6話・特対vsヤモリ怪獣
──最悪だ。
「皆さん! 係員の誘導指示に従って避難してください!」
わざとヘルメットを脱ぎ、銃を背中に携帯したまま目の前の群衆に叫ぶ。
『現在館内に十二体。一階に五体、二階に三体、三階に四体います』
「了解」
廊下ですれ違った人たちに避難を促しながら、銃を構えて進む。
最悪だ。今怪獣が出ても迂闊に撃てない。
出口に向かう人々を守るように構える背中に、じっとりと纏わりつく冷や汗を感じる。
『館内退避完了しました!』
本部の声が聞こえた。時間にして数分なのに長く感じた。ヘルメット越しに二人と目を合わせた。護塔先輩が指示を出す。
「一階から攻めるぞ」
「了解」
「らじゃ」
人気がなくなった館内の奥に進んでいくと、べたり、と粘着質な音がした。
本部の声が聞こえた瞬間、角から出てきたトカゲ怪獣を目視した。壁に張り付き、私たちを見つけると威嚇するように口を広げた。
「発射」
「撃ちます!」
私と透馬くんの声が重なる。
「撃つ」
続いて護塔先輩がトリガーを放った。
眩しさの止んだLEDの照明の下の景色を確認すると、裂けた胴体があった。大きさがまちまちの粒状の体表。光を受け入れないようなドス黒い赤紫色をしていた。トカゲみたい、けど違うものみたい。と見ている二拍の間に、千切れた箇所から灰になっていく。
『生態的には恐らくトカゲよりもヤモリですね』
「ヤモリ怪獣」
「撃つぞ!」
私の呟きに、護塔先輩の宣言が重なった。
発砲音と白い閃光。
「──つ!」
ノイズと衝撃音ばかりが耳につく。次の怪獣へ照準を合わせる。
「なんでこんなに数が多いんだよっ!」
マイク越しに護塔先輩の悪態が聞こえて窺った瞬間、銃を構えるた護塔先輩の腕に尾が叩きつけられた。
「護塔先輩!」
がつんと音を立てて、護塔先輩の手から銃が落ちる。白いライフル銃が床に落ちる。
「優人先輩!」
「クソッ!」
護塔先輩は悪態をついてヤモリ怪獣に突っ込み、頭部を掴み投げ飛ばした。
「発射!」
透馬くんが護塔先輩が投げ飛ばしたヤモリ怪獣をすかさず撃つと、その体が灰色になり朽ちていく。
その間に護塔先輩が床に落ちた銃を拾う。
私も目の前に移動してくるヤモリ怪獣を捕捉した。
「撃ちます!」
告げて、トリガーを引く。ノイズが明けて、本部の通信が入った。
『三階にいた個体が建物外レーダー塔に移動しました……塔付近にまだ残っている人がいます!』
行かないと。
聞こえてすぐに構えていた銃を抱え直した。
「透馬くんは護塔先輩のサポート! レーダーには私が向かいます!」
負傷しているかもしれない護塔先輩を一人にはできない。おい、と護塔先輩の声が聞こえたけど、返事もせずに灰まみれになった廊下を駆けた。
レーダー塔は屋外にある。
昨年から開始されたばかりの球体型の観測レーダーを掲げる、四、五階程度の高さの螺旋階段。
その球体を目指すように囲むように、手摺り越しに見える階段上と外側にヤモリ怪獣が四体いた。
麓にいる親子の姿に「避難してください」と呼びかけ歩み寄る。
外側の怪獣から狙い撃っていこう、と算段を決めると、母親の腕に制され喚く男の子の声が耳に入った。
「僕の帽子ーっ! お母さん離して!」
ヘルメットのシールドを上げて親子に話しかける。
「どうしましたか?」
突然現れた全身装備の私に男の子は一瞬びくつき、それでも母親の腕の中で逃れようと暴れてみせた。
「避難する時、塔の上に帽子を落として……取りに行くって聞かなくて」
でもいいんです。言って聞かせますんで、と母親が言う。
「死んじゃったおじいちゃんがくれた帽子なのに! 大切にしろって言ったのはお母さんじゃん!」
「こら! 命と帽子、どっちが大事なの!」
母親の叱責を受けて、男の子が泣き出す。
その姿に、アーマーの下のネックレスが冷たく感じる。
──あげるわ。
「……私が取りに行ってくるよ」
聞こえた声は、誰のものか。
