12話・特対&サソリ怪人vsオオカミ怪獣
寝なきゃいけないと体を包む倦怠感が私をベッドに沈めたのに、どうも眠れそうにない。
もうずっとこんな調子だ。
──頼んだ。
耳元で声が聞こえた気がした。胸につけたネックレスを握りしめる。何も聞こえない。一人分の呼吸音に耳を澄ませていると、割れそうな警報音が飛び込んできた。
『特殊生物発生──戦闘員、直ちに出動準備を──』
沈めようとしていた意識と体を起こして、部屋を飛び出す。ネックレスを握っていた手を開いたり閉じたりしながら、エレベーターに乗り込んだ。ヘルメットの修理は終わっているだろうか。
狭い空間内で踏んでいた二の足を前に出して、開いた本部の扉を潜ろうとしたところで、名前を呼び止められる。夕方私たちに説明をしてくれた研究員だ。
「珠弥子さん! 来てください!」
「今、出動が」
「怪人が!」
アンタレスが、と。
私が名付けたその名前を呼ばれて、私は本部の横の研究室に最後まで聞かず飛び込んだ。
──怪人は纏った外套をベッドの外に垂らして、膝を組んで座っていた。まるで王様だ。
マジックミラー越しにこちらは見えていないはずなのに、目があっている気になった。
「ね、俺、連れてかない? 俺それなりに強いよお」
何を馬鹿なこと言ってるんだ。
「何を言ってるんですか」
私の思考を、別の人間の口がなぞった。
赤い目が光っている。こんな人工的な照明は似合わない。思考が止まらない。──彼に似合うのは夜だと。
私たちの視線を惹きつける唇が歪んだ。
「えーだって、きみたち怪獣にも怪人にも一苦労じゃん。現に梟くんにも狼くんにも傷一つ負わせられなかったわけだし」
いつの間にか私の後ろにいた護塔先輩が、ちっ、と舌打ちした。包帯の取れた右手がモニターの横のマイクをつかむ。
「調子乗んなよ爬虫類」
「サソリは節足類でーす」
いきなり入ってきた声に怪人は気分を害した様子もなく、飄々とした口調を崩さずに言った。
「首輪と飼い主がいれば、家畜は外に出られるわけでしょ?」
金髪の間から覗く、私が着けたばかりの、首元の白いチョーカー。
喉仏があった。上下していた。──けど着ける時に触れた肌は、恐ろしく冷たかった。
ごくりと唾を飲んだ。護塔先輩が食いしばっていた歯を、開いた。
「優人先輩もミャー子先輩も何やってるんですかあ!? 早く行きますよお!」
突然入ってきた既に戦闘装備を身につけた透馬くんの様子に、怪人だけが笑った。まるで私たちの表情が見えていたように。
「……連れて行きましょう」
「ミャー子」
「珠弥子さん!?」
私の言葉に、透馬くんと局員が振り向いた。護塔先輩だけは驚いた様子もなかった。
「何かあれば、私がすぐに彼を殺します」
殺す側、殺される側。跪いたアンタレスの姿を思い出し、これじゃどちらが奴隷なのかわからないなと考える私の前で、監視室の扉が開いた。
夜空の下で、ぐいと怪人が伸びをした。
「わあい、久々の外の空気だ〜」
幾分か月に近付いた同じ色の頭が「やっぱり新鮮な空気って最高だよね、空気清浄機とかじゃなくてさあ」と語りかけてくる。
「私に言ってます?」
「うん」
「余計なお喋りはやめてください」
輸送車を背にして、上部からレーダー塔が伸びる二階建ての建物を見る。近くの灯台のライトは赤く、今が非常時であることを告げていた。周辺は公園になっており、見通しの良い場所にある白い入り口の柵は開いている。
「さあて、あの子たちは子犬ちゃん相手にどんな戦いをしてるかなー」
場所は都内から離れた横須賀だった。東京湾の入り口に位置する観音崎にある海上保安庁が所有するレーダー施設だ。
車なら一時間ほどかかるその場所に、バイクを持っている護塔先輩と透馬くんはリミッターを解除した最高速度で先に向かい、既に交戦してるとマイクから聞こえる音と共有されたモニターの映像でわかっている。
出現した怪獣は、昨日LNG基地で交戦した狼怪獣だった。
