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日曜朝はきみに会えない〜人外×ヒーロー少女〜  作者: 三川七三


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11話・特対・サソリ怪人を分析する

 私がサソリ怪人と共に帰ると、対策局内は騒然とした。


「おーっと、熱烈な感激だねえ?」


 突然現れた舞台役者に(格好的にも)護塔先輩と透馬くんはアーマーも着ずに銃を構えに来た。


「何もしないよ。……って言っても信じないか」


 両手を小さく上げていたアンタレスは私の目の前に膝をついた。すかさず護塔先輩と透馬くんが銃口を向ける。その周囲の敵意にも意を介さず、金髪の頭がゆっくりと私の前に垂れた。


「俺は奴隷になったんだよ」


 演技がかったその言葉に、私は一度天井を仰いで深く息を吐いて──


「人聞きが悪くありませんか」

「きみはまったく悪くないよ」


 彼は私たちを囲む人の視線を浴びながら的外れなことを言って、眉の両端をへなっと下げて笑った。






 怪人アンタレスはおとなしく、緊急で行われた会議にも満たない大人たちの話し合いの末「スイスの人権団体にバレたら厄介」ということで四肢の自由は与えられたままマジックミラーで囲われた監視室に入った。──のだが。


「これくすぐったいよおー」


 と言って体に貼られたデータを取るためのコードを引き抜いてしまっている。


「珠弥子さん、言って聞かせてくださいよ!」


 時計の表示は七時四十分。万が一と監視のために学校を休むことになった戦闘員の一人である私に、局員がマジックミラーを指差して情けない声を出した。


 なんで私が。と思いつつ、私が蒔いた種だ、と自習のために開いていた問題集を閉じる。


 ヘルメットは昨夜の戦闘で損傷し、修理中だったものの、念のためと言われ防護アーマーは身につけていた。


 言われた私は耳にインカムを着けると、ロックの厳重なマジックミラーで囲われた部屋に入った。


「あー、やっと来た来た子猫ちゃん。数時間おじさんの顔ばっかりだったんだけど! ねえ俺の相手してよおー」


「あんまりみんなを困らせないでください」


 手術台にも見える簡素なベッドだけがある空間で、怪人アンタレスは唯一の家具とも呼べるそれに膝を組んで座っている。私は腰に手を当てて呆れた顔で、まるで子供と母親だった。


「えーひどいなあ。だってここ何にもないし退屈なんだもーん」


『珠弥子さん、組織について聞き出してください』


 耳に着けているインカムから指示が入る。言われずともそうするつもりだった私は、簡素な手術台のようなベッドの上に座り足を組む怪人に問いかける。


「あなたがいたところは退屈しなかったんですか」


「まあーごちゃごちゃ人いたからね。あ、人じゃないか、怪獣とか怪人っていうのか」


 要領を得ないやりとりだな。寝不足の頭で半ばうんざりしながら聞いていると『もっと詳しく聞いてください』とガラス越しの局員の指示が入る。


「他にもあなたみたいな方々がいるんですね」「そーそー。きみたちも会ったことあるじゃん、オカマと無口なやつとか」


「オカマって失礼では?」


『珠弥子ちゃん、そこじゃないって!』


 局員の声が聞こえた同時に、怪人が笑った。

それから私に目を細めたまま、言った。


「うーん。俺追われてる身だし、正直内通者とか怖いからこれ以上聞くの勘弁してくれる?」


「内通者」


 思わぬ言葉にひっかかった。


「だって俺たち自在に人間の姿に変えられるんだよ? そういうこともありえるでしょ。……そこの大人たちは考えてたかもしれないね」


 そう言うと、怪人はマジックミラーの向こうに視線を投げた。


「だから俺の話はやめて……きみのことを聞かせてよ」


 笑った顔のまま、まるでガラス越しに人間などいないかのように、私だけにそう語りかけてみせた。



 結局会話による情報の報酬は得られなくて、とりあえずコードだけは取らないでください、と言い含めてガラス張りの部屋を出た。



 食堂で護塔先輩と透馬くんと食事を囲んでいる。


 選んだ日替わり定食に目を落とす。きゅうりとツナの和え物は確かお酢の味だった。


「ミャー子先輩がいきなり怪人連れてきたときビビったけど、意外と話せる人ですね」


 私服姿の透馬くんが天ぷらを齧りながら言った。美味しそうだね、と言うと、本当は抹茶塩で食べたいんですよ、と返してくる。組織の要請で学校を休んだことを心から満喫していそうだ。


