5話・珠弥子の戦闘後
私の話に、駆けつけた護塔先輩は驚いた顔をしなかった。
サソリ怪獣たちが消えたその後、駆けつけた局員たちによって被害が確認された。近くの建物の外壁の一部と、ゴミ箱、外灯一本。人間への被害は確認されなかった。
そして対策局に戻って話したあの邂逅は、局員たちになるほどと優しく受け止められた。
「じゃあこの折れた鉄柱が目の前で止まった理由にも合点がいく」
本部で局員に囲まれながら表示されたモニターを確認する。
先ほどまでいた大学の景色。門から繋がる広いメイン通路の真ん中には、二体のサソリ怪獣がいる。その前に、私の姿があった。長袖の制服姿で対峙している。
一体のサソリ怪獣がゴミ箱を投げ飛ばすと、外灯の傍の女子大生を見つけて外灯に向かって尾を振り上げた。尾より細い外灯は容易く折れ、私がスマホを放り出して駆け出し、女子大生を突き飛ばし、見上げる。
映像の中の私が立ち尽くした時、もう一体のサソリ怪人が瞬間移動といっても遜色ないくらいのスピードで移動した。そして倒れてきた鉄柱を、鋏で受け止める。
聞こえた声を思い出す。
──もー、見てらんなくてさあ。
映像の中で、サソリがどろりと黒く溶けだす。その黒は地面に広がらず、サソリの全身が溶けたと思うと、消える。
「……ここで、人間になりました」
映像の中で、折れた鉄柱は見えないものに食い止められたように宙で止まっている。映像の中の私はうまく動けないでいる。
「ふーむ。人間体になるとカメラに映らなくなるのか」
局員が再生していた映像を止める。
「自己融解? 成虫原基のようなものがあるのか?」
「外骨格が変化するのでしょうか?」
映像の中では、僅かに舞う粉塵が人の輪郭を浮かび上がらせている。そこには、私が見た白いワイシャツも金髪も映っていない。
「グアニン結晶の体表?」
「酸化ニッケルサマリウムの応用では?」
局員たちが何故映像で目視できないのか考察を交わしている。
「赤外線画像で人型だとわかりますが、怪獣と同じ青色です」
近くで聞いている透馬くんは傾げた頭から疑問符を隠せていないし、護塔先輩は近くのデスクに腕を突っ伏して寝ている。
護塔先輩。
小声で呼ぶと、顔埋めている片手を上げた。
「きーてるきーてる。聞いた上で、博士号とった大人が雁首揃えてわかんねーことを、学士号すらまだの俺が分かるわけねーだろ」
それはそう。護塔先輩の言葉に何も返せないでいると、局員が私を呼んだ。
「どんな姿だったの?」
「男の人でした。金髪の」
難なく思い出せる特徴に、それ以外の言葉を続けようとする私の声を、別の局員が遮った。
「体高……いや身長と言っていいのか。は、映像からすると百七十五センチ前後。二十代男性の平均身長より少し高いぐらいだね。……護塔くんはどれくらいだっけ?」
パソコンの画面を何度か動かしながら言われて、護塔先輩が重そうに頭を持ち上げる。
「あー?」と聞き返してるのかあくびなのか分からない声に「身長です」と私が言うと、短く「百七十六」と答えた。
「立ってもらえますか?」
「しゃーねー」
重そうに立ち上がった護塔先輩の目の前に立つ。私の頭よりひとつ以上高い護塔先輩の顔の位置を確認する。
「そうですね、同じくらいでしたかと」
私が局員たちに振り向いて言うと、護塔先輩は無言でわしゃわしゃと私の頭を頭を撫でて椅子に座った。
「他に特徴は? ほら、皮膚にサソリと同じ殻があったとか色が変だった、とか……」
「ああ、特に何も……」
答えようとして首を振る。特に何もじゃない。目の前にその存在はいないのに何故か騙された気持ちになる。
「目は赤色で。目の前で見たサソリ怪獣と同じで……そうですね、綺麗な男の人でした」
私がそう言うと、何故か一拍の間が落ちて、局員たちが顔を見合わせた。
「珠弥子ちゃんが外見について触れた……」
「護塔くんに怯まない珠弥子ちゃんが……」
「透馬くんの見た目にも初対面から何も言わなかったよね……」
何故か透馬くんが肩を落としている。
「イケメンだったんですか……」
護塔先輩はまた机に突っ伏してしまっていて、その表情はわからない。
「いや、それにしてもこの、突然対象が消えたこの現象」
局員が顎に手を添える。
「一番可能性が低い説は珠弥子ちゃんが超能力に覚醒した……だったけど」
「とんでもない説ですね」
「話したんだよね? どんな感じだった?」
局員に聞かれて、いくつか交わしたかもしれない言葉を思い出す。
「……男の人、って感じでした」
普通の人間同様で。けれど、接したことない男の人のような不快感。
なんて言われたっけ。やりとりした言葉の全てを思い出せない。私はあの時緊張していたのだ。
──こっち側に……。
誘われたことは言わなくていいだろう。
私の言葉に局員たちは唸って、また顔を見合わせた。和解、対立などというキーワードが聞こえる。
「もうできるだけ近寄んなよ。次見つけたら、全身アーマーを装備している俺と透馬がメインで戦う。いいな?」