「──管制室──」
「レーダー塔……僕もうてっぺんまで来ちゃったんですよね──撃ちます!」
マイクから二人の声が聞こえた。どこに行くべきか、見ていた館内地図をもとに頭の中で巡らせていると、目の前に赤い顔が近付いた。
「順番に片付けてばいいってことでしょ? 教えてよ、ご主人さま。言われた通りに動くからさ」
腰を曲げて言われた言葉に、一度躊躇って、それでも指示を出した。──優先すべきは、海上と通信やり取りをしている管制室だ。
「行きましょう」
夜色の外套の内側は血の色。偽物の人間を従えて、私は修理されたばかりのヘルメットをロックした。
事前に確認していた狼怪獣は五体。昨日の残党だろうと予想した。殺せなかったから、また、殺しに来た。
護塔先輩と管制室内で交戦していたのは二体。耳が欠けた個体と背中が抉れ、肋骨が背鰭のように覗く個体。
狭い室内線。設備を壊さないようにと銃を用いらず苦戦していた護塔先輩の前で、その蹂躙は至って容易く行われた。
「はいはい、邪魔だよわんちゃんたちー」
もう既に仲間だと思われてなかったのだろう。現れた私の隣の怪人に、狼怪獣は護塔先輩から顔を背けて唸り声を上げて飛びかかってきた。
同じ人型のまま、人外の力を行使して、掴んだ狼の体を砕き、貫き、怪人はその場にいた狼怪獣の体を文字通り灰燼に帰した。
「……管制室クリア」
護塔先輩が灰を踏み苦々しくマイクに告げる。
「透馬今行く」
避難が完了し誰もいない廊下を護塔先輩を先頭に走る。二階に向かって屋内から繋がるレーダー塔に昇る予定だ。
隣で金髪が揺れている。尾のように引く外套。変な感じだ。
「……変身しないんですね」
「え、だって怖いでしょ?」
あまりにも普通に返された。なにそれ、とか、そんなこといいから、とか色々考えて何も言わないことにする。
「透馬くん、下から行きます!」
階段の入り口に差し掛かると、透馬くんの声がマイク越しではなく直接聞こえた。手すりに触れると振動が伝わって、時折階段全体が揺れた。
「──撃ちます!」
透馬くんの声が聞こえて、白くなる空が螺旋階段の外から見える。
護塔先輩が先に昇り始めたのに続く。怪人は私の影のようについてくる。
「クソが!」
上部から降りてきた黒い影に、護塔先輩が銃を構えた。発砲を告げる声がマイクと二重に聞こえて、眩しさに目を細めた。
弾丸は躱されて、落下の如く迫った黒い体を護塔先輩が腕で殴打し振り払う。勢いで螺旋階段の外に落ちそうになった黒い体が、手すりに齧り付いて前足をひっかけた。
「撃つ!」
すかさず銃を構えて発射した。白い閃光は黒い体に命中し、崩れながら落ちていく。 再び登り始めた護塔先輩についていきながら、背後の影に声をかける。
「見てるだけですか」
返事は、やや間があった。硬い靴音が数段分。踊り場に差し掛かるくらいに。
「……俺が倒してくれると思ってるの、いいね」
「な」
聞いた瞬間、顔中に熱が集まるのを感じた。
私は最初、管制室で狼怪獣と相対した時に、恐れていなかった。裏切りに類する何一つ。死に繋がる何一つ。言われてやっとそれに気がついたのだ。
私は信頼してしまっていたのだ。現にもう背後を取られてる。背中を預けてる。
怪人に。彼に。
「透馬、今──」
「撃ちます!」
護塔先輩は怪人と口一つ聞いてない。輸送車に共に乗る私に「昼話したこと思い出せ」と通信で言ったきりだった。
階段を昇り終え円状になった空間に出ると、大きなアンテナの上に立つ四つ足と、アンテナのひさの下に身を低くし唸る獣がいた。
二体に銃を構える透馬くんの後ろにいる一体の狼怪獣に、護塔先輩が銃を構える。「クソが!」
局所的に白くなった空間を、すかさず黒が塗り潰す。
「僕に当たったらどうすんですかあ!?」
インカム越しのノイズに紛れて、透馬くんの声が直接響く。
「アーマー着てりゃ平気だろ! ──つぞ!」
護塔先輩の弾丸をかわし上部に飛んだ狼怪獣が着地する。