「人じゃねぇだろ」

護塔先輩がぶっきらぼうに言った。

「いけすかねえ」


「まあまあ、けど会話ができるんですよ? すごいことじゃないですか!」

 透馬くんが天ぷらを小さな器に入っためんつゆに漬ける。

「これで怪獣についてわかるんじゃないですか? なんで生まれたのか、とか」


 ガラス張りの部屋に入れられる大人と引き離される前に、怪人と交わした会話を思い出す。


「気が付けば手術室みたいなとこだったって会話記録にありましたけど………」

「嘘言ってる可能性だってあるだろ」


 興味を隠せない透馬くんの声を、護塔先輩が一蹴した。それから目の前の食事に手をつける。持ち上げられたパニーニからかけられた塩胡椒が落ちる。


「あんま肩入れすんな」


 時間は昼過ぎで、きっと建物の外では太陽が頂点に昇っているだろう。昨日はあんな夜で、一日も経っていないのに、食欲が湧いている自分が嫌になる。


『2038/7/17 LNG基地 死者一名』


 朝見た、護塔先輩が作成した報告書の文字が蘇った。


「食べないんですか?」


 透馬くんの声に、脳裏にあっていたピントが目の前の食事に合う。お酢の味、と呟くと、透馬くんの手が伸びてきた。


「嫌いなんですか? もらっちゃいますよ」


 返事を言う前に小さなお皿が透馬くんのトレーに吸い取られる。嫌いとか好きとか、目の前のものにそんなこと考えなかった。


 箸を持ち直して食べ進めていると、私たちのテーブルに局員の一人が立った。珠弥子さん、と呼ばれて顔を上げた。


「珠弥子さん、研究所の職員が来てくださいって」


「あ、はい」

 言われて箸を置くと、護塔先輩の目が局員に向いた。


「ミャー子一人かよ」


「あー、はい。なんでも怪人が珠弥子さんの言うことなら聞くだろうからって」


 私が立ち上がると「余計気にくわねぇ」と護塔先輩が漏らした。それに何も返さず、トレーを片付けて食堂を後にした。





 局員に渡された物を受け取り、扉を開ける。


「入りますよ」


 インカム。アーマー。再び戦闘と遜色のない装備で現れた私に、怪人は相変わらず呑気な様子だった。


「ねえー、きみ、普段高校生なんだって? 今日はいいの、学校は」


「あなたがいるので戦闘員は局内で待機してるんですよ」


「えーそうなの? それならずっとここに居てくれていいのにー」


 それはなんかやだ。


 表情に出ていたらしい。怪人の喉の奥から息が漏れて、思わず目を背けた。


「っていうか、高校生でこんなことしてるのが異常じゃないの?」


「……余計なお世話です」


 足元にそう落として歩み寄った。戦闘装備の私にも怪人は引くことはなかった。足を組んだまま悠然と微笑んで、金色の髪を傾けている。


 私が手を伸ばすと、そのまま黙って首を差し出してきた。


 どっちが奴隷だ。どっちが子供だ。

 触れた瞬間、交わした言葉がありありと思い出された。


「……なにこれ、首輪?」


 首のラインに新しく足された白い曲線の名前。


「対怪獣、怪人用の光学パルス弾の結晶片が入ったチョーカーです」


 部屋に入る前に局員から渡されたそのチョーカーの説明をなぞる。


「私たちがあなたに危険を感じたら起動してあなたの首の動脈に直接打ち込まれます。外そうとしても同様です」


「わあ怖い。家畜以下だね」


 私はその首輪をおとなしく着けさせるために呼ばれたらしい。よく確保からこの数時間で作った物だ。局員たちの熱意に感服する。


「じゃ、いい子してるから遊びに来てね、珠弥子ちゃん」


 一体誰が私の個人情報をペラペラと喋ったのか。へらへらと笑う首輪のつけられた怪人を見て、私は溜息を漏らした。 


 ろくに眠れなかったのに眠さを感じる間もない一日だった。


 マジックミラー越しには怪人がベッドに寝転んでいる。本当に寝ているのかはわからない。腕を組んで寝ている姿は舞台衣装のような服装になんとも不釣り合いだった。


「写真に映らないのでなんとも検索がしづらかったのですが、全国に怪人アンタレスと同じ顔をした住人は確認できませんでした」


 研究員が集めた護塔先輩の透馬くん、私を前に「それでですね」説明を続ける。


「怪獣に含まれていた血液成分と一致するものがありましたね。……RHnullという特殊な血液型なのですが」


「特殊?」と首を傾ける。


「ああはい、RHnullとは幻の血液型と呼ばれていて……」 


 そう言ってモニターに表示される赤い丸は真ん中がへこんでいて、いつか教科書で見た覚えがあった。 赤血球。


「黄金の血と呼ばれる、世界に百人もいない、すべて人に輸血できる血液型です」


 なるほど、と興味深く頷いた。


「といっても今は輸血には血液型フリーの人工血液が主なので、血液型という言葉自体死後になっているんですけどね」


「血液型……」


 昔はよく簡易的に人のタイプをそれで分けていたと聞いたことはあるけれど、私には書類欄でも占いの項目でもあまり親しみはない。


「それが今までの怪獣にも共通していたと」


 頷いた私に、局員が頷いた。


「言ってたじゃないですか。怪人も同じだとは今初めてわかりましたけどね」


 ほへー、と透馬くんが気の抜けた返事を漏らす。護塔先輩は欠伸をしながら聞いていた。


「ですから赤十字の医療データを調べてRHnullの人を調べてみたんですが、そもそも全国民の血液データが入ってるわけではありませんし、確認できた数名の人間は彼とは別人物でした」


 遠からず血縁関係や知人の枠でもいなさそうです、と研究員が作成したモンタージュ画像を表示した。


 ガラス越しで寝ている姿に遜色ない顔だ。ただ目の前で見たあの顔のする甘い線ではできていない。無機質な曲線でできた顔。 


「なんというか」


 画像で作られた顔の赤い目に光はない。研究員が続ける。


「生きてる人間じゃあないですよね」


 姿が変容するなんて、神様が作った人間でもないだろう。マジックミラー越しに見える神様が丁寧に造ったような彼の造形を見ながら、途方もない気持ちになった。





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