脳裏の声と重なった。
「え?」
男の子は泣くのをやめて、私を見上げている。しゃがみ込んで、目を合わせる。
「お姉さん、ちょーう強いんだよ。だから僕の帽子、取ってきてあげる」
だから、ねえ。と、未だお母さんに抑えられる男の子に語りかける。
「ここは危ないから僕はここから離れて、お母さんのこと、守っててくれる? お姉さんは僕の大切な帽子を絶対に守るから」
しばらく唖然として、それから男の子は「うん」と頷くと、手の甲で涙を拭った。
「そんな」
私の顔を見て眉を下げたお母さんに、大丈夫ですよと避難を促す。
「どのみちあれらは退治しなければならないので」
男の子がお母さんの手を引いている。先ほどとは違って力強さを取り戻した行こうよ、という幼い声に、母親は私を気にしながら後にした。
それを見送って、ヘルメットのシールドを下げる。
「レーダー塔突入します」
インカムマイクに告げて、銃を構える。
下からできるだけ近づいて、外側から一体、二体。
階段を駆け上がり踊り場で待ち構えていた一体。
「撃ちます!」
告げてトリガーを引く。灰になった体を踏みつけ駆け上がる。階段を昇る気配に踊り場から側面に抜け出す尾が上がって消えた。
「珠弥子さん! レーダー塔注意してください!」
階段を駆け上がる。発射、と護塔先輩の声が聞こえる。
金属音を立ててブーツで足場を駆け上がっていく。
銃を先に構えて、それから屋上に出る。
『視認できませんが……赤外線カメラの反応、怪人がいます!』
丸い球体の上に、月があった。
「やっほ。また会ったね」
月だと見紛う金色の頭。長い髪が風にそよいで、赤い双眸が私を見下ろした。
「怪人……!」
銃を構えた私に、その声が降ってくる。
「うん。そう、そう、オレオレ」
そう言うと球体の上から優雅に降りてきて、私の前に立った。
「二度目の再会なんて、運命だね」
「偶然です」
だいたい、二度目じゃない。三度目だ。
変電所で、会っている。正確には私だけが見つけていたのかもしれない。夜でも目立つ、金色を。
サソリ怪人が私の言葉に気分を害した様子もなく面白がるような顔をしていることが、いっそう腹立たしい。
腹立たし過ぎて、未知の存在なのに、まったく恐怖を感じない。
『珠弥子さん、怪人と接触していますか──』
「おいこらミャー……──発射」
本部の声が、護塔先輩の発射音と共にノイズになって途切れる。
耳に直接届くテノール。
「怪人って響きが気に入っちゃって。本当に怪人っぽい服作ってもらったんだけど、どう?」
目の前の怪人は見せびらかすように自分が纏う外套の裾をを摘んで見せると、ひらりとその場で一回転した。闇を織り込んだ色の外套。血をまぶしたような内側の緋色。胸元には華美な飾りがつけられた意匠の凝った造りをしていた。
「作ってもらった……?」
思わず怪訝な声になった私に、サソリ怪人はやれやれというような顔をした。
「そういうリアクションやめてよね。もっとこう、かっこいー、とか、似合ってます、とか言われると思ってたんだけど」
「あなたみたいな、怪人が他にも、いる?」
「あーうん、そうそう。いわゆる怪人なのは俺たちみたいな幹部だね……って」
怪人という言葉が気に入ったのは嘘ではなかったらしい。怪人、という部分を強調して彼は言った。
「ミャー子! 今そっちに──クソっ、撃つ!」
インカムから聞こえた護塔先輩の声に登った目的を思い出す。私は。
「って、そういう言葉聞きたいんじゃないんだけど」
帽子。
目の前の人間と同じ唇が発した言葉を最後まで見届けず、ヤモリ怪獣に破壊されたであろう手すりの近くに落ちている帽子を見つける。
「あった」
「え? きみ聞いてる?」
怪人を通り過ぎて、隅に落ちていた帽子に手を伸ばした。
そのとき、目の前に黒い影が現れて、宙を舞ったと思うと、尾が叩きつけられる。
かわした瞬間、ぐらりと足場が、崩れた。