夜風が木々を揺らす。雲に隠れて形のわからない月が薄ぼんやりと光っている。真隣で金色が風に靡く。
「なんか思い出さない?」
「……何も」
真横から聞こえた声に知らないふりをして、私も銃を構えた。
「撃ちます!」
アンテナの下で身を屈める一体に向かって銃を放った時、透馬くんも銃を構えた。
「発射!」
白くなった視界に目を細める。視界の端で黒が動く。
「ミャー子!」
護塔先輩の声が聞こえて、私の銃弾が当たったことがわかると同時に、アンテナの上にいた一体が飛びかかって来たことに気がついた。
すかさず銃を上に向ける。間に合わない。奥歯を噛んでそれでもトリガーに指をかけた。
雲が動いた。 目の前に月が昇った。
「ふう、危ない危ない」
月だと錯覚したのは怪人の金色の頭で、その場で跳躍して私に飛び掛からんとしていた怪獣を地に抑えつけたと、閉じられなかった目がわからせた。
二人がそれぞれ苦悶の表情で戦う中、私の影から飛び出した金色の姿は、唸る狼怪獣を抑える腕と反対の腕を高く振り上げる。
今度は本当に月が見えて、そのおかげで伸びた影が色濃かった。
振り上げられた華美な袖を纏った腕が、狼怪獣の体を貫いた。
──なんて力で。
スーツの奥の肌が総毛立つ。振るわれた拳に穴を開けられた獣の体が、真ん中から崩れて灰になる。吹いた風がその場所から攫っていく。
──人外。
怪人が腰を伸ばして、振り返った。 微笑みかけてくる顔が、場違いにもテレビCMに出ているアイドルのようだった。
──俺が倒してくれると思ってるの?
無言の微笑みに、先ほどの会話を思い出す。
──いいね。
熱くなった顔を隠そうと俯いてヘルメットを被っていることを思い出した時、耳元のノイズが明けた。
『屋外の非常用発電機がやられました! 崖下から新しい個体が登ってきたようです!』
本部の状況を告げる声。水をかけられたように冷静になって、護塔先輩と透馬くんと目を合わせたのは一瞬。──一瞬で私たちはわかりあった。
「ちょっと! きみ!」
「ここは任せます!」
影だった怪人が投げた声に答えず、私だけの影を連れて、来た道を走り出した。
『一階にあるUPSが破壊されたら、東京湾航路の監視能力が大場に低下します!』
階段を飛ぶように降りる間、本部の通信がよく聞こえた。一階に降り立った瞬間、赤いランプが光った。そう見えるような、赤い目は五つ。
三体いる。一体は片目がなく、頭部が半分欠けていた。尾がない四つ足と、足が五本ある個体。どうしてこんな、作り物めいて、失敗作めいているの。
「三体確認!」銃を構える。「撃ちます!」
反動に備えて後ろ足を引く。トリガーを指にかける。機関車のように迫る黒い巨躯に、脳裏に蘇る。
──頼む。
宮本さん。
目尻の皺。黒々した顔。血溜まりを広げる頭部。──そして目の前で覗いた白い牙。
自分の姿が重なった。
視界が黒くなる。血が舞う。
「──戦って、って言ってよ」
聞こえた声に目を閉じてしまっていたことに気が付いて、血だと思ったのは外套の内側の緋色だということを知る。
目の前に立った背中は恐怖を感じた黒と同じ色なのに、無意識に銃口を下げてしまった。
「そしたら俺、どんな敵とでも戦うから」
振り向いた人と同じ形の赤い目が細められた。なんて綺麗に笑うんだろうと、不快な唸り声の中で思った。
そしてそのまま私に無力さを痛感させるように、怪人は鼻歌を歌いながら五つの目の光を踊るように奪っていった。
戦った相手がすべて灰になって、護塔先輩と透馬くんが降りてくる気配がして、怪人が銃を持っているだけの私の目の前に立った。
「俺が守ってあげるよ」
腰を曲げて、眉の両端を下げて──自分が消した光と同じ赤い目で。
「きみと一緒にいるために、俺は何にだってなるよ」
耳元にノイズがなかったから、そのテノールはよく聞こえた。
悪魔だ、と思うとと同時に別の名前を呼びかけたくなった。




