
ヒュバッ!!
空を裂く一筋の閃光。
極低温の冷気を帯びた白刃が、電光石火の勢いで空間を両断した。
プツンッ!
「キャッ!?」
「な、なんですの!?」
私の全身を縛り上げていた傀儡リボンが一瞬でズタズタに切り裂かれ、拘束から解放された私の体はふわりとアスファルトへ着地した。
目の前で翻ったのは――見慣れた、名門アカデミーの制服。
そして、腰まで届く艶やかな濃藍色のストレートロングと、勝気で鋭いアクアマリンの瞳。
「麗、ちゃ……!?」
思わず声が出そうになったのを、ギリギリ飲み込んだ。
私服ではなく、制服に愛刀【波切】を引っ提げた麗が、肩で息をしながら私の前に立ちはだかっていたのだ。
『えっ、一般の生徒!?』
『あの制服、アストライアアカデミーのエリートじゃん!』
『刀一本で生身乱入!? 死ぬぞ逃げろ!!』
「お父様……! お父様を返しなさい!!」
キマイラの胸元を見上げ、麗が絶叫する。
その瞳には、昨夜流したはずの涙の跡がまだ微かに残っていた。
「あら? どこの世間知らずのお嬢様かと思えば……あの男の娘ですの? オホホ、わざわざ自分からキマイラのオヤツになりに来るなんて、傑作ですわ!」
マユの嘲笑とともに、キマイラが方向転換し、巨大な尾を丸太のように麗へ叩きつけた!
「麗ちゃん、危ないっ!」
私の制止をよそに、麗は逃げなかった。
平日実力、変身補正のない生身の肉体。
けれど、その抜刀には一切の躊躇がなかった。
「竜宮寺流古流抜刀術――【氷柱割り】ッ!!」
キィィィン!!
鋭利な氷の刃が尾を迎え撃ち、ガキンッと激しい火花と冷気が炸裂する。
だが――相手は十メートルを超える巨大怪異。生身の女子高生が受け止めるには、あまりにも質量が違いすぎた。
「くっ……あぁぁぁっ!?」
防ぎきれず、麗の華奢な体がアスファルトを何メートルも激しくバウンドして吹き飛んだ。
制服の袖が破れ、白い肌から血が滲む。愛刀【波切】が手から滑り落ち、カラランと音を立てて転がった。
「麗ちゃん!!」
私が駆け寄ろうとした時、麗は泥にまみれた手で地面を掴み、ふらふらと、けれど絶対に折れない瞳で立ち上がった。
「……逃げませんわ」
唇の端の血を拭い、麗は胸の奥底から、魂を絞り出すように叫んだ。
「わたくしは……お父様に認めてほしかったんじゃない! 名門の跡取りとして褒めてほしかったわけでもありませんわ! ……ただ、昔みたいに……家族でおにぎりを一緒に食べて、笑い合いたかっただけですの!!」
大粒の涙が、麗の頬を伝って地面に落ちた。
「家族を……お父様を取り戻すためなら、わたくしは何度だって刀を振るいますわ!!」
その瞬間だった。
トクン……ッ!!
私の太もものレザーホルダーに収まっていた羽ペン型ワンドが、かつてないほど激しく、狂おしいほどの光を放った。
それは、先週ファミレスで紫織先輩に見せた淡い光などではない。
深海のように深く、澄み渡った、圧倒的な『蒼氷の光』――!
『――共鳴プロトコル、承認』
『魂の限界を突破。光の継承者を検知しました』
マニの声が響くと同時に、私のワンドの先から、ドッと奔流のような蒼い光のインクが空へ噴き上がった!
光の軌跡は、傷だらけで立つ麗の頭上へ降り注ぎ、彼女の愛刀【波切】を包み込む。
「これは……!?」
麗の手元に、蒼く輝く新たな羽ペン型ワンドと、神々しい冷気を纏う『蒼氷の神刀』が実体化した!
「麗様、叫びなさい!」
私の肩の上で、マニが叫んだ。
「信じる心の物語を、その魂の願いを口にするのです!」
麗は迷わなかった。
差し出された新たなワンドを力強く握りしめ、天高く掲げる!
「――ルミナステール! オープン!!」
カチリ、と外れたキャップから、極彩色の蒼い光と氷華が吹き荒れた!
麗の体がふわりと宙へ浮かび上がる。
腰まであった濃藍色の長い黒髪が、毛先にかけて透き通るような氷の結晶グラデーションへと変化し、凛々しいポニーテール状へと結い上げられていく。
身に纏うのは、深青と水色を基調としたハイレグ気味のコルセットと、幾重にも重なる淡いフリルスカート。帯や飾り紐といった和の意匠が美しく融合した、戦うお嬢様の戦闘装束。
トン、と氷の結晶を踏みしめて軽やかに着地。
手元の蒼氷の神刀を滑らかに鞘へと収め――麗は、鋭いアクアマリンの瞳でカメラと敵を真っ直ぐに見据えた。
「――青い海から、信じる心の物語!」
「『深海神話ルミナ・マリン』……!」
静寂。
そして――ドローンカメラのホログラムスクリーンが、秒間数百万件の熱狂で真っ白に発光した!
『うおおおおおおおおおおおおおおお!?!?』
『二人目きたあああああ!! 青の魔法少女!?』
『和風ポニテお嬢様ヒロイン!? 属性盛りすぎ最高かよ!!』
『抜刀術の構えカッコよすぎんだろ!!』
「な、なんですのあの子はァァァッ!?」
マユが金切り声を上げる中、ルミナ・マリン――麗は、静かに神刀の柄に手をかけた。
その横顔には、もう迷いも、孤独の影も微塵もなかった。
「冲奈さ――ルナ、合わせなさい!」
「……うんっ!」
日曜朝の青空の下、二人の光の少女が、家族を取り戻すために大地を蹴った。