「あ」
ヤモリ怪獣の尾が床に叩きつけられて、その衝撃に足場が崩れる。
「ええ!?」
なんて間抜けな声なんだろう。
人間らしいな。
足元が立っている感覚を手放しながらそう思った。心臓だけがその場に忘れられたような浮遊感を感じて、死を覚悟した。
ヘルメット、五千万くらいしたんだっけ。
思考ごと的外れに宙に浮いた瞬間、ぐいと首元が引っ張られて、体が浮かび上がる感覚を感じた。心臓が体の中に収まり、鼓動を高く打ち鳴らす。
「サソリ……」
怪獣。
目を開くと私の目の前に赤い八つの目があった。
感情を感じさせない、血色というよりは血溜まりを固めたような黒い艶のある赤い目。
尾の針先で体が持ち上げられてると理解すると、地面に降ろされ足元が再び地に着いた。
降ろされて抜けた腰に手が地面の温度を確認する。
目の前にいるサソリ怪獣の体がどろりと黒い液体に溶け崩れる。地に着く手にその液体は届かず、液体は再び新しい形を作る。
「きみさあ」
やや呆れたような声。──人間の形態に戻った。
「今のは自分から死に行ったとしか思えないんだけど」
なんなの? と薄ら笑いしながら言う顔は人間らしい。
「献身通り越して殉身だよ。どうしてそこまでするの。きみは罪人か何かなの? 贖罪としか思えないんだけど」
なにそれ。──そんなこと。
昂っていた心臓が硬く鋼のような音を立てる。内側から叩かれている。
目の前に差し出された、男の子の、帽子。
「きみは小さい、きみは弱い。女の子なんだよ? なんでこんな風にここに来るわけ?」
「関係ありません」
手から帽子を奪い取り、鋭さを視線に隠すことなく返した。助けられた、のだろうか。助けられたとしても、受けいられない。──言葉の何一つ。
「関係あるよ、それは目に見える弱さだ」
だから私は重たいアーマーを着て、銃を背負っているのだ。なのにそれが見えてないかのように、飾りのリボンみたいに言うのだ。
「俺と来ない? きみは目に見える強さを得られるよ。──その中に満ちる感情に等しいくらいの、強さを」
「行くわけありません」
「それは残念。可愛い女の子が組織にいたら華があるなあ、と思ったのに」
「組織?」
「あ、やっぱりそこなんだ。俺的には可愛い、っていうのと女の子、ってとこに突っかかって欲しかったんだけどね」
「組織があるんですね?」
「あーもう。もっと楽しい会話しない? せっかく会えたんだからさあ」
「しません。けれど得られる情報は得ます」
「つれないね。二人っきりなのに」
二人?
高所に見合った強い風が吹く。目の前の整った顔立ちを引き立たせる、綺麗な金髪が風に靡く。 目の前のその姿はどう見ても人間の男で、私は女だ。
神様は人間の種類を分けた。女と男。──けどそれ以前に。
「あなたは人間じゃありませんので」
だから私は。
「私ここに、戦いに……人を、ひとのものを、守りに来たんです」
天と地を分け朝と夜を分けたように、神様は人間と獣も分けた。
「ふうん。そう、残念」
まったく残念がっていない仕草でそう言うと、ねえ、と私の瞳を見る。
「きみはその体が折れそうなほど一生懸命人を守るけれど、きみのことは一体誰が守ってくれるの?」
うるさい。静かなテノールが騒音だ。帽子を脇に抱えて銃を構えると、彼はひゅう、と口笛を吹いた。
「おお、怖い怖い。当たったら痛いよね、それ」
口にした言葉の一欠片も感情のこもっていない口ぶりで言うと、両手を小さく上げた。
銃が重い。指が震えている。うるさいのは、心臓だ。トリガーが引けない。
「じゃあ、こうさーん。俺は帰るね、子猫ちゃん」
マントの内側の真紅がひらりと踊った。
赤色が目に焼きついた瞬間、その体が手すりの外側に落ちた。
金髪が毛先まで光るのを見てはっとして、慌てて手すりに身を乗り出す。
「いない……」
嵐が過ぎ去った後の凪が体の中に吹く。私の熱を奪うかのように、鋭い風が頬に触れた。