顔を上げた護塔先輩が、私を見ていた。
「現場次第です」
「……あー、ほんとお前って」
護塔先輩はそう言うと、頭を掻いて、それから頬杖をついて目を逸らした。局員たちが振り向く。
「光学パルス銃は有効だと思いますが、できるだけ距離を取ってください。人間の姿をしていても、人間ではありませんので」
局員が決定した方向性を聞きながら考える。
──あの姿は、まごうことなき、人間だった。
けど触れた温度は驚くほど冷たくて、そうじゃなかった。あの姿が入れ物なら、中身は一体どうなってるのだろう。あんな、笑った顔をするのに。
「深海魚は体の一部を擬似餌として小魚をおびき寄せて捕食することもある。そういうことかもしれないってことだろ?」
護塔先輩の言葉に「その通りです」と局員が頷く。
「人間を油断させるために人間の形態に変化した、という可能性です」
護塔先輩が私をじっと見つめている。何か言うかと思えば、何も言ってこなかった。
「螺山局長が最終決定をしますが、珠弥子さんが対面した存在を怪人と呼称することを仮決定。怪獣の別形態であると予想されることから──同じ駆除対象として認定します」
人間じゃない。別の生き物。
関わってはいけない、悪いいきもの。
その仮決定を持ち帰って、私は自室に戻った。
シャワーを浴び終えてオパールのネックレスを着け直す。
乳白色の中に舞う色に、黄色と、赤を見つける。
──じゃあまた会おうね。
混乱と錯乱の中で、歪んだ唇を思い出せる。恐ろしさの対極の、甘い顔でできた線のことも。
二度と会いたくないと思った。助けられたのにそう思ったことは嘘じゃない。
二度と会いたくない。私は戦わねばならないから。
『2038/5/10新東京都立大学大学 呼称:サソリ怪人・サソリ怪獣 被害 施設設備一部破損 けが人0 2038/6/6新東京変電所 貂怪獣 被害 一部地域停電 新東京電力制限 重軽傷者4人』
「マイナス二で括って、二で割った数の二乗だろ」「えーっと……」「足して引く」
護塔先輩と透馬くんのやりとりが聞きながら、問題を見つめる。
学校から帰宅した待機時間。今日の資料室での勉強は補講がなかった透馬くんも一緒だ。私が見ているのは確率の問題で、夏休み前の小テスト対策だった。
「お前は……」 書私の手元の書き込んだばかりの文字を護塔先輩が覗き込んだ。「別にいいな」 そのリアクションに、正解だと感じ次の問題に進む。正解がある問題は誤りがわかりやすくて心地いい。古文や現代文のような曖昧なものの方が嫌だ。
「ミャー子先輩! できました!」
透馬くんが開いて見せてきたページを見る。
y座標の頂点を出せ。y=-2x²+8x+3
シャーペンで式が書かれ導かれた解答欄に「合ってるんじゃないかな」と答えると、護塔先輩が透馬くんをつついた。
「なんでミャー子に聞くんだよおい」「なんか癪にさわりまして……」「あ?」 二人のやりとりを聞きながら次の問題に目を落としたそのとき、資料室に大きな警報音が響いた。
『警告、警告。特殊生物発生。戦闘員は至急──』
放送が聞こえていの一番に透馬くんが立ち上がった。
「よっしゃー!」「透馬くん、喜ばないの」「だり」「護塔先輩、だりじゃありません」
広げていた問題集を片付け立ち上がる。
怪人は現れるだろうか。
あの飄々とした男然の、怪人は。
護塔先輩の背中を二人で押してエレベーターに向かいエレベーターに乗る。
あれから一件出動があったものの、怪人は現れなかった。現れたの貂の怪獣だけ。『場所、新東京気象観測台。一般公開日につき現在来場者の退避作業中』
聞こえたアナウンスに、透馬くんが地団駄を踏んだ。
「くそー! なんで怪獣が出るのは夜ってわかってるのにみんな夜にイベントなんてするんですかー!」
「暑いからだろ。数年前からその傾向あっただろ」
確かに私が中学生になった頃くらいから、先月のナイトオープンキャンパス然り、夕方から始まるイベントが増えた。
「季節が冬と夏の二極化して、夏の昼間は四十五度近くなって。とてもじゃないけど活動なんかできない」
そうですけど、と透馬くんが唸る。エレベーターが降下していく。
「平日の昼間は百年以上前から帰る気のない平日の学校と職場にいりゃいいけど、土日は外が暑いから出かけてなんかられない。イベントだって電気代が安い夜の方が負担は少ないし涼しい方が出かけやすい」
エコと人間のライフは一致しないってこったな。と、護塔先輩が締めると、透馬くんが閃いたと手を叩いた。
「じゃあ人間が夜に活動するようになったら、夜行性の動物たちは困っちゃいますね」
「だから戦ってるのかもな」
エレベーターが開き、地下の本部に到着する。
もしも怪獣が夜行性の獣たちの進化系なら、これは夜を守るための戦闘なのかもしれない。
いい夢見てね、なんて人間がすこやかに眠れるようになるための。
「行きましょうか」
本部の大きなモニターに、暴れ回る怪獣の姿は、爬虫類型だった。